第十八話 野郎共の出陣
「…ん………」
東の空が徐々に明るみを増してきた頃…
屯所の中が慌ただしく動く気配で目が覚めた。
どうしたんだろ…
なんかあったのかな…
季節は夏と言っても明朝はまだまだ肌寒い。
私は寝間着に羽織をひっかけ、そっと自分の部屋から人の気配がする方へと歩きだした。
突き当たりの廊下を曲がったところで中庭に面した縁側に出る。
ガヤガヤとした声が聞こえることからどうやら皆、中庭に集まっているようだ。
つーか…
私、寝間着じゃん……
さすがにこの格好で皆の前に出るのは…
その場に立ち止まりどうしようか考えていると、私の背後の廊下がギシリギシリと軋む音が聞こえてきた。
あ…やべ…
誰か来る……
と、思ったときにはすでに遅し。
振り返った私の視線の先には、真っ赤な顔で口をパクパクさせている、隊服に身を包んだはじめくんの姿があったのだった。
「あ…あんたはそんな格好でここで何を…////!!」
女の子に免疫があまりないのであろうはじめくんは、私の寝間着姿に唖然としているようだった。
どこを見ていいのかわからないようで、視線は宙をさ迷っている。
たかが寝間着姿なのに……
もう、カワイイんだから!
お姉さん、そんなはじめくんにムラムラしちゃうよ!
「あ…いや、こんなに朝早くから人の気配がしたからどうしたのかと思って……」
「い、まから出陣で…////そ、それより早く自分の部屋に戻れ////!そんな格好をしてフラフラしていると、副長に怒られるぞ////!!」
「は?なんで歳さん?…てか出陣ってなに?どういうこと?」
出陣って、要は戦いに行くってことだよね?
夕べの時点で何も聞かされてないし、一体何が…
はじめくんに詳しく聞こうとするも、真っ赤な顔をして背を向けてしまって取り合ってくれない。
「はじめくんってば!!」
「何してんだおめぇは」
はじめくんの隊服の裾を引っ張っていると、中庭側の廊下からぶっきらぼうなあの声が聞こえてきた。
「歳さん!出陣ってどういう…」
そこまで口にして、私は思わず息を飲んだ。
浅葱色の隊服に身を包み、鉢金を額に巻いた歳さんの姿がとても凛々しく…
そしてとてもかっこよかったから。
隊服姿の歳さんを見たのは今日が初めてではない。
初めてではないのに…
な、なんだ?この胸の高鳴り……
目が離せない…
そこらの俳優より全然イケメンじゃねぇか…
「なんだぁ?口開けた間抜け面しやがって」
「////!!口なんか開いてないもん////!!それより歳さん!出陣ってどういうことですか!?」
不敵の笑みに一瞬怯んだが、なんとか食い下がる。
だって、出陣って…
戦いに……
私、そんな話聞いてなかったもん!
「ちっと野暮用でな。出陣なんてたいそれたもんじゃねぇ。御所の警備だ」
「警備…」
…のわりに、ちらりと中庭にいる隊士たちの様子を見てみると、気分が高揚しているようだった。
じっとトシさんの目を見つめる。
「…んだよ」
「…なんでもない、です」
視線を真っ直ぐに返してくる歳さん。
どうやら嘘ではないようだ。
「つうか、男だらけの屯所でそんな格好してんじゃねぇよ。もうすぐ御所へ向かう。その前におめぇにやってもらいてぇことがあるから、急いで着替えてこい」
「やってもらいたいこと?」
首を傾げた私に歳さんは軽く首を縦に振ると、「早くしろよ」と言って今だ真っ赤な顔をしたはじめくんと共に中庭に行ってしまった。
やってもらいたいことってなんだろう?
頭に疑問が浮かんだが、早くしないと皆が出かけてしまうと思い、私は急いで踵を返したのであった。
*
急いで着替えを終え中庭に行くと、皆はすでに屯所の門へとゾロゾロ移動を始めていた。
警備、という名目のわりには半数が槍を片手に。
そして隊服姿に鉢金というビシッとキメた姿だ。
もしかしたら何かが大きく動くのかもしれないな…
そんなことが容易に想像できたほど、いつもの壬生浪士組の雰囲気とは違っていた。
まわりを見渡すと、あの芹沢さんでさえ凛とした佇まいを見せている。
とりあえず…歳さんは……
隊士たちの間をすり抜けて行くと、最前列、緊張した面持ちの近藤さんの隣にその姿を見付けた。
やばい…
遠巻きに見てもカッコイイじゃないか…/////
まわりの隊士たちはより一際異彩を放っている、なんて、これじゃ本当、好きみたいじゃん…////
「おぅ。来たか」
そんな私の心中を知ってか知らずか、当の色男は私の姿を見つけると片手を軽くあげた。
小走りで近くまで行くと、近藤さんの他に総司くんも側で笑みを浮かべているのがわかる。
「総司くん!おはよう!」
「おはようございます。こんな朝早くに、見送りありがとうございます」
律儀にお辞儀をする総司くん。
なんだかその姿が微笑ましくて、つい笑みが零れた。
「わりぃな。じゃあさっそくこいつを頼む」
そして歳さんから渡されたのは手の平サイズの二つの石。
「えっと…頼むって……」
「切り火だ。知らねぇか?こうやって二つの石をな…」
こうやって擦り合わせんだよ、と言いながら石同士をぶつける仕草をする歳さん。
「あ…もしかして縁起かつぎですか?」
テレビで、昔の人は縁起かつぎのために出かけ間際、背中で石をカチッカチッとやってもらっていた、というのを見たことがあったかもしれない。
日本の昔からの伝統なんだと。
「あぁ。景気付けに頼む」
歳さんがこんな縁起かつぎをするなんて。
正直驚いた。
でも…それだけ今日は壬生浪士組にとって大事な警備なんだろうなということがよくわかった。
「じゃあ…」
背を向けた歳さん、近藤さん、総司くんに向かってこんな感じだったっけ…とうろ覚えな記憶を頼りながら二つの石をカチッカチッと擦り合わせる。
まぁ、初心者の私がうまく切り火を出すことなんてできるはずもなく…
「ご、ごめんなさい…うまく切り火が……」
焦る私に歳さんはフッと笑いかけ、その大きな手がフワリと頭の上に置かれた。
「縁起かつぎにゃあ充分だ。ありがとよ」
「////!!」
私に向けられた歳さんのその笑顔が本当に本当にかっこよくて、優しくて。
思い起こせばこの瞬間に私は歳さんに完璧惚れたのだと思う。
「やだなぁ。出陣前に見せ付けないでくださいよ」
「そうだぞトシ」
「ばっ…/////!そんなんじゃねぇよ////!!」
「そ、そうだよ////!!もう、二人とも////!!」
でも正直…
二人の冷やかしの言葉が恥ずかしくもあり、嬉しかったなんてことは内緒だ。
「ったく…行くぞ!!」
歳さんのその一言で、たくさんの浅葱色の羽織が一斉に風に舞う。
…どうか皆、怪我のないように。
男達の背中を見送るその列の中。
赤地に"誠"という一文字を白く染め抜いた隊旗が、高く風になびいていた。