第二十二話 起爆剤は誰だ?
「俺みてぇってどんな風だ?」
振り返った先にはやはりお約束の歳さんが立っていて。
腕を組みながら私達を見下ろしたその姿は若干虫の居所が悪いようにも見える。
さぁ私よ…
この場をどう切り抜けるか…
「未来では歳三さんのような人のことやりちん?でしたっけ。そう言うんだそうですよ」
「ちょ、総司くん…!」
あわわ…!!
なに?なんなの総司くん!!
キミは修羅だけじゃなく、無垢の仮面をも被ってるの!?
「え?」と首を傾げ、私に笑いかける総司くんの笑顔が悪魔に見えた。
「やりちん?なんだぁ?そりゃ…」
「いや、あのですね、」
なんて言っていいかわからず、思わずへらりと笑ってみる。
けど私の笑顔は引き攣ってるに違いない。
ヤリチンの説明…そんなのしたことねぇし。
ましてや噂の張本人に丁寧に説明できるほど、私も脳天気ではない。
なんて言おうか口ごもっていると、歳さんは眉間にしわを寄せ、短くため息をついた。
「あ~いい、いい。おめぇのその表情見りゃあ、いいことじゃねぇことくれぇ察しがつく」
そう言って歳さんはポンと私の頭に手を乗せた。
が、いつもより力がこもってるのは気のせいだろうか。
「いや…、別に悪いことでもないんですよ」
いや、悪いことか。
フォローとして思わず口にした言葉に心の中で突っ込みを入れる。
まぁ、歳さんがヤリチンなら私もヤリ…
おっと!思わず口に出そうになったその言葉。
さすがに下品な例えだからぐっととどまった。
うん、自分で認めちゃったらそれはそれで少し悲しい気がする。
あぁ…私ってダメな子だなぁ……
歳さんのことヤリチンとか言えないわ、とつくづく思うのだった。
「そもそも…おめぇら二人、こんな時間にここで何やってんだ?」
「いや…なんだか眠れ…」
「ふふ、逢引きです」
「「は!?」」
な…!
なにをこの子はご冗談を…!!
あまりの不意打ちに、歳さんと綺麗にハモっちまったじゃねーか!
驚いて総司くんを振り返ると、あの悪魔のような笑顔から、今度は無邪気な悪戯っ子のような顔でクスクスと笑っていた。
「…あはは!…歳三さんっ、眉間のシワと殺気がすごいですよ?」
「え?」
「な…!んなことねぇよ/////!」
今度は歳さんの方を振り返ると、確かに眉間にシワは刻まれていたが、殺気…というよりか、若干顔が赤いような……
「クスッ、ご心配なさらずとも冗談なので。さぁ、邪魔者はおいとましますか」
総司くんはそう言うと「よっ…」と立ち上がり、私と歳さんを見てニッコリと笑った。
「明日…いや、もう今日か。声がかかれば出陣なんですから、あまりご無理をなさらずに」
「ご無理って…」
「じゃあおやすみなさい」
去り際…
歳さんの耳元で何かをそっと呟き「うるせぇっ////!!」と真っ赤な顔で反応したのを心底面白そうに笑い飛ばすと、総司くんは部屋へと戻っていったのだった。
「……総司くん、何て言ったんですか?」
「おめぇは知らなくていい////」
「なにそれ…つか顔真っ赤ですよ」
「うるせぇっ////!!真っ赤なわけねぇだろうが////!!」
「歳さん…声でかいよ……」
私がクスッと笑えば、歳さんはバツが悪そうにチッ…と舌打ちして、私の隣に腰を下ろした。
ううむ…
なんだか意識してしまうのは私だけなんだろうか……
*
「歳三さんがグズグズしてるなら、僕が由香さんをいただいちゃおうかなぁ?」
総司の奴…
あんなこと言いやがって…!!
…俺が蓋をしたはずの気持ちにあいつは気付いてやがる。
だが…面白おかしくからかったあいつの冗談にこんなにもムキになって反応しちまうなんざぁ…
俺の蓋ははずれかかってんのかもしれねぇな…
隣にいる…
俺の心を惑わす張本人を盗み見れば、呑気に鼻唄なんぞ口ずさみながら星空を眺めてやがる。
もしかして由香も俺と同じ気持ちなんじゃ…と薄々思ってはいたが、それは俺の自惚れだったのだろうか?
「……歳さん…私の顔、なんかついてます?」
「!!」
気付けば、由香とガッチリ視線が交わっていた。
「っ…!!ま、だ、寝ねぇのかよ?」
ちっ…、俺としたことが、女にこんなにも動揺するなんて…
「う~ん…そろそろ部屋に戻ろうかな……でも眠くないんですよ」
「朝…早ぇんじゃねぇのか」
「別に…これと言って予定ないし。あ、皆の羽織を洗濯するぐらいかな」
「…そうか」
「歳さんは?まだ寝ないんですか?」
「…なんだか目が冴えちまってな……眠れねぇんだよ」
「あ…そう、なんですか……じゃあ……」
「…あ?」
「…部屋で愛でも語り合っちゃいますか?あはは」
*
二人きりのその空間がなんだか気まずくて…
そう、私はただその気まずい雰囲気を吹っ飛ばしたくて軽く冗談を飛ばしたつもりだったのに。
「………」
「………」
一変して私と歳さんの間の空気に緊張が走ったのを肌で感じた。
「…あ、や、えぇと…歳さ……」
「由香」
歳さんの真っすぐな声に、冗談ですよという言葉は喉の奥にスッと引っ込んだ。
熱を持った視線に胸の高鳴りがどんどん激しくなっていくのがわかる。
やばい…
私だって馬鹿じゃない。この男の熱を持った視線が何を言いたいのかくらいわかるつもりだ。
けれどこのまま身を任せれば私はきっと歳さんに……
きっと歳さんに溺れていく。
若干の戸惑いを見せた私の心を見透かしたように、歳さんは交わった視線をプイと逸らす。そしてそのままスッと立ち上がり私に背中を見せた。
「来い」
「歳さん」
「…わりィ」
それはなんのための謝罪なのか。私に伝わることなく、歳さんは部屋に向かって歩きだす。
そこで…
追い掛けるか否か。
ほんの少し…
ほんの少しだけど迷った私は、スッと立ち上がり彼の背中を追ったのだった。




