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第三十四話 ☆鬼と獣と


歳三さんとともに芹沢さん達が寝入ったのを確認し、いよいよ動き出すために一度前川邸へと戻る。

黒装束に着替え、八木邸から一番離れた部屋へと気配を消しながら素早く戻ると、小さな行灯が燈された部屋の中…

そこにはすでに黒装束に身を包んだ今日の役者達が揃っていた。


「……由香は」

「大丈夫、ぐっすり眠ってるよ」


歳三さんの問い掛けに奥の柱に背中を預け、腰を下ろした山南さんがニッコリと笑った。

その視線の先にある隣の部屋をそっと開けてみれば、由香さんは敷かれた布団に小さくうずくまるように横たわっていた。


「たくさん呑んだみたいだからね、きっと朝まで起きないよ」

「………」


暗闇の中、歳三さんが提灯のあかりをたよりに由香さんの顔を照らしてみれば気持ちよさそうにスースーと寝息をたてている。

はだけた布団をスッとかけ直してやり優しく頭を撫でる歳三さんの背中は…

こんなこと言うと怒られるかもしれないけど、なんだか寂しそうだ。

夢でも見ているのかな、由香さんがフッと笑ったような気がした。


「…いいのかよ、土方さん」

「……何がだ」


パタンと襖を閉められるのと同時に、左之さんが眉間に皺を寄せたまま険しい表情を見せた。


「お梅だよ。厠で総司から聞いたが…どうやら由香と友達になったようじゃねぇか」

「……みてぇだな」


余計なことを…と言わんばかりの表情で歳三さんがちらりとこちらを見る。

へへ…と曖昧な笑いを返せば小さな溜息が聞こえた。


「由香がこっちに来て初めてできた女友達だろ?何も芹沢と一緒に殺…」

「いや、殺る」


そう言い放った歳三さんの瞳には迷いがなく。

思わずゾクリとするような殺気に誰もが口をつぐんだ。


「女だろうが由香の友達だろうが、芹沢に付いたのが運のつきだ。総司、おめぇが殺れねぇなら俺が殺るぞ」

「……僕の意思は歳三さんの意思ですからね、殺りますよ。それに…僕の菊一文字も血を欲してますし」


ニコリと笑って返せば、なんだ、おめぇの方が俺よりよっぽど鬼じゃねぇかと笑みを含んだ声が返ってくる。



そうだ。僕の意思は歳三さんの意思、近藤さんの意思。

そして…

僕は二人のために剣を振るうだけだ。


普段は胸の底で息を潜めている修羅が騒ぎだす。

…血が欲しいと。

…初めて人を斬ったのはいつだっただろう。

思い返せばそう遠くない過去だった気がする。その時もこうして胸底の修羅が騒いだ。


人々は剣を振るう僕を笑う修羅だという。

そんなつもりはこれっぽっちもないのだけれど。

斬るたびに近藤さんに「総司、よくやったな!」と褒めてもらえるのが嬉しくて…

斬り合いの最中にも、また今日も褒めてもらえるかなと考えると自然に口角が上がってしまうのだから仕方ない。


そしてそれは今宵も一緒だ。

相手が誰であれ、今から近藤さんのために人を斬るのかと思うと胸が高揚する自分がいた。


「総司。刀を振るう前からにやけるな」

「やだなぁ山南さんてば。にやけてなんかいませんよ」

「お梅は総司が殺る。左之、それでいいか」

「別に…俺は誰を殺ろうがかまいやしねぇよ。ただ由香のことを考えると、と思っただけだ」

「………」


一瞬。

ほんの一瞬だけど、歳三さんの瞳に迷いが生じた気がした。

……なんだかんだ言っても優しいのが歳三さん。

きっと由香さんのことを考えればお梅さんを殺したくないはず…


が、そう思ったのもつかの間。

その迷いは一瞬で消え、再び歳三さんの身を殺気が纏った。


「由香のために躊躇する必要はねぇ」


そしてそう呟いたのは自分への言い聞かせだろうか。


「山南さんと左之は平山と小栄。その後平間と糸里。俺と総司は芹沢とお梅。いいな」

「はい」

「わかった」

「……行くぞ」


そして僕達は…

暗闇が支配する土砂降りの中、八木邸へと走りだした。





すでに愛刀の兼定を抜き、本玄関、中の間を突風の如く走り抜け、とうとう芹沢達が寝入っている奥の間にたどり着いた。

襖にピタリと耳をつければ、部屋の中からは芹沢の高いびきが聞こえてくる。

音もなく襖を開け、芹沢らの姿を確認するもそこに小栄の姿がなかった。

だが…待っている暇はねぇ。


今一度覆面を整え、後方に視線をやれば全員が小さく首を縦に振った。



さぁ…

鬼が勝つか獣が勝つか――…



「行くぞ」


小さくそう呟いたと同時に総司の菊一文字が閃光を放ちながら俺のすぐ隣を走った。


「ぐあっ…!!」


総司の初太刀は芹沢の背中を狂うことなく貫いた。

だがまだ奴は絶命していない。すかさず枕元の脇差を手に取り立ち上がろうと片膝をついた。しかしあれだけ酩酊した身体だ。足元を掬い上げれば、容易にその巨体は再び布団の上に転がった。

すでに隣の平山は事済んだのであろう。首のない胴体から血が辺りに流れ出ているのが見えた。

山南さんと左之が平間の部屋に向かうべく、バタバタと部屋の中を駆け抜けていく。その際、部屋の真ん中に立てかけてあった屏風がはいつくばる芹沢の身体の上に倒れた。


この好機を見逃すわけにはいかねぇ!


すかさず二太刀目を突き立てれば再び奴の野太い声が響き渡った。だが三太刀、四太刀と突き立ててみてもなかなか急所を貫くことができねぇ。

芹沢は屏風の下から這い出し、血を流しながら縁側へと逃げ出してしまった。


がむしゃらにそれを追い掛ける隣で、総司が何の迷いもなくお梅の首に菊一文字を突き立てているのが見えた。





芹沢を追い掛け縁側に飛び出すと、意外にも奴は刀を構えこちらを見据えていた。その眼にはまだ鋭い牙を剥いた獣が宿っている。


身体中から血を流しながらも…

なんて奴だ…


芹沢の武士としての姿勢に嫉妬にも似た感情が俺の胸中に生まれる。


武者震いなのかなんなのか。震える手で刀を握り直し、ジリジリと芹沢との間合いを詰めていく。

覆面の下の顔にツツ…と一筋の汗が流れた。


「…沖、田……いや、土方、だろう?」

「!?」

「…ふん。図星、か」

「……てめぇの命、頂戴する」

「貴様、ご、ときに…やられてたまるか…」

「減らず口が……!!」


一気に仕留めようと、刀を振りかぶり思い切り芹沢に振り下ろす。

だがそれは奴の脇差で軽々と受け止められてしまう。力で押すも、それさえも跳ね退けられてしまった。


脇差で…

それに奴は虫の息だっていうのに……

この力の差は……




…奴は戦いを知っている。

人の命の取り合いを知っている。

そして…

武士としての本当の強さを持っている。


俺は芹沢のことを憎いと思いながらも

俺が望むすべての物を持っている芹沢に嫉妬していたのだろう。





「土方、よ」

「………」

「どうしたら…人は強くなれるか、知ってる…か?」

「………」

「くれて、やるのだ…己の心を…己の内に潜む、獣、に」


芹沢は刀を構え直す俺に、あの傲慢な笑みを浮かべながら話し続けた。


「己の心を…く、れてやれば…獣は自分でその牙を、研ぎ潜め、る……あとは…獣が勝手に牙を、むく」

「………」

「貴様は、弱い……世間では、鬼、などと呼ばれているが…それ、は脆い仮面」

「………」

「す、べてを…捨ててもいいという、覚悟が、できとらんからだ」


三度みたび刀を握りなおせば芹沢は鼻でフンと笑った。


「覚悟、を決めるのだ…土方よ」

「チッ…!!覚悟するのはてめぇの方だろうが!!」


キィン!と甲高い金属音をたて、刀同士がぶつかり合う。

同時に後方で知った気配がカチャリと刀を構える音が聞こえた。


「ッ…総司!!邪魔するんじゃねぇ!!」

「…!!」

「俺の…獲物だ!!」


…武士としての覚悟はしていたつもりだった。とうの昔に心なんぞ捨てたつもりだった。

刀を握ることになった時から俺は俺の誠のためだけに生きようと、戦おうと。

そして鬼になり命をくれてやろうと誓ったはずだった。


だがあいつと…

由香と出会ったことで…

あいつの"何か"が俺の捨てたはずの人間味を呼び戻しちまった。

あいつを大切だと、守ってやりてぇと。そう思えば思うほど俺の中の獣は牙を研ぐのをやめた…

芹沢の言う通り、今の俺の"鬼"は脆い仮面だ。



…歳三

おめぇは何のためにここまでやってきた?

何のために刀を振るってきた?


思い出せ、あの覚悟を。

再び捨てろ、心を――…!!


「ッ……!!!」


俺の中の獣が再び眼を醒ます。牙を剥く。その力は自分でも驚くほどの力となって刀に乗り移った。


「うぉぉぉ――…!!」


鋭い牙が稲妻の如く芹沢に噛み付く。

気付けば俺の刀は奴の首から肩にかけて深く深く斬りこんでいた。


「ッ…!!……や、れば…できるではないか……」

「………」

「……その眼を…忘れるでない、ぞ……」


その言葉を最期に


俺の前に大きく立ち塞がっていた芹沢という"獣"が


ガックリと跪き、そのまま二度とその鋭い眼を開けることはなかった。





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