第二話 驚愕の事実と現実
「さぁ、これが最後だ。もう一度だけ聞く。お前は何者だ?」
「だから……何度も言ってるじゃないですか……私は普通の女子大生で、さっきトラックにはねられて、気付いたらここにいたって……」
「さっきからわけのわからねぇことばっかり言いやがって……気でもふれてんのか?…だがお前のその珍妙な格好……ただ者じゃないことだけは確かだろうが!」
「ただ者じゃないって…普通のワンピじゃん……」
「あ?わんぴ…?」
お屋敷の中に入り、ある部屋に通された私は上座に座る3人の男の前に座らされた。
真ん中に座る男は先程"芹沢"と呼ばれていた男。
どかっと胡座をかき、鉄扇を開いたり閉じたりしながら私を見据えている。
"芹沢"の右側にはスラッとした品の良さそうな男。
また、"芹沢"の左側には厳つい顔をした男。
凛とした視線でふむふむと相槌をうっている。
そして…私の隣に立ち、見下しながら尋問のような問い掛けをしてくる歳三と呼ばれた男。
総司と呼ばれた男は襖のすぐそばに立っている。
そのほか数人の男達がこの事態を静かに見守っていた。
「いいか?女だからってこちとら容赦はしねぇ。素直に吐いたほうがてめぇのためだぞ。それにこのからくりの数々はなんだ!!」
「あ、ちょっと…!!」
私の制止する手もむなしく、"歳三"はいつの間にか取り上げた私のバックの中身を目の前にぶちまけた。
ケータイをはじめ、化粧ポーチや常備薬、財布などが散らばる。
「ひどい…」
なんでこんなこと……
素直に…って、私さっきから素直に本当のこと言ってるのに……
どうしたら信じてくれるんだろう……
チラリと"歳三"を見上げる。
相変わらず私には鋭い視線が向けられていたわけで…
私の視線とその鋭い視線が交わった。
「なんだぁ?吐く気になったかぁ?」
酷い江戸訛りを乱暴に扱いながら私に食いついてくる"歳三"。
……こんなときにこんなこと思う私は、本当に救いようのない馬鹿なのかもしれないけど………こいつ、かなりのイケメンだわ////
「…なんだぁ?今度は赤い顔しやがって……」
「いや、してないし////」
て、照れてなんかいないんだからねッ!!
なんて、若干ツンデレなことを考えつつ、私は徐々に痺れてきた足先を後ろ手にそっと摩った。
「おい、トシよぅ…このお嬢さんは間者の類ではないんじゃないか?」
「…だが、近藤さん」
なかなか進まない私と"歳三"のやり取りにしびれを切らしたのだろう。"近藤"と呼ばれた"芹沢"の左側の男が口を開く。
「お嬢さん。ここは会津藩お預かり壬生浪士組の屯所だ。それをわかっててここに来たのか?」
……は?
あいづはんおあずかりみぶ…
この人、何言ってんの?
ええと、みぶろうしぐみ…?んん~…何度考えても聞いたことがない。
……そもそもあいづはんってなんだ?
「あ、の…あいづはんってなんですか……?」
「会津藩を知らない…?このご時勢で…?」
……まずい。
私の言葉に"近藤"が思いきり眉をひそめてる。
まずいこと聞いたかもしれない……
な、なにかフォローを…なんて焦っていると、"芹沢"が鉄扇をビッと私に向けた。
「とりあえず娘!!お前、名はなんという!」
「あ…の、野村…由香…です……」
こいつの視線は殺気が含まれ過ぎてて心臓に悪い。物事すべてを高圧的にまとめるような…こいつはそんなタイプなんだろう。
途切れ途切れになりながらも掠れた声を振り絞った。
「ほう…苗字もあるとは。…よし!!お前は今日からここで働け!幸い女中が欲しかったところだ」
は?
ええと、ちょ…このオッサン、何言って…
「芹沢さん!こんな素性の知れねぇ女を屯所に迎え入れることなんてできねぇ!」
私の心を代弁するかのように、"歳三"が"芹沢"に向かって吠えた。
私だって二つ返事でどこかわからない場所で働くほど馬鹿じゃない。
「いいではないか。それともなにか?土方大先生とあろうお人が女に寝首をかかれるのでは、と怯えてらっしゃるのかな?」
「ッ…!!」
…あれ?この二人、仲があまり良くないんだろうか……
まわりの人をそっと見渡してみると、"芹沢"のようにニヤニヤ笑ってる人もいれば、"歳三"のように眉をひそめている人もいる。
……派閥でもあるのか。
まぁ、私には知ったこっちゃないけど。
未知の空間に動揺している間の中で、冷静にこの壬生浪士組を見ている私がどこかにいた。
「よし、決まりだな!!」
誰にも文句は言わせないという感じで、"芹沢"は鉄扇で膝をパシンッと叩いた。
「由香!俺は壬生浪士組局長の芹沢鴨だ!!」
「同じく局長の新見錦と申します」
「同じく局長の近藤勇だ。野村くん、そういうことだ。よろしく頼む」
「あ…よろしくです……」
上座の三人は局長。もしかしなくてもこの壬生浪士組の中で一番偉い立場の人達だろう。
そんな人達によろしくと言われ、基本、長いものには巻かれろタイプの私は流れの勢いに抗えず、つい頭を下げてしまった。
いやいや、下げちゃダメだろ私。と思うもののもう遅い。
「チッ…」
頭上で"歳三"の舌打ちが降ってきた。
そんなあからさまに不機嫌にならなくていいじゃないか。短気は損気だよ、なんて言えるはずもなく、私は目の前に佇むその男を見上げ、当たり障りなくヘラリと笑っておきました、はい。
こうして…あれよあれよと私は壬生浪士組で働くことになったんだけど……
これだけはきちんと聞いておかなくちゃならない。さっきから胸の中で沸き起こっている疑惑を。
「あの…一つだけ聞いていいですか?」
「なんだ」
「……今の年号は…いったい今は何年の何月なんですか?」
「おめぇ…そんなのも知らねぇのか…?まぁいい。今は文久3年の4月だ」
疑惑が確信に変わった瞬間だった。
身体は瞬時に固まり、くらりと目眩がした。
はい、きた。
…私、もしかして……
タイムスリップってやつ…しちゃった、の?
嘘だ。嘘だ、まさか。
…まさか、そんなことあるわけない。そんなことできるわけがない。
でも…もしトラックに轢かれた衝撃で時空の間に飛ばされた…とかだったら。
そしたら突然目の前からあの雑踏が、あの騒がしい光景が消えたのも納得がいく。
……いやいや!
そんなことあるか!あっていいはずがない。
これが本当だったら、私は人間国宝もんだ。
…んじゃいったいこれは何?
この人達は誰?
私はどうしたの…?
「…ぃ…!おいっ!」
「え?あ、す、みません…」
「どうしたんだ?急に黙りこくりやがって」
「えぇと……」
冷静に、冷静に考えろ私。
タイムスリップなんかできっこない。できっこないけど、もしこれがタイムスリップだとしたら目の前の光景も目の前の男たちも、すべてがイコールで繋がる。
…どうしよう。
ここは未来から来たかもしれないことを伝えるべきか否か……
でも…黙っている必要もない。私がこの時代の、この世界の人間でないのは事実なのだから。
私はゴクリと唾をのむと、斬られるのを覚悟で口を開いた。
「あの…一つだけいいですか?」
「おう」
「…私、きっと未来から来ました。この時代のうんとあとの未来から」
「………」
ざわつきはじめた部屋の中が再びシーンと静まり返り、その場にいたほぼ全員の視線が痛いほど私に突き刺さる。
…よ、予想以上のナイスリアクション……
「おま…」
「ふっ…あはははは!」
"歳三"の驚愕した声を遮り、底抜けに明るい笑い声を発したのは、今まで黙って見ていた"総司"だった。
「か、格好だけでなく、言うことも珍妙なお嬢さんだ!!」
「珍妙……」
「いや、でも由香さんが未来から来たっていうのは案外本当かもしれないですねぇ…」
「総司、どういうことだ?」
"歳三"が眉をひそめる。
「だって…このからくりの数々……由香さんが未来から来たっていうのが本当なら全部納得がいくでしょう?」
そう言って"総司"が笑顔で手にしていたのは、いつでも泊まれるように、とバックに入れておいたブラとパンツの替えだった。
ちょ…/////こんなときに羞恥プレイですか////まじ勘弁して下さい…////
「あ、あの…////それ、それしまって、ねぇ…////」
「他にもいっぱい面白いものありますねぇ…ん…?これはなんです?」
次に"総司"が手にしたのはケータイだ。
「あ…それはケータイと言って……」
「けぇたい?」
その後も私は自分の持ち物をすべて壬生浪士組の皆に説明したのであった。
…もちろんブラとパンツ、生理用品は説明をはぶいたが、勘がいいらしい"総司"は顔を真っ赤にして「すみませんでした…////」と謝ってきた。
なにこのかわいさ。
萌えフラグが立っちゃうでしょうが。
*
すべての持ち物を説明し終わる頃には、どうやら私が未来から来たということが信じてもらえはじめていた。
それに私はやっぱりタイムスリップしてきちゃったんだって妙に納得してきていた。どこにいるのかもわからないよりも、ちょっとでも状況を掴みたかったのかもしれない。
「…不思議なこともあるものだ」
首を傾げながら、私のバックに入っていた鏡にそう言葉をもらした近藤さん。本当に。まったく、まったく同感ですよ!
「はっはっはっ!!!ますます気に入ったぞ!!なぁ、新見!!」
「おっしゃる通りです」
芹沢さんは新見さんの肩をバシバシ叩きながら大声で笑っている。
…本当、威勢のいいオッサンって感じだなぁ。
そんなことを考えてると、「あ、由香さん」と、"総司"がふと思い出したように私に向かって口を開いた。
私も首を傾げながら"総司"に視線を移す。
「僕の名前は沖田総司です。どうぞよろしく」
「え、あ、よろしくお願いします」
「クスッ。敬語はいいですよ。きっと同じ歳くらいでしょう?」
「あ、私、22歳です」
「やっぱり。僕も22歳」
なんと!同い年とは。絶対に年下だと思っていたのに。こんなかわいらしい顔してたんじゃ、彼にとっては年齢なんて意味を持たないと心から思った。
「俺は永倉新八だ!よろしくな!」
「原田左之助。よろしく。」
この二人は中々いい歳かな。25、6ってとこだろうか。ある程度男の"味"が出ているもの。
「おれは藤堂平助!!20歳!平助って呼んでくれよな!!」
おお!懐かしのハタチ。童顔の彼は水なんて弾きまくりなんだろうな、ピッチピチに。羨ましい限りだわ。
そして…ボソリとぶっきらぼうな声が頭上から降ってきた。
「…土方歳三だ」
「もう、歳三さんてば!愛想って言葉を知らないんですか?」
「うるせぇ」
「すみません由香さん。歳三さん、悪気があるわけじゃないんです。人よりちょっとだけ恥ずかしがりやなんですよ」
「ああ!?誰が恥ずかしがりやだって!?」
そう、総司くんに食ってかかった歳三さんは大人の色気むんむんだ。きっとアラサーだろう。うん。正直好きな類いではある。なんて。
先程まであれほど殺気を放っていた皆だったが、こうして話してみると皆いい人そうだ。
この他にも山南さん、井上さん、野口さん、平山さん、平間さんという人達とも挨拶を交わした。
「そういえば野村くんは…」
突然近藤さんが口を開き、私を見据えた。
「この日の本の行く末は……どうなるかご存知か」
近藤さんの一言に、皆の私に向ける眼差しが真剣になったのがわかった。
日本の行く末…?
近藤さんは何を知りたいんだろう…
「…あの」
「いい」
口を開きかけたと同時に歳三が、あ、歳三さんがそれを遮るかのように手を出して制した。その強い凛とした瞳に思わず目を奪われた。
「んなこと聞いたってつまんねぇだろうよ。担っていくのは俺達に決まってんだからよ」
「トシ……ふ…そりゃあそうだ!!俺としたことが余計なことを聞いてしまったな!野村くん、すまなかった!」
近藤さんはそう言って人懐こい笑顔でひとしきり笑うと、「総司、部屋を用意してやれ。」と言って席を立ったのだった。
文久3年3月に上洛してすぐ。まだ壬生浪士組の頃のお話。
この時期にすでに芹沢、新見、近藤が局長だったかは定かではありません。
年齢も確実ではありません。
今回は十三人発足説を採用しました。
この直後に斎藤一、林信太郎らが入隊します。