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第二十七話 その鬼が眼を開く


その日。

朝から男達の様子がいつもと違っていた。


揃って一室に集まり出てこない。

何事かと好奇心からお茶を持っていくも、一同厳しい顔をし、いつものように私に話を振ってくることもない。

それどころか私がいると会話が途切れてしまい、部屋は静寂に包まれたまま。


うん…

私、明らかに邪魔者だよね…

まわりを見渡せば、新八さん、はじめくん、平助くんらは視線を逸らし

近藤さんや山南さん、総司くんや左之さんはなんだか浮かないような顔をし

そして歳さんからは「外せ」と言わんばかりの冷たい視線を送られ、私は仕方なくその部屋をあとにしたのだった。


スパンと閉めた襖の向こうで、再び話し合いが始められたのがわかる。

そんなに私に聞かれたくない話なのだろうか。


…気になる。

でも立ち聞きなんて、人としてのモラルが…

というか立ち聞きなんかしたら一発で気配でバレるだろうし。

そしてその後、歳さんの雷が落ちることは必至だろうし。

…ちぇっ…諦めるか…


「あ~あ…部屋に戻るかな…」


うーん…と伸びをして部屋に向かって歩き始め、最初の角に差し掛かったところで、向こう側からボソボソとした話声が聞こえた。


「……のか?」

「…祇園…山の緒で……」


なんだか内緒話?のような感じだけど…

私、このまま進んじゃっていいのかな?

まぁ、進んじゃうけど。


そして角を曲がったところで、どうやら会話をしていたらしい3人の顔が飛び込んできた。


「…あれ、楠くん!……と…御倉、さん…と……」


あと誰だ?名前なんだっけ?

でも間違いない。

もう一人も長州天誅組だった……

意外や意外。

なんでそんな人達と楠くんが一緒に…


「あ…!あ、由香、さん!」


明らかに彼は冷静をかいている。

そんなにこの人達としていた会話がまずいことだったのだろうか。

それよりも、本当、なんで一緒に……


「こんにちは、由香さん。御倉伊勢武と申します。それとこっちは…」


突然。

私の前に立ちはだかるように、御倉、と認識していた男が自己紹介を始める。

わざとらしい挨拶もそこそこに、御倉、はもう一人の…

一番眼がギラついてる男に挨拶を促す。

そして…


「これはご挨拶が遅れました。私は荒木田左馬之亮と申します。以後、お見知りおきを」


荒木田。

そうだ、なんて取って付けた様な名前なんだと噴き出した男だ。

この男が…

荒木田は深々と頭を下げていた。

見た目とは裏腹の腰の低さに私も慌てて頭を下げる。


「あ、野村由香です」

「存じ上げております。確か近藤局長の遠縁にあたる方だとか」

「まぁ…」


新八さんに引けをとらないがたいのいい身体つきでニッコリと笑う荒木田さんの笑顔はなんだか憎めない。


「先日、道場でお見かけした時に随分可愛らしいお嬢さんだなと思いまして。近くで見るとますます可愛らしいお嬢さんだ」

「いえ、そんな…」


………この人、悪い人じゃないかもしれない……なんて。

いやいや、表面上で騙されるなんて総司くんで学んでいるはずじゃないか。

うん、駄目だぜ私。

でもこんな歯の浮くようなお世辞が素直に嬉しいだなんて私もまだまだ女の子だわ、えへへ…

って馬鹿か私は。


「あ、じゃあ私部屋に戻りますんで…」

「そうですか。では今度ゆっくりお話でも」


ぺこりと軽く頭をさげ、チラリと見た楠くんは、少しだけ険しい顔をしていた。

なんだか御倉さんと荒木田さんに流れを持っていかれた感じだけど……

ま、きっと誰かに頼まれて屯所の案内でもしてたんだろうな。


「楠くん、またね」

「…はい……」


楠くんからはいつものほんわかした笑顔はなく。

視線を逸らされたまま軽く頷かれただけだった。


…なんだか……

ふに落ちない感じがしたのは気のせいかな…

そういえば…

楠くん達が話していた祇園の山の緒ってなんのことだろう。


ポテポテと部屋までの道のりを歩く。


……あの冷静をかいた楠くんの様子………

あの険しい顔……


私の頭の中で一つのことが浮かんだ。

思わずゴクリと喉を鳴らす。


……まさか。

まさか、ね…?


私はその考えを振り払うように頭をブンブンと振ると、再び部屋に向かって歩き出した。

そのまはま悶々とした頭で廊下を歩いていると、前から見知った顔が静かに歩いてくるのに気付く。

いつもの羽織袴姿とは違い、着流しに刀を差しているということはどこかに潜入捜査に行くのかもしれない。

少し前に物乞い姿に変装した彼の姿を見て、監察方は大変だなぁと思ったっけ。

まぁ、それも大切な仕事の一つだから仕方ない。


「山崎くん。これから仕事?」


正面に来た彼に軽く笑みを浮かべながらそう問うと、静かに足を止めた。


「はい。由香さんは…」

「お茶出しも終わっちゃったしさ、部屋戻ろうかなって。しかしこの時代の女の子って暇だよね」


山崎くんは私の事情を知っている。それゆえ、愚痴をこぼせる数少ない人のうちの一人だ。


「はは…。まぁ、成人した女子の仕事と言えば、主のいない家を守ることや、子育てくらいですからね」

「…それって私が嫁に行き遅れた年増って言いたいの?」

「あ…!いや、決してそんなことは…!」


わざとらしく頬を膨らませれば、山崎くんは慌てて否定の言葉を返してきた。


「はは、冗談だってば。あ…そういえば……」


さっき楠くん達の会話に出てきてた祇園の山の緒。

それ、山崎くんならなんのことか知ってるんじゃないかな?

私はそんな軽い気持ちで山崎くんに「祇園の山の緒…ってなんだか知ってる?」と聞いたのだけれど…


その言葉を口にした瞬間。

飄々とした山崎くんの顔がぎょっとした。


「…由香、さん…山の緒のことはどこで……」

「あ、いや、ね?さっき楠くんが御倉さん達と"祇園の山の緒…"って言ってるのが聞こえてさ?は、じめて聞いた名前だからなんなのかと…」

「御倉…って天誅組だった輩の…?」

「う、ん…」


…あれ?

なんだ?なんかまずいこと聞いたか?私…

山崎くんの鋭い目付きに思わず息を飲む。


「それで?その場所の他のことは…」

「場所の他のこと…?」


…ってなんだ?

首を傾げると、山崎くんは少しホッとしたように「わからないならいいです」と、一言だけ呟き、「祇園の山の緒とは、遊女座敷のことですよ」と続けた。


遊女座敷…

ってことは島原みたいなもんなのかな?

楠くんと御倉さん達はそこに行く約束でもしていたのだろうか…

ん~…

でもそうなると私がさっき推理したことがはずれたも同然、ということになる。


私は「では急ぐので」と、横をすり抜けていく山崎くんの着物の袂を掴み、思いきって先程推理した事を聞いてもらうことにした。





「へ…?御倉と荒木田が衆道…?」

「そう!だって楠くん、すごく険しい顔してたもん!楠くんてすごく可愛らしい顔してるし、あの二人に無理矢理誘われてるんじゃないかな!?でも…普通、衆道の人は遊女座敷とか行かないよね……」


鼻息荒く、彼女はそう訴えた。

想像の斜め上をいく言葉に正直な溜息が俺の口をついた。


「由香さんは…本気でそう思ってるんですか…?」

「うん!だって楠くん、すっごく可愛いんだもん!」

「わかりました…気にとめておきましょう……」


俺は大袈裟にもう一つ溜息をつくと、「楠くんを守ってあげてね!」と言う由香さんに軽く頭を下げ、その場をあとにした。



……以前から変わった人だと思っていたが……

やはりそれは的中していたようだ。


しかし…

楠と言えば、原田さんがかわいがっている平隊士。

そんな輩が天誅組だった奴らと一緒にいるなんて…

確か御倉や荒木田は、まだ正確には平隊士達に引き合わせていないはず。

しかも"祇園の山の緒"が会話に出てきていただなんて。

そうなれば考えられることはただ一つ。


…御倉や荒木田だけでなく

楠も間者、ということだ。


「どうもひっかかる……」


副長の耳に入れておくか…

そう思った俺は、一度出た皆が集まる部屋に戻るべく、踵を返し再び屯所の中へと向かったのだった。



***



「じゃあ、最後にもう一度手筈の確認だ」


今宵…少なからず動き出すであろう歯車に向けて最終確認を始める。

なんとしてでも…

成功させなきゃならねぇ。


「失礼します」


そう気合いを入れた矢先。

少し低い声とともにスッと開いた襖の向こうには、先に出たはずの山崎が神妙な面持ちで立っていた。


「どうした山崎。何かあったか」

「今宵のことと直接関係はありませんが……先程、由香さんから気になることを耳にしまして…一応、副長や皆さんの耳に入れておこうかと」

「由香から…?」


すると山崎は、先程あったという由香とのやり取りを話しだした。



***



「なんだって?楠が?」


まさか、というように口を開いたのは左之だった。

そりゃそうだ。

楠は左之がかわいがっている平隊士。

左之が信じられないというのは当然のことだろう。


「まだ俺の想像内の話ですが……しかし偶然にも"祇園の山の緒"が会話に出ていた、なんて…」

「しかもまだ引き合わせていない奴らが一緒にいるなんてなぁ……」


…確かに。

山崎の言う事も、新八の言う事も一理ある……

楠が間者であるという疑惑が持ち上がるのも無理はない……


「しかし御倉さんと荒木田さんが衆道なんて……由香さんてば、本当おもしろい発想してるなぁ」

「あいつの発想は自由窮まりないからな」


ふと考えこんだ俺の隣で、クスクスと笑う総司にあの斎藤までがフッと口角を緩めたのだった。


「おかたい歳三さんと足して割ればちょうどだ」


そう笑う総司を無視し、俺は「わかった。とどめておく」と頷く。

それを見た山崎は「ではお先に山の緒に」とボソリと呟き、再び部屋をあとにしたのだった。


「…まぁ…ありえん話でもないな」

「あぁ。でも今は今宵のことの方が優先だ」


一度乱れた皆の気を、再び一つに集中させる。


壬生浪士組を…

統一の取れた組織にまとめあげるために…

俺達の夢を叶えるために動かせばならない歯車。

まずは…祇園、山の緒に入り浸っている邪魔者の右腕とされる男を消すこと。


てめぇの夢を叶えるためならば

なんだってやってやる。

鬼にだってなってやる。


俺は何度も何度も親指で鍔を押し上げては下げ、心の中でそう呟いていたのだった。




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