第二十八話 間者と武士と百姓と
「……寝坊した………」
さぁビックリ。
気付くとお天道様はもうすぐ空の真上に来ようかという勢いだ。
夕べはすごく暑くて寝苦しかったのもあるし、昼間の出来事が気になっちゃって、いろんなことを想像して夜更かししてしまったからだろうか。
…ちなみに私が思うに楠くんは絶対に"受け"だと思う。
激しいんだろうなぁ…
荒木田さん。
なんて起きてすぐこんなことを考えてしまう私は救いようのない腐女子なのかもしれない。
そういえば、あれからすぐ。
歳さんも近藤さん達と出かけた。
珍しく紋付きの羽織袴を身に纏い、惚れ惚れするぐらいビシッと決め込んでたから、また島原か…と思ってわざとらしく「あら、会津藩にでもお出掛けですか?」と聞いてやった。
そしたらあの男はちらりと私を一瞥すると、ヌケヌケと「そんなところだ」と言いやがった。
あのねぇ、あんたが嘘をつく時の癖…
嘘をつく時に俯き加減に視線を逸らすことくらい、こっちはわかってんですよ。どうせ島原でしょ?せいぜい綺麗な女のよいしょに騙されて鼻の下を伸ばしてくるがいいさ!
このヤリチンが!!!
……って言ってやりたかったけど、そこはグッと堪えた。
感情にまかせて暴言吐くほど私は子供じゃない。
好きな男の女遊びくらい、大目に見てやる大人の女なのサ……、と気取って「そうですか。ではお気をつけて」と見送ってみたものの、本当はイライラして仕方なかったってゆう。
…でもさ、本当に怒れなかった理由はそこじゃない。
目が…
歳さんの目が、壬生浪士組副長の眼だったから。
鬼が見え隠れしている眼だったから。
あながち会津藩に行く、というのも嘘ではないのかもしれないと思ったのだけれど…
結局。
皆が帰ってきたのは、ほぼ明け方に近かった。
眠かったのもあったし、なんだかバタバタとうるさかったから、私はそのまま布団の中にいたんだけどね。
「いい加減起きるか…」
まだ重い目を擦りながら「う~ん」と伸びをし、私は顔を洗うために井戸へと向かうことにしたのだった。
***
井戸から水をくみ、その場でバシャバシャと顔を洗っていると、背後から「こんにちは」と言葉を投げ掛けられた。
「ふぇ…?」
聞き慣れない声に思わず声が裏返り、慌ててそばに置いておいた手ぬぐいで顔を拭く。
くるりと振り返るとそこには…
「こんなところであなたに会えるなんて、今日はとてもいい日になるかもしれないな」
ニカッと歯を見せた荒木田さんが立っていた。
「あ、荒木田さん、こんにちは」
「もしかして、さっき起きました?」
「え!?わかります!?」
「ははは!まだ顔が眠たそうだ」
「いや、お恥ずかしい限りです…」
じゃあ…とそそくさとその場を立ち去ろうとする私のに、なぜか荒木田さんは立ちはだかる。
「せっかくだし、少しお話しませんか」
「えっと…」
表面上は断る理由など何もない。
何もないけれど、この人と深く関わってはいけないと脳内が警鐘を鳴らす。
それはきっとこの人が衆道…ゲフンゲフン////!!じゃなくて、この人が間者でほぼ間違いないからだろう。
それに話していて、私が未来から来たとボロが出てしまうかもしれない。
そうと知ったらこの人はどんな反応をするだろうか。
あのはじめくんやら山崎くんでさえ、目を見開いて驚いてたもんなぁ。
はじめくんなんて、ムービーで撮って保存してある歳さんに、一言一句丁寧に反応してたし。
ぷぷ…
その姿がかわいかったのなんの。
「由香さん…?」
荒木田さんそっちのけで思い出し笑いを噛み殺していると、明らかに「おま…!頭大丈夫!?」みたいな言葉と視線を投げ掛けられた。
「あ…ごめんなさい。ちょっと飛んでました」
あはは、なんて、つい墓穴を掘るような言葉を返せば荒木田さんは「はぁ…?」とますます首を傾げたのであった。
どうしよう、なんて言ってこの場を逃げ切ればいいんだろう…
こういう時に限って助け舟を出してくれる人は誰も通らない。
ド、ドラえもーん!って私も叫びたいよ!
なんて思考回路が麻痺しだした頃…
「「!!」」
奥の部屋からガシャーンという音と怒号が聞こえてきた。
「な、なに…?」
「行ってみましょう!!」
いち早く走りはじめた荒木田さんに腕を引かれ、私達は怒号のする奥座敷へと走りはじめた。
***
たどり着いた奥の広間の襖は開け放たれ、私の視界に飛び込んできたのは…
歳さんの胸倉を掴み、今にも殴りかかろうとする勢いの芹沢さん。
そして、そんな殺気立つ芹沢さんに胸倉を掴まれているのに顔色一つ変えていない歳さんの姿だった。
「貴様ら…!なんということを…!!!」
「新見さんには法度に従っていただいただけです」
淡々と感情のない言葉を並べる歳さんに、芹沢さんの背中が大きく震えているのがわかる。
「……こんなことして…ただで済むと思っているのか!!この百姓上がりが!!」
「………」
芹沢さんのその罵倒の言葉にほんのわずか。
ほんのわずかだけど歳さんの眉がピクリと反応したように見えた。
「芹沢さん!!やめねぇか!言葉が過ぎるぞ!!」
「永倉!!貴様も武士の家に生まれた身ならば、こやつらと同等など恥ずかしくないのか!!」
…新八さんは代々、福山藩の江戸定府取次役として仕えた立派な家の長男だ。
本当ならこんなところで刀を振り回しているような立場の人ではないらしいのだけれど。
近藤さんの人柄に惹かれ、好きで一緒にいるんだ!と酒の席で少しだけ聞いたことがある。
それよりも…今の言葉からしてやっぱり芹沢さんは歳さんや近藤さんを見下していたんだろう。
「芹沢さんよ、今はそんなことを話してるんじゃねぇだろうが!!」
新八さんは芹沢さんの言葉を無視し、力付くで歳さんから引き離した。
部屋の中はしぃんと静まり返ったが、殺気が消えることはない。
いったい何があったの…?
どうしていいかわからず、ただ皆を見据えるしかできない私の隣で、荒木田さんが「やはり…」と呟き、その場を足早に去っていった。
そしてその様子に気付いたはじめくんは、私をちらりと一瞥するとスッと音もなく荒木田さんのあとを追ったのだった。




