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第三十二話 終焉へのカウントダウン


「おう、遅かったな!!先に始めてるぞ!」


俺達が角屋に着いた頃には、近藤さんらを含めた芹沢一派はすでに宴会を始めていた。

芹沢は陽気に遊女を抱え盃を傾けている。片手にはいつものあの鉄扇が握られ、愉快そうに笑っていた。


今夜自分が殺られることも知らずに…

随分ご機嫌なもんだぜ…


「芹沢先生。楽しんでいらっしゃるようで何よりです」

「今宵は会津侯直々のおもてなしだからな!そりゃ酒も進むって話だ!」

「クスッ…じゃあさっそく僕も」


こういう時意外にもしっかり役者を演じるのは総司だ。

ニッコリと笑みを浮かべると、芹沢の下座に腰を下ろし「ほら、歳三さんも突っ立ってないで」なんて言いやがった。


チッ…余計なことを…


俺が不機嫌そうな顔で席につけば、総司の奴から痛いくらいの視線が突き刺さる。


「………」

「………」

「さ、ぁ、二人とも飲んだらどうだ!」


無言で交わされる俺と総司の視線にどうやら近藤さんが焦っちまったようで、すかさず盃を手に渡された。





『トシ、いいか。今日だけはなんとしても芹沢先生の機嫌を損ねてくれるな』


…近藤さんが角屋に向かう前。

念を押すように何度も何度もそう言われた。

心配性の近藤さんのことだ。芹沢と馬が合わない俺が奴のカンに障るようなことを言って喧嘩になっちまうとでも思ってるんだろう。


だが俺もそこまで馬鹿じゃねぇ。

必ずやこの計画を成功させ…

今夜限りで芹沢を消してくれよう。


「芹沢さん、どうぞ」

「ん…?お前さんがお酌してくれるなんて珍しいな」

「たまには俺だってやりますよ」

「こりゃ明日は槍が降るんじゃないか!」


芹沢はそう言って笑いながらもこちらに盃を差し出す。

ふと視線が交わるが奴は俺をしかと見据え、その瞳はわずかながらも鋭さを保っていてた。


…ゴクリ……


その瞳の中の獣に思わず生唾を飲み込んだ。

正直…

俺の剣の腕はコイツには敵わねぇ。


―――殺れるだろうか…


わずかに俺の胸中に不安が過ぎる。

だが、なんとしてでもやらなきゃならねぇ。

壬生浪士組のために。

近藤さんのために。

そして自分自身の武士としての誠のために―…


「おい、もういいぞ」


芹沢の言葉にハッと我に返れば、目の前の盃にはなみなみと溢れんばかりの酒が注がれていた。


「あっ…と、すみません」

「よいよい。さぁ、お前さんにも」

「歳三さんには僕がお酌しましょう。下の者が上の者にお酌するのは当たり前ですから。ね、歳三さん。ささ、芹沢さんもググっと飲んじゃってください」


芹沢が目の前の徳利を取るより早く、総司が他の徳利を今にも俺の盃に注ごうと傾け、芹沢には盃を傾けさせた。


「…わりィな」


ふと…、以前近藤さんに教えられた武士の間では広く知れ渡っている話を思い出した。

気心知らねぇ相手と酒を飲む時には必ず酌をしろと。

相手がどんな手練れだろうが、刀を抜く前は必ず心の動揺が手に現れる。

なみなみと酒を注がれれば、指先が震えて酒が零れる。

だから指先と盃を見るのだと。


芹沢がその話を知っていても不思議ではない。

だからいつもはされても決してし返すことのねぇ酌を俺にしようとしたんじゃねぇか。

だとしたら総司の機転は有り難かった。

…俺の指先は微かに震えていたからだ。


これは武者震いなのか、芹沢への恐怖なのか。


俺は酒の注がれた盃を一気に傾けたのであった。




***



それから一刻ほどして…

総司が歯車を動かす一言を発した。


「そういえば芹沢さん。明日は会津藩へ行かれる予定ではなかったですか」

「おぉ、そうだったな。お前も呼ばれていたのではないか」

「はい、僕も。なので一足先に屯所に帰って飲み直しといきませんか」

「ふむ。そうするか」

「ならば屯所にも綺麗どころを呼んでおきましょう。お梅さんと…平間さんと平山さんには小栄さんと糸里さんでよろしいですか」


そう総司がニコリと尋ねれば、奴らは二つ返事で「ならば屯所へ」と腰をあげた。


「では一緒に」と、明日会津藩に同行することになっている俺と山南さん、そして原田も腰を上げる。

もちろん会津藩に同行なんて話はねぇ。今宵の"刺客"の面々だ。


が…

ここでただ一人。

近藤さんの門下でありながら、今宵の計画を知らない者が口を開いた。


「なんだよ、左之も帰るのかよ。じゃあ俺も屯所で飲み直しすっかな」


新八、だ。

新八は近藤さんの門下ではあるが、同じ神道無念流ということで芹沢との繋がりが深い。

芹沢も新八には目をかけていたし、新八も芹沢には懐いているようだった。

だから…

今回のことは新八には一切話を通していない。

もし新八に計画のことがばれてしまえば奴は芹沢につくかもしれねぇ。

そうなったら返り討ちに合うことは免れねぇ。


新八は壬生浪士組の中でもかなり腕が立つ。

奴に唯一匹敵する総司を刺客に出してしまう今夜、もしもの時に他に新八の剣を止められるのは……


まわりをそっと見渡せば一人の男と視線が交わり、その男がコクンと頷いた。


「新八。ならば今宵は俺が相手になろう」

「斎藤!?…斎藤、かぁ…」

「なんだ。俺と盃を交わすのは嫌か」

「い、いや、そういうわけじゃ…」

「なら決まりだな。ではせっかくだから新八のお気に入りの芸妓の小鈴を呼ぶか」

「こ、小鈴をか!?…そういうことなら朝まで角屋で楽しむか!!」


斎藤なら満に一つのことがあっても大丈夫だ。まだ若いが奴の腕にも、もちろん斎藤自身にも信頼を寄せている。


頼んだぞ、と目配せしながら俺達一行は角屋をあとにしたのだった。




***



「由香はん、おる~?」


みんなの帰りを一人待っていると私を探している女の人の声が屯所内に響き渡った。


ん?誰かな?この男所帯の中、女の甲高い声で名前を呼ばれるのはなんだか懐かしい。

「はーい!なんですか?」八木さんの奥さんかな?と元気よく返事して声がしたほうに駆けてみれば、そこには芹沢さんの愛人のお梅さんが立っていた。


「あれ…えぇと……」


正直戸惑った。

今まで挨拶程度でお梅さんと話したことなんて一度もなかったし、もちろん自己紹介なんかしたこともない。

なのになんで私の名前、知ってるんだろうか…

しかしお梅さん、綺麗だ。雨に少し濡れたのだろうそれがさらに色気を増していた。

着物の上からでもわかるボンキュッボン…

うお…私が男だったらこのシチュエーションは間違いなく一目惚れ…


「ああ、おったんやね。どうも、おばんどす」


そんなくだらないことを考えていると、お梅さんから言葉が投げ掛けられる。


「あっ…ど、うも、おばんどすです…」


ってあああ、何を言ってるんだ私は。

緊張のあまりよくわからない京言葉なんだかなんなんだかよくわからない言葉を返す私にお梅さんは「なんや、かいらしい人やねぇ」とフッと優しく笑った。


「せ、芹沢さんなら今角屋に…」

「ああ、知ってますえ。八木はんちで飲み直すから来いと、さっき早文もろうてなぁ」

「あ、そうなんですか…」

「ちぃと着くのが早かったさかい、由香はんとお話したいと思うて」

「あの…なんで名前…」

「芹沢はんから聞いてはったんよ、由香はいい子だ、あれはいい女になる、って」

「え…」


ちょっとちょっと…

芹沢さんが私をいい子だと?いい女になると?

そんなことをお梅さんに言ってただなんて…

……どういう風のふきまわしだ!?

いつも私のことを生意気なガキだとか色気がないとか散々馬鹿にしてたのに…

なんだなんだ、芹沢さんてば意外に照れ屋なんだから。可愛い奴め!


「だからどんなお嬢はんなんかと気になっとったんよ。芹沢はんの言う通り、気立てのええお嬢はんやなぁ…」


そう言ったお梅さんは、ヤキモチを含んだような可愛らしい照れ笑いを浮かべていて…

芹沢さんの愛人になるくらいの人だもの、気は強くてツンツンしたわがままな人なんだろうなぁなどという私の思い込みはどうやら間違ってたらしい。


「お、お梅さんの方が私なんかよりすっげ可愛いです!」

「フフッ…ほうかえ?そらおおきに」

「あの…、せっかくだしお近づきのしるしに私お茶煎れてくるんで一緒に飲みませんか?」

「ほんだらお言葉に甘えて」


人生初のナンパに成功した私は「じゃあ、八木さんちで待っててください!」と言い放ち、お茶を煎れるべく勝手場へと走りだしたのだった。




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