第二十四話 嫉妬のはざま
身体を重ねたからといって、私と歳さんの関係に何か変化があったわけではなかった。
一応、想いは通じあってる…?のかも今となってはよくわからないが、私自身、歳さんを束縛しようとする気はおきなかったし、それは相手にとっても同じだったようだ。
あ、でも少しだけ。
少しだけ歳さんが私に優しくなったような気がする。
「…おい、てめぇら……昼間から酒たぁ、随分と偉くなったもんだな?あ?」
いや…それは優しくなったと信じたい私の幻想だったかもしれない。
「と、歳さん!」
「ひ、土方さん!」
非番の新八さんに誘われ、部屋でこっそりと盃を交わしていたところ、どこから嗅ぎ付けたのか、今…目の前に立ちはだかっているのは、おでこに青筋浮かべた鬼の形相の歳さんだ。
「二人とも随分ご機嫌だなぁ?」
「と、しさんは随分ご立腹のようで…」
「まぁな…こっちも非番だってぇのに、忙しい思いしてりゃあ…かたや昼間から酒煽ってる奴がいりゃあな」
「ひ、土方さんも呑むか!」
「し、新八さん、歳さんは下戸だから駄目…」
盃を差し出した新八さんを慌てて制止する。
それを聞いた新八さんも「あ!そうだったな、土方さんは下戸…」と口を滑らせた瞬間。
目の前の男の無駄に高いプライドに傷がついたのか、まとっているオーラにさらに威圧感が増した気がした。
「俺は呑めねぇんじゃねぇ!!呑まねぇんだ!!!」
そして次の瞬間には辺りには鬼の怒号が響き渡ったのだった。
…つーか世間ではそれを下戸って言うんだってば。
「と、ころで土方さん!なにか用があったんじゃねぇのか?」
今だ眉間に深いシワを刻み、はぁ…とため息をついた歳さんに、場の雰囲気を変えようとしているのか恐る恐る新八さんが問い掛ける。
「あぁ…新八に話があったんだったな」
まだ盃を手にしていた私をちらりと一瞥すると、歳さんは半ば諦めたようにスッと腰を下ろした。
「今朝、新しい隊士が4人入った」
「今朝!?なんだってそんな早くに。誰が手合わせしたんだ?」
「いや、誰もしてねぇ」
「は…?」
新八さんの顔にあきらかに?マークが浮き出る。
新八さんが混乱するのも仕方ない。
壬生浪士組への入隊は必ず誰かと手合わせして、実力を見てからではないといけないというのが暗黙の了解だったし、なにより歳さんの険しい表情がただ事ではないことを物語っていた。
「いったいどういうこった?」
「それがな…入隊してきたやつは、名こそ京浪士、宇都宮浪士だが、つい先頃まで長州天誅組だった奴らだ。」
「なに!?」
新八さんの表情が驚愕する。
そりゃそうだ。つい先頃まで長州天誅組。
長州天誅組といえば、過激尊攘急進派としてその名を轟かせている。
そんなところに所属していたような輩が、たった数日で思想をコロリと変えるなんて思えない。
だが、彼等は口々に「議論の相違で脱退してきた。我々も壬生浪士組と会津侯と共に勤王のために奉公したい」と言い切ったそう。
う~ん…それでもなぁ…
スパイかなんかだと思うのが普通だろうねぇ…
「名は荒木田左馬之助、御倉伊勢武、越後三郎、松井竜次郎」
「ぶっ…!」
あまりにもとってつけた名前です、と言わんばかりのネーミングセンスに思わず噴き出してしまった。
これが本名だったら、まさに江戸時代版キラキラネーム。
親はDQNですか?と是非聞いてみたい。
ぷぷ…と笑いを堪えた私を、二人は怪訝そうに一瞥しながら再び会話を進める。
「間者…じゃねぇのか?」
やはりそう思ったのであろう。
新八さんが声を潜めた。
「まぁ…大方そうだろうな。近藤さんもそれをわかってて入隊させたみてぇだ」
「…きっと考えあってのことだろうな」
近藤さんは聡い人だ。何か感じるものがあったのだろう。
そんなことを考えながら、歳さんの手前、カラになった盃に酒を足そうかどうか迷っていると、新八さんが片手にもっていた盃をクイッと豪快に傾け、スッと立ち上がった。
「んじゃ…ご挨拶変わりに手合わせでも頼んでくるか!わりぃ、由香ちゃん。また今度な!」
その顔は何か楽しいことを見付けた子供のようで。
私は「いってらっしゃい!」と笑顔で新八さんを送り出したのだった。
「…………」
「………ぁ」
私に向かって微笑を浮かべた鬼の副長が隣にいることも忘れて。
「…き、今日非番だったんですね、歳さん……」
「…あぁ」
「…………」
「…………」
…う。
なんだなんだ、この重苦しい雰囲気は。
ちらりと歳さんを見ると、何を考えているのかわからない顔をしている。
でも眉間に刻まれたシワを見る限り、もしかしなくても機嫌はよろしくないものだと思われる。
やっぱり昼間から酒を呑んでいたのが気にいらなかったのだろうか…
で、でも洗濯とか掃除とか!私ができるべきことはやってから酒呑み始めたんだから別に私、悪いことしてないよね!?ね!?
そんな風に自問自答していると、歳さんがちらりと私の方を見たことに気付く。
雷が落とされるのかと一瞬身構えたが、いつまでたっても怒声は聞こえてこない。
「と、歳さん…?」
恐る恐る声をかけると、さっきまでの怒りオーラはどこへやら。
男はバツが悪そうにチッと舌打ちすると、ぷいと視線を逸らしてしまった。
心なしか少し顔が…
「…新八と呑むのは楽しいか」
「へ…?」
…ちょっと待て。
この男、今なんつった?
新八と呑むのは楽しいかって言った?
純愛だの恋愛だの恋事に疎い私でもさすがに何を言いたいかわかる。
あ、あっちに関してはマスターですけどね、はい。
「……歳さん。もしかして妬いてます?」
「なっ…////!!この俺が妬くわけねぇだろうが////!!」
あぁ…やっぱり。
私が言った一言に顔を真っ赤にしながら全力で否定する鬼の副長ならずピュアな副長。
その顔を見て妬いてないと思う人は誰もいないと思う。
「へぇ~…ふ~ん…?妬いてないんですかぁ…?だったら今から左之さんのところ行って一緒に呑んでこようかなぁ?」
「!!」
「あ、はじめくんでもいいかなぁ。カッコイイもんなぁ、はじ「てめぇ、ここで啼かされてぇのかコラ」
「ふんまへん、ひょうひほりふぎまひは」
うん、調子乗りすぎました。
気付いた時には男は鬼の副長の顔に逆戻り。
すべてを言い終える間もなく、私の頬はその鬼の副長の片手で思い切りつかまれた次第であります。
その後。
てっきりそのままラウンド突入かと思いきや、男は照れを隠したまま「手合わせを見てくるか。てめぇも来い」と部屋を引きずり出されたのだった。




