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第十九話 二人の京浪士


「ふぁ~あ…」


皆が一世一代の御所の警備に出掛けたあと。

私だけ寝るのは申し訳ないと思ってしばらく起きていたが、なんせテレビもねぇ、ラジオもねぇ、自動車もそれほど走ってねぇ。なんて歌あったよなぁ…

あ、この時代は自動車もないじゃん。

じゃなくて。


やはり睡魔には勝てず、気付いた時には太陽が真上からジリジリと照り付け、蝉が鳴く真昼間だった。


「お腹空いたな…なんかあるかな……」


あくびをしながら勝手場へと向かって歩いていると…


「由香さん」


フワリとした聞き覚えのある声が背中を追いかけてきた。

この声は…


「楠、くん?」

「こんにちは」


振り返るとそこにはやはり、優しい笑顔を浮かべた楠くんの姿があった。

楠くんてば、おかゆみたいな存在だなぁ…

胃に優しいというか、なんか優しいよ、うん。

お腹が空いているからだろう。

馬鹿みたいなこと心の中で思ってみる私。


「あれ?そういえば楠くんは御所の警備に行かないの?」

「はい。皆で行ってしまったら屯所ががら空きになってしまいますから。数人は待機組として残ったんです」

「あ…そっか…」


そうだよね…

こんな不安定なご時勢。

そして京に敵の多い壬生浪士組。

屯所をがら空きなんかにしてしまったらそれこそ何があるかわからな……


ググゥ~…


「/////!!」


真面目な話をしてる最中なのに、私のお腹がでかい鳴き声をあげた。


うわ////!!く、楠くんにも聞こえちゃった…かな?


慌ててお腹をおさえながらちらりと楠くんを見上げると、また彼独特のフワリとした笑顔をみせた。


「由香さん。昼餉の残りのご飯が勝手場にありますから、握り飯を握ってきましょうか」


や、やはり聞こえてらした…////


「う、ううん////自分で握ってくる…////」


羞恥に耐え切れず、間抜けな笑顔をへらりと見せた時…


「おい、楠!お前に客が来てるぞ!!」


門番をしていたのであろう、一人の平隊士が声をかけてきた。


「客…?僕に…ですか?」


不思議そうに隊士に尋ねる楠くん。


…そういえば楠くんは両親に先立たれ、京浪士とは言っても身寄りが全然ないんだと言っていた。

友人もろくにいないから、壬生浪士組に入ることになんの躊躇いもなかったと。

だから誰かが面会に来たことに素直に驚いたのだろう。


「広戸孝助と言う京浪士だそうだが…知らぬなら断るぞ」

「広戸…!」


ひろとこうすけ、と言う名前を聞いた瞬間。

楠くんの身体が一瞬だけど強張った気がした。

どう…したのかな?

久しぶりに会う友達…とか?


「し、知っています。今、門のところに?」

「あぁ。外で待たせてある」

「わかりました。ありがとうございます」


楠くんは門番に深々と頭を下げると、くるりと私の方を向きなおした。


「すみません、由香さん。そういうことなので申し訳ないですが失礼します」

「あ…ううん!いってらっしゃい!」


そう言って再びペコリと頭を下げた楠くんは、タタタ…と門へと向かって小走りに走りだした。


…うん。

瞳が……

瞳が揺れていた。


きっと"ひろと"という人は楠くんにとって普通の友人や知り合いではないんだろう。

もっと深い……


……

………

…………


まさか…ゲイ?

あはは、んなばかな。


女独特の妄想というか、想像力が掻き立てられる。


でも…

この時代ではゲイ…衆道って言うんだっけ。

衆道は結構いるみたいで、この壬生浪士組の中でも数人いるらしい…と、少し前に近藤さんが頭を抱えていたっけ。

楠くんに限ってそんな…

あんな綺麗でかわいい楠くん……


……

………

…………


うん。ありえる。

……二人はまだ門のところにいるだろうか。

相手の人を少し見るだけでもいいよね。


私は半ば家政婦は見た!気分で、先程楠くんが駆けて行った方に足を向けたのだった。





ピョコリと門から顔を覗かせる。

キョロキョロと辺りを見回すと、左の奥の角を曲がる二人の姿がチラリと見えた。


ちきしょう!遅かったか!

…でも…相手の顔見たい……

…よし!散歩でも装ってちょろっと顔を見に行こう!

何が私をそうさせるのか。

きっと退屈な日常がそうさせるのサ!!

探偵気取りで私は静かに門を飛び出した。



***



自分なりに気配を消しながらそろりそろりと二人のあとを追い掛ける。

"ひろと"という人はスラリとした長身で…

紫色の羽織に薄い藤色の着流し。

チラリと見えた横顔は楠くんに負けないくらい綺麗で…

そこら辺の女なんか敵わないくらいだ。

…あれ?

そこら辺の女の中に私も入ってるのか?

とにかく、ますます怪しいぜ。

これから二人で出会い茶屋に行っちゃうのかな…?

うふふ!なーんちゃって/////!!きゃー////!お姉さん、ますますドキドキ!!


掻き立てられる妄想にニヤニヤしていたら、二人がスッと横道に入っていってしまった。


「あ…!やべ!!」


私は二人を見失わないように、慌てて後を追って横道に入ったのだけれど……


――ドシン!!


「ぶっ!!」


曲がった瞬間、何かが私の前に立ちはだかり、思いっきり顔面をぶつけてしまった。


「たたた…」


元々高くない鼻がますます低くなっちゃう!!

ツーンとくる痛みに耐え、鼻をおさえながら上を向くと……


「ッ…!!!」

「由香さん!?」

「やぁ、お嬢さん。何か用かな?」


そこにはそれはそれは御約束。驚いた顔の楠くんと…

ぞくりとするような綺麗な笑みを浮かべた"ひろと"という人が立っていたのだった。


「こ、こんなところでどうしたんですか!?勝手場に行ったはずじゃあ…!」

「あ…や、ちょ、ちょっと買い出しに……」


適当に言い訳してみるも、尾行していたのがバレバレだったようで、"ひろと"さんはにこりと私に笑みを浮かべた。


「フフ…もう少し気配を消す練習をした方がいいようですね」

「あ…ははは……」


こんな時はもう笑うしかない。

笑え、笑うんだ私!!


「申し遅れました。広戸孝助と申します。貴女は近藤局長の遠縁にあたる方だそうですね。どうも、いつも楠がお世話になっています」


そんな私に広戸さんは深々と頭を下げた。


「あ、いえ!お世話になってるのは私の方で…!!」


慌てて私もお辞儀を返す。

こんなとき、日本人だなぁと痛感するよ、うん。


「あの…広戸さんは楠くんとは……ご友人、なんですか?」

「友人というか……まぁ、昔からの知り合いなんですよ」


私の問い掛けに少し言葉を濁した広戸さん。


「もしかしたら…貴女が思っているような間柄かもしれませんね」

「えっ!?ええぇ////!?」


広戸さんは私が思っていることがわかったようで、悪戯っ子のようににこりと微笑んだ。


「え!?じゃ、じゃあ何////!?二人はやっぱり衆―…!!」


動揺したせいか、そこまで口をついてしまい、慌てて両手で塞ぐも時すでに遅し。

楠くんも私が言おうとしたことを瞬時に悟ったらしく、「僕にはそんな"け"はありませんからっ/////!!」と言って茹蛸のように真っ赤になってしまうし、広戸さんは心底おかしそうに声を殺して笑っている。

お!なんという綺麗なイケメンスマイル!


「もう由香さんってば、勘違いしないでくださいね////!」

「あはは、ごめんごめん!」


いや、楠くんと広戸さんのような綺麗な二人の男がいたら、現代の腐女子は間違いなく勘違いすると思うよ。

というかむしろ勘違いしたいと思うって。


「桂さんも!誤解されるようなことは言わないでくださいね!」


ん…?

"かつら"さん?

今、楠くん、広戸さんに向かって"かつら"さんって言ったような…


「…楠、桂さんて誰だい?」


それまで笑っていた広戸さんの瞳の奥が、一瞬冷たいものに変わった気がした。


「あ…!!す…すみません!!つ、つい仲の良い隊士の名と間違えてしまい…!!」


慌てて弁解の言葉を口にした楠くんだったが、それは広戸さんでなく私に向けられているような気がして…


「ふふ…楠は相変わらずおっちょこちょいだね。案外、その桂って隊士の方と本当に深い仲だったりして…」

「////!!」

「そ、そうなの、楠くん////!!」


雰囲気からして…

広戸さんのそれは冗談だろうと思ったけど、なんだか話題を変えた方がいいと思って…

私は大袈裟に楠くんに問い掛けたのであった。



***



「あ、じゃあ私はそろそろ…」


しばらく三人で笑い合っていたが、二人だけの話もあるだろうと思い、私は屯所に戻ることにした。


「由香さん。楠はまだまだ半人前だけど、これからもよろしく頼みます」

「もちろんです!広戸さんもまた屯所に遊びに来てくださいね!今度はゆっくりお茶でも飲みましょう!」


広戸さん、綺麗なイケメンだもの。

今度ゆっくりお話したいぜ!なんて思う私は心底節制がないと実感する。

あぁ…

今朝は歳さんラブだったのに。

なんだかごめんなさい。


私の社交辞令ともとれる、下心ありの言葉にニコリと笑った広戸さんと楠くん。

二人に別れを告げ、私は内心、楽しみができたなぁ、なんてルンルン気分で屯所へと引き返したのであった。








この時からだいぶ先に…


この男と今度は京浪士、広戸孝助ではなく…


長州藩士、桂小五郎として再会することなど知らずに。



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