第三話 バラガキの夢
「この部屋を使ってください」
総司くんに連れられてきたのはこじんまりとした和室。四畳半、と言ったところだろうか。嗅ぎなれない古びた畳のにおいに思わず足が止まった。
…今日からここで暮らすのかぁ、私。
電気もない、きっとガスも水道も。
あぁ…マックもない。高級レストランも大好きなあのケーキ屋さんも。
…うん。少し、少しだけ泣きたくなってきたぞ。
なんで私がタイムスリッパーに選ばれたのかがわからない。
歴女とかだったら泣いて喜んだろうに。
てかタイムスリッパーってなんだ?私ってば新語を作っちゃった。やるじゃん私。
なんてことを考えていたのが顔に出ていたのか、総司くんが不思議そうに私の顔を覗く。
あ…だからそんな上目遣いは反則だってば。そんな可愛い瞳で見上げられたらお姉さん、ドキドキしちゃうよ。
「…どうしました?大丈夫?」
「ん…あぁ…大丈夫。ごめんね?なんだか事態がよく飲み込めなくて……」
「…そうですよね…突然未来から飛ばされたんだったら仕方ないですよね……」
自分のことのようにしょんぼりする総司くん。
ナニコレ。どこぞの乙ゲーかい?これは。
「あ…でもほら、私には皆がいるからさ?大丈夫だよ、うん」
「でも…」
「大丈夫だって!元気出して?」
…えっと。
過去に飛ばされたのは私…だよね。
なにゆえ総司くんが捨てられた子犬のような顔をしているのだ?
そしてなにゆえ私が彼を慰めている?
「おい、何総司のこと虐めてんだ?」
「あ……えっと……歳さん……」
いつのまにか歳さんが部屋の入口に立っていた。
「あぁ!?歳さんだぁ?」
「だって歳三でしょ?あ、歳たんとかの方がよかったですか?」
「てめぇ…やっぱり斬られてぇか?」
冗談のつもりだったが、歳さんの眉間にはみるみる深いシワが刻まれていったので、私は慌てて謝っておいた。
その隣で総司くんは「歳たん…」とクスクス笑っていたけど。
*
どうやらここは京都の八木さんという方のお家らしい。
歳さんと総司くんの話によると、二人をはじめ、井上さん、山南さん、永倉さん、原田さん、平助くんは、もともとは江戸…今でいう東京で道場をやっていた近藤さんの門下生だそう。
今年に入って京都にいる将軍を守るために募集された浪士隊に応募し、数日前に江戸から歩いて京都までやってきたそうだ。
その時は200人以上の団体だったらしいけど、実は浪士隊というのは清河八郎という人の嘘だったらしく、怒った近藤さん率いる8名と、さらにそこに芹沢さん率いる5名が合流し、計13名の皆はそのまま壬生浪士組としてここに残ったということだった。
「武士ってぇのは、将軍様をお守りするために刀を振るうもんだからな」
はっと得意気に笑う歳さんだったが、その刀をか弱い女の子に向けたのはどこのどいつだよって言う話で。まぁさすがの私もお前だよお前!!なんてことはハッキリと言えないわけで。
「…なんだよ」
…歳さんの勘の鋭さというかなんというか。
それは人より優れていると思う。
「いえ…てゆーかこの時代の男はみんな武士なんですか?」
ここにいる男どもは皆、腰に刀をぶら下げている。時代劇なんてめったに見ないけど、確か越後屋、お前も悪よのぅ…みたいな人もいたと思うんだけど。
「クスッ。由香さんって面白いこと言いますねぇ」
「全員が武士なわけねぇだろうが。俺や近藤さんなんかは元は農民の出だ」
…――そうだ。俺の実家は日野の豪農だ。
小せぇ頃から武士に憧れて…
周りの奴らに無理だと笑われながら、俺は薬の行商をしつつ、その傍らいろんな道場で剣を学んだ。
おかげでいろんな流派が混ざっちまって、近藤さんとこの天然理心流は目録止まりだが、実戦ではそんじょそこらの奴には負けたことがねぇ。
地元では喧嘩に明け暮れバラガキと呼ばれた俺だが、それは所詮、小さな村の中での戯れ言だ。
世間に名を知らしめる武士になりたい――…
いつの頃からかそう思いはじめた俺にとって今回のことは絶好の機会だった。
かっちゃんと―…
近藤さんと共に、武士の誠を見せてやる。
そしていつか近藤さんを幕臣に。
それが今の俺の夢だ。
***
「さぁ!夕飯だ!!酒持ってこい!!」
皆が広間に集まった中で芹沢さんの声が響き渡る。
と、同時に賑やかな宴会が始まった。
しかし夕飯と言っても外はまだ明るい。この感じだとだいたい4時くらいだろうか。
「ゆ、夕飯の時間って早いですね」
「そうですか?この時代の者は日の入りとともに休み、日の出とともに起きますからね」
隣り合わせた山南さんが穏やかな優しい笑顔を見せた。
う…////どいつもこいつもイケメンばっかりじゃねぇか////!!
「たいしたものではありませんがたくさん食べてくださいね」
山南さんのこれでもかっていうイケメンスマイルに、思わず顔を赤らめながら慌てて箸をとった。
私の前に置かれた膳の上には根菜の煮物と白米。それに沢庵が2切れ。
お世辞にも豪華な食事とは言えない。
そっと口に運ぶが、普段和食なんか食べない私にとって箸が進むものではなかった。
「お口に合いませんか?」
山南さんと反対側の隣りに座った総司くんが覗き込む。
「あ…いや…あんまりお腹すいてなくって……」
さすがの私も気を使う。
居候の分際でマズくて食べらんないなんて言えるか。
「由香!腹が減ってないなら酒を呑むがいい!!誰か!由香に酒を用意してやれ!!」
地獄耳なんだろうな。
上座にいた芹沢さんが声を張り上げた。
「ほら!呑むか、由香ちゃん!!」
「あ…永倉さん……」
だったと思う。めっちゃがたいがいいなぁと驚いた人だ。
「永倉さんなんて固ぇなぁ!!新八でいいからな!!」
「いた!!」
新八さんは筋肉ムキムキなのであろう、その腕で私の背中をバシバシと叩くと、私に杯を持たせ、なみなみと酒を注いだ。
「ほら!一気!!」
なにコレ。なに、このコンパノリは。
だけど嫌いじゃないこの雰囲気。むしろ好きだ。そして酒も好きだ。
現代で酒豪と呼ばれてた私。
いいのね?いいのね?呑んじゃうよ?
私はクイッと杯を傾け、杯に注がれた酒を一気に飲みほした。
「おぉ~!!」
「いい呑みっぷりだな!!」
広間の中は、すべての酒が私の喉元を通過したと同時にワッとわいた。
酒は強い方だと自負している。コンパや飲み会では私以外の皆が酔っ払ってることなんてしょっちゅうあった。
「なんでぃ。いける口か!ほら、どんどん呑みな」
いつもはもっぱらビールかサワーで、日本酒を呑んだのは今日が初めてだったけどなかなかいけるじゃん。
その後も新八さんやら平助くんらが何度もお酌してくれた。
そのたびに私は杯の酒を呑みほし、ある程度いい気分になってくると皆にお酌してまわり、徐々に打ち解けていった。
いつの時代も酒は心を開かせてくれるもんだな。なんて、思いながら私は手に持っていた杯を何度も空けていったのだった。