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第三十三話 弱い侍強き女


「お茶、どうぞ。大福も…よかったら」

「おおきに」


お互い無言で湯呑みを手に取り、そっとお茶を啜る。


「………」

「………」


八木さんちの広間を借りて、お梅さんと向かい合って始まったお茶会だけど…


……い、勢いでお茶に誘ってはみたものの、よく考えたら話題がないんですが。

お梅さんは芹沢さんの愛人だけど、正確には菱屋さんのお妾さんでもあるわけで…

まさかこの話題にダイレクトに突っ込むほど私も馬鹿ではない。

うう…でも共通の話題は芹沢さんのことしかないよなぁ…

お梅さんは芹沢さんのどこが好きなの!?…なんてガールズトークをふっかける雰囲気でもないし……

と、りあえずお茶でも飲んで気持ちを落ち着かせよう。


「由香はんは…土方はんの"いろ"、なんよね?」

「ぶごっ…!!!」


思いがけないお梅さんの言葉に啜っていたお茶が気管に入り、盛大にむせはじめる。


ちょ…!!い、いろって……////!!恋人同士…ってことだよね?


「だ、大丈夫どすか?」


慌てて背中をさすってくれるお梅さん…

……ほ、惚れていいですか////

…じゃなくて!!


「ゴホッ…!あ、の…いろ、というかなんというか……////」

「照れんでもよろしおわす。芹沢はんが言うてましたえ。お二人は仲がよろしゅうて」

「せ、りざわさんが…?」

「へぇ。言い合いばかりしとるけど、仲のよい証拠や言うて笑うてましたえ」


芹沢さん、他人には全然興味なさそうに見えるけど…

見られてたなんてなんか意外だ。

そして芹沢さんの目に歳さんと私がそう映ってたことも。


つーか…ここは"いろ"ですとハッキリ言っていいのかわからない。恋人同士とお互い認識しているわけじゃないし、付き合おうなどという言葉もあったわけじゃない。まわりはどう思ってるのか知らないが、ちょっと気持ちが入った身体だけの関係…ゴホン////!大人の関係と言っても間違っていないように思う。


「土方はんて、あの鬼の副長と言われる悪名高いお人やろ?由香はんはあんお人のどこがええんどす?」

「ええっ////!?」


つうかお梅さん!あなたがそれを聞きますか!?私からしたらあの芹沢さんのどこがいいの!?って世界七不思議に匹敵するくらいの謎なんですけど!


驚きを隠せず、お梅さんの方を見るとニコリと優しい笑みを浮かべた。


「悪名高いのは芹沢はんの方なんに、って顔やんなぁ?」

「あ、や、そうですけど…って、いや、違くて!!」

「ふふっ、ええよ。確かに芹沢はんは悪名高いもんなぁ……けど本当は馬鹿が付くくらい純粋で真っ直ぐで優しいんよ」

「………」


それって恋は盲目ってやつですよ、と口をつきそうになったがグッと堪えた。

だってその台詞はまるで…


「もしかしたら由香はんが土方はんを好いてる理由もそれと同じとちゃいますか」


ハッとさせられた私にお梅さんはすべてを見抜いたような優しい顔でそう問い掛けた。


「この国のお侍はんは…みぃんな素直じゃあらしまへんからなぁ。普段は獣になって鬼になって自分を偽ってまで志を通そうとしてはる…。本当の自分は惚れた女にしか見せませんえ」


その見せられた男の弱さに骨抜きにされました、と言って笑ったお梅さんの笑顔はまるで少女のようだった。


歳さんが鬼の仮面を被っているように、芹沢さんも獣の仮面を被っている…

弱さを隠し、牙を向きながら真っ直ぐ前に突き進む。

二人だけじゃない。もしかすると戦いの中に身を置いている男達は少なからずそうなのかもしれない。

彼等をそうまでして突き動かす"志"とはいったいなんなんだろうか。


局中法度に侍としての男のロマンを見出だした歳さんと同じく、尽忠報国にロマンを見出だした芹沢さん。

二人は案外似た者同士なのかもしれない。


「ほんで?由香はんは土方はんのどこを好いてるんどす?」


少女の笑顔を浮かべたまま、身を乗り出すお梅さん。

なんだ、この人も私と同じ恋する乙女だ。


「…私も……歳さんの弱さ…ですかね」


顔を赤らめながらそう答えればお梅さんは、なんや壬生浪は評判と違うて弱い男ばかりやなぁと悪戯っ子のようにケラケラと笑ったのだった。



***



「…でね、この前なんかろくに飲めない酒なんか飲んじゃったから、次の日すっごく二日酔いになっちゃって」

「まぁ!土方はん、下戸なんどすか?」

「そうなの!鬼の副長様のくせに笑っちゃいますよね!」

「ふふっ…人は見かけによりまへんなぁ……そういや芹沢はんもこの前な……」


同じ種類の男に惚れたよしみ、とでも言うのだろうか。私とお梅さんはフィーリングが合ったのか、気付けば友達のようなノリで話し始めていた。

ガールズトークなんてしたの、久しぶりだ。

総司くんやはじめくん、平助なんかと話すのももちろん楽しいけど、やっぱ女の子同士、好きな人の話で盛り上がるのも楽しいわ!…なんて乙女な一面も持ってるんですよ、うふ。


「そろそろ…芹沢はん帰ってきはるかなぁ…」

「うふふ~、今夜も身体で愛を語り合っちゃうんですかぁ?」

「嫌やわ////!由香はんてば////!!」


そう言って顔を真っ赤にしながら私をバシッと叩くお梅さん。

見てるこっちがドキドキムラムラするほど…うん、真剣に可愛いぜ////!

萌えるダローガ///!!

ちきしょう、芹沢さんてばこんないい女を毎晩のように抱いてやがるのか!

なんだか芹沢さんに殺意を抱くとともに、歳さんにこんな私でごめんと泣きたくなるのはなぜだろう。


「真っ赤になっちゃって~。お梅さんてば可愛いんだから!!」

「もう…////そうや由香はん?」

「はい?」

「またこうして由香はんに会いにきてお話してもええどすか?」

「えっ…!?私、なんかでいいんですか!?」

「へぇ。うちのまわりは壬生浪が嫌いやさかい。こうして盛り上がれんのは由香はんしかおらんのよ」

「…お梅さん……」

「……迷惑、どすか?」

「いえ!!喜んで!!私達、もう友達じゃないですか!!」

「友、達…」

「…あ、あれ?違いました…?」

「ううん、友達やんな!そう言うてくれて嬉しいどすえ!」


私も嬉しいです!と言えば、お梅さんは今日一番の屈託のない笑顔で笑った。


友達、かぁ…

この時代に来て初めての女友達。

その懐かしい響きが嬉しくもあり、なんだか気恥ずかしくもあり。

私も顔を赤らめながらお梅さんと共に笑ったのだった。



***



それから間もなくして。

桔梗屋の小栄さんと輪違屋の糸里さんという芸妓さん達が、やはり早文をもらったと言って訪ねてきたかと思えば、玄関から今となっては聞き慣れたあの怒鳴り声に近いでっかい声が八木さん宅に響き渡った。


「帰ったぞ!!」



「ほら、お梅さん!待ちに待った芹沢さんのご帰宅ですよ!お出迎えしなきゃ!」

「もう////!わかってますえ////!」


ツンツンと肘でつつきながらからかえば、お梅さんは赤くなりながらも素早く立ち上がり玄関へと小走りで駆けて行った。

その後ろ姿は全身で芹沢さんのことが好きだと言っているようで…

もう…本当かわゆいのう…

……私なんて気分がノッてきたせいですでに一人で酒飲みはじめてるけど大丈夫ですか。なんかもう…歳さん、こんな私で本当すんません。


つーか歳さん、いつ帰ってくるんだろう。きっと芹沢さんと一緒になんか帰って来ないだろうし…

なんだか私も早く会いたくなってきちゃった…

早く帰って来ないかな。


そう思いながら盃を傾けたと同時に目の前の襖が「スパンッ」と音をたてて勢いよく開いた。


「おう、由香!なんだ、お前もいたのか!!」

「なんだとはなんですか」

「ははは!悪い悪い!!おい、土方!お前の女も呼んでおいたのか!!」


芹沢さんの問い掛けに、俺の女?そう言いながら芹沢さん、平山さん、平間さんの後ろからスッと顔を出したのは…


「あー!歳さん!!おかえり!!芹沢さんと帰宅なんて珍しいじゃないすか!」

「ッ!!なんでてめぇがここにいるんだ!?」

「お梅さんと話してたの!ガールズトークですよ、ガールズトーク!」

「………」


紛れもない、さっきまで会いたいと思ってた歳さんなのだけれど……


「…歳さん?」

「おめぇはもう前川さんちの方に戻れ」


その表情はいつもと違う。

芹沢さんと一緒にいるからだろうか。


「な、んで、いいじゃないですか」

「………」

「歳三さん、別にいいじゃないですか」

「あ…総司くん…」


そのまた後ろからぴょこっと顔を出したのは、いつもと変わらない飄々とした笑顔を見せた総司くんだった。


「ほら、歳三さんがそんな冷たくするから由香さんが不信がってますよ?浮気してきたんじゃないかって」

「えっ!!?浮気してきたの!?」

「馬鹿か!するわけねぇだろう!!」

「ですよね~。歳三さんてば由香さんにベタ惚れですもんね~」

「「////!!」」

「クスッ。二人して赤くなっちゃって。あ、お梅さん、こんばんは~」

「沖田はん、おばんどす」


いつもと変わらない総司くん。だけど、


「由香さんと何話してたんですか~?まぁ、芹沢さんと歳三さんのことでしょうけど」

「ふふっ、うちと由香はんの秘密どす。さっ、奥に宴会の用意がしてありますえ!皆はん入りまひょ!ほら、土方はんも由香はんも!」


お梅さんに腕を引っ張られながらも歳さんに視線を戻せば小さく「わかった」と呟いた。それを聞いたお梅さんが「ほんだら!」と私の背中を押し、広間へと向かい始めたのだけれど…


気のせい、だったのだろうか…

いや、気のせいであってほしい。


胸にモヤモヤしたものを抱えながら私はお梅さんとともに奥の広間へと向かったのだった。





「さぁ、飲み直しだ!」


芹沢さんの一言で宴が始まったのだけれど…


やっぱり気になる。

いつもの歳さんじゃない。あの瞳は鬼の…


鬼の瞳――……




「…さん?由香さんてば!」

「え?あ、あぁ、なに?」


隣にいる総司くんの呼びかけにハッとする。


「もう、由香さんてば。僕の話、聞いてました?」

「も、もちろん!」

「じゃあ今何の話してました?」

「え、えぇと…はじめくんが腹踊りした話…だっけ?」

「………違います」

「あれ…?」


えへへと笑ってごまかしてみれば、総司くんからは深い溜息が返ってくる。

あ、当たり前か…

どんな罰ゲームでも、新八さんならともかくあのクールで真面目一筋のはじめくんがそんなことするわけない。

冗談でもそんなこと言ってしまった自分に激しく後悔したとともに、なんだか新八さんごめんなさい。


「…歳三さんが気になりますか?」

「うん……って、えぇ!?」


総司くんてば剣の腕だけで一番隊組長を任されてるわけじゃない。

この男が人一倍鋭いことを忘れていた。


「あ、あの…」

「由香さんも。思い切り顔に出るたちですね。まったく似た者同士なんだから」

「え…?」

「いえ…。それより歳三さん、殺気立っているでしょう?…なんでだか知りたいですか?」


先程とは違い、真剣な顔付きで私を見据えてくる総司くん。

やっぱり…何かあったんだ……


ゴクリと喉を鳴らしてコクンと頷けば、総司くんは私の耳元でそっと口を開いた。


「歳三さんね……さっき犬の糞、踏んじゃったんですよ」

「………はぁ!!?」


予想もしていなかった総司くんの言葉に、思わず素っ頓狂な声をあげる。

犬の…糞!?


「おい、由香!突然大声出してどうした!」

「由香はん、沖田はんに何かされたんどすか!」

「あ、いや、なんでもないです…」


芹沢さんとお梅さんがすかさず私の大声に反応して上座から声をかけてきたのだけれど、歳さんが犬の糞を踏んで機嫌が悪いなんて言えるわけがない。

とゆーかそもそもそれは本当なのだろうか…


伺うようにジッと総司くんを見据えれば「ん?」とニコリと笑うだけだ。


……む。この男、本当なのか嘘なのか見抜けねぇぞ…?


ちらりと上座で芹沢さん達にお酌をしている歳さんの横顔を見れば先程とは違い、なんだか機嫌良さそうに笑っている。


…あの殺気立つ鬼の瞳を見間違うはずはないと思ったんだけど……

お酒も飲んでるし、もう部屋の中もたいぶ暗くなってきてるから私の勘違いだったのかもしれないな。


「ごめん、総司くん!ありがとね!んじゃ飲みますか!!」

「はい!僕、お酌しますよ」

「お、ありがとうごぜーます」









この時。

総司くんの嘘に気付いていれば。

私が自分をもっと信じていれば。




あんな惨劇を引き起こすことはなかったのに。



***



その後、宴は深夜まで続いた。

歳さんが「じゃあそろそろお開きにしましょう」と言った頃には、平山さんはすでに意識朦朧で自分では立てないくらい。あのお酒の強い芹沢さんですら足元フラフラ。いつもの堂々とした芹沢さんはどこに行ったの?ってくらい酔っ払っていた。


そしてそれは私も…

お酒には強いはずの私が呂律が回らないくらい酔っ払ってしまっていたのだから、一体どんだけ飲んだのかわからない。

よくよく思い出してみれば、歳さんが何度も何度も進んでみんなにお酌をしていたように思う。

いつもはそんなことしないのに。珍しいこともあったもんだと若干朦朧とし始めた頭でそう考えていた。


「由香はん、大丈夫?前川邸まで歩ける?」

「らいじょーぶっ!歩けます~」

「もう…飲み過ぎどす!」

「だってぇ、お梅さんとぉ、友達に慣れたのが嬉しいんだもんっ」

「由香はんてば…。土方はん、由香はんを頼みますえ」

「ああ」


お梅さんの言葉に頷いた歳さんはフラフラな私が倒れないようにグッと肩を抱いた。

ぬくもりがあったかくて気持ちいい…

なんだかもう、眠くなってきたよ……


「お梅さぁん…約束、だからね……また絶対遊びに、来て、ね……」

「へぇ、約束どす」


そう言って笑ったお梅さんを見たのが最後。

私は歳さんに抱えられたまま深い眠りへと落ちて行ったのだった。






***



「おい、お梅!!どこだ!寝るぞ!!」

「へぇへぇ。そない騒がんでもうちはここにおりますえ」


眠ってしまった由香を前川邸に連れていったあと。

総司と平間が意識のない平山を抱えて小栄と共に庭側の部屋に連れて行ったのを横目で見、俺は芹沢の腕を自分の肩に回した。


「土方はん、すんまへんなぁ」

「いや」

「それにしても…由香はんは…芹沢はんから聞いとった通り、気立てのええ子やなぁ」

「………」

「…菱屋の妾でもありながら、芹沢はんの愛人であるこんなうちを…まわりから陰口ばっかり叩かれてるこんなうちを由香はんは友達、って言うてくれはった」

「………」

「……土方はん」

「………」

「たとえ志のためとはいえ、由香はんを泣かしたらただじゃおきまへんえ」


…そう俺にハッキリと言ったお梅は……あいつと…由香と同じ強い瞳を持っていた。


黙って首を縦に振れば、お梅は「そうや、今度由香はんと新しくできた甘味屋に行ってみまひょ!」と優しく笑うのだった。


…友達、か……


…由香。

今日を皮切りに、きっと俺はおめぇを泣かし続けることになる。

俺だっておめぇを泣かしたくねぇ。笑顔を守ってやりてぇ。

だがそれ以上に俺は自分の志を……


「…さぁ、芹沢さん。部屋に行きましょう」


俺はすでに眠りに入り始めていた芹沢を抱えお梅と共に、すでに平山と小栄が寝ているであろう部屋へと歩き出した。









少し開かれた障子から外の暗闇が差し込む。

雨が止む気配はない。

バシャバシャという雨音が辺りに響き渡り、暗闇がそれを包みこむ。


……鬼が牙をむくには絶好の機会だ。


再び俺の瞳に鬼が宿り始める。

その牙をひそめ、静かに出番を待っている。



さぁ、鬼よ…

俺に宿れ

俺を食いつくせ…!



己を殺し

一度動き始めた鬼は止まることを知らず

その時がくるのを

その血を浴びるのを今か今かと待ち侘びるのであった。





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