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第二十六話 餓鬼か鬼か


ふと…

強い視線を感じた。

気のせいではない。


自然な感じを振る舞いながら道場内をそっと見回すと、どうやらその視線の持ち主は新しく入隊した男達のうちの一人だった。

男は私と目が合うと、パッとその視線を逸らしたが、若干慌てていたように見える。


…なんかさ……

あの人達の雰囲気おかしいわ、やっぱ。

間者…、なんだろう。

何を思って何のために。


「由香さん?どうしました?珍しく顔が真剣なような…」


そんな思いにふける顔を楠くんに見られ、心底心配そうな顔をされる。

でも…若干失礼ジャマイカ…?

私だって真剣な顔くらいする。

でも、楠くんは本当に心配そうな顔をしている。

そのかわいらしい顔を見て私の悪戯心に火がついた。


「…ちょ、楠くん気をつけたほうがいいよ。あいつ、さっきから楠くんのこと見てる、ってゆーか見つめてる」

「…え、」

「楠くん、かわいい顔してるんだから本当気をつけてね」

「あ、あの、それって…」

「あいつ、きっと楠くんに一目惚れしたんだよ、絶対」

「何を言って…/////!」


そう言えば楠くんは真っ赤な顔になる。


うぅ…かわゆすぎるぜ!!

私って本当に性格が悪いんだと思う。

ニッコリと笑顔を向け、楠くんにトドメを刺した。


「あ、でも楠くんには広戸さんがいるもんね」

「////!だから違いますって!僕は由香さんみたいな女の人が好…!」


あ、れ?

楠くん、今、私みたいなのが好きって…


思わず「え?」と楠くんを見れば、先程とは比べものにならないくらい真っ赤な顔で、俯き加減に口を一文字にぎゅっと結んでいる。

……勘違いでなければ楠くん、もしかして私のこと…////

そう思ったら、私まで頬がじんわりと赤くなっていくのがわかった。

こ、この場をどうやり過ごそうか…////

なんて考えていると…


「おい。てめぇらピーピーうるせぇぞ」


不機嫌を隠そうともしないあの男の声が背後から聞こえた。


そ~っと振り返ると、そこには予想通り不機嫌丸出しの歳さん。

うん。

どーん!っていう効果音がピッタリだと思う。


「ふ、副長!!お疲れ様です!!」なんて、急いで背筋を伸ばした楠くんが口にした言葉は、心なしか震えているようにも思えた。

その言葉に歳さんはチラリと目を細め、眉間にシワを寄せただけ。

一回りも下の子にこんなに対抗心を剥き出しにするなんて、こりゃ歳さんは鬼なんかじゃなく餓鬼なんじゃねーかって思えてくるよ。

まぁ…そんな歳さんを少しだけかわいいと思ってしまうことは恋は盲目、ということだ。


「うるせぇっていうか、俺の前でイチャイチャすんなだとよ」


険悪ムードが漂う中、さらに歳さんの背後から余裕たっぷりの大人の声が聞こえた。


あ…この妖艶な声は……

まさに天の助け!!


「左之さん!!」

「よっ」

「…おめぇも来てたのか」

「あぁ。新八が血気みなぎりながら道場に向かって行くのを見かけてな。そういや楠。源さんがお前のこと探してたぞ」

「え?井上さんがですか?」

「あぁ。飯当番がどうのこうのって言ってたな。勝手場にいたから行ってこい」

「は、はい!!では失礼します!!」


楠くんは膝までくっつける勢いで頭を下げると、パタパタと走って道場をあとにした。


私にだけわかるように、パチリとウインクする左之さん。

……あぁ、源さんのことはきっと嘘だ。

こんな気のきいた嘘をつけるなんて、左之さんはいろぉぉぉ~んな修羅場をくぐり抜けてきたんだろうなぁと容易にわかることができた。


「しかしあれだなぁ…、長州様は随分と弱い間者を寄越したもんだな」


左之さんは「よっ」と腰を下ろすと、涼しい顔をしながら歳さんと私にだけ聞こえるように声を潜め、毒を吐いた。


「壬生浪士組もなめられたもんだ」


歳さんは、今だ道場の真ん中で竹刀を振るう新八さんと、やられ放題の"御倉さん"を見据えながら腕を組み直す。

不機嫌オーラにさらに拍車がかかったんじゃないかと思う。

隣にいて、空気がピリピリしてるのがめちゃくちゃわかるもん。

歳さんてば気付けばイライラピリピリ。

顔を見れば、いつも眉間には深いシワ。

…うん。

カルシウムが足りてないんじゃないか?

牛乳飲もうぜ?

って、この時代に牛乳あるのかって話ですが。


そんなことを考えているとと、突然道場のドアが乱暴な音をたてて開いた。

かと思えば、直後に響き渡る、同じく乱暴な足音達。

私の隣からは「はぁ…やっぱ来たか。」と、ため息まじりの声が聞こえた。


「お前らか!長州天誅組から来たっていう奴らは!!」


芹沢さんの真っすぐすぎる言葉に、道場の中は一瞬しぃんと静まり返ったが、そこは相手も大人。

すぐに4人の男達は姿勢を正し、「これからは同志としてよろしくお願いします。」と深々と頭を下げていた。

そんな相手の姿に気をよくしたのかなんなのか、芹沢さんは随分と歯切れよく話しだし、終いには「盃を交わすぞ!!」と道場をあとにしようと、再びドスドスと歩きはじめる。


その途中。

こちらを冷めた視線で一瞥する問題児芹沢さん。

その取り巻き達。

チラリと交わる視線。


あぁ…なにか一悶着起きるんじゃないか…

だって隣にいる歳さんも左之さんも。

そして芹沢さんの視線も殺気が混じったものに変わった気がするもん…


そしてそれを遠くから、同じく殺気の混じった視線で見つめる総司くんやらはじめくんやら…

近藤さんはただ一人、心配そうな視線を向けている。


「…天誅組を入隊させるなど…俺に黙って随分好き勝手してくれたな」

「局長はあなた一人ではないですからね」

「ふん。これからは近藤一派の好きにはさせぬ。こちとら俺の他に新見もいるのだからな」

「ああ、そうでしたね。ほとんど屯所にはおられないようなので、てっきり壬生浪士組をおやめになったのかと思っていましたよ」

「…舐めた口を…」


うあ…

最悪パターンだわ。

お互いがお互いを挑発してる。

よっぽどウマが合わないんだろう、この二人。

でも、歳さんが皮肉たっぷりに口にした言葉は事実。

新見さんは局長だけれども、屯所にいることはめったにない。

噂によると、島原の遊女にイレ込んで入り浸りになっているということだった。

それを知っている芹沢さんは、反論しようにもできないらしく、「チッ…!行くぞ!」と、取り巻きを連れて道場を出て行ってしまった。


よかった…

なにもなくて…


ホッとした私は、歳さん、と声をかけ、肩をポンと叩こうとしたのだが…

その手を出しかけ途中で止めた。

だってそこには私の知らない顔をした、鬼の副長があったから。

いや、もしかしたらこっちがこの人の本当の姿なのかもしれない。


「てめぇらはもうしまいだ…」


何を思って…

何をしようと思って鬼はそう呟いたのか。


芹沢さんが出て行った道場の出口を鋭い視線で見つめながら言った鬼のその言葉が、いやに私の胸に引っかかったのだった。




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