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第十七話 いつから違った俺達の道



大和屋の焼討は結局夜通し行われ、すべてが終わったのは次の日の昼過ぎ―…


「帰ったぞ!酒だ!誰か酒を用意しろ!」


そう叫ぶ声と共に、幹部の皆が集まる広間にドシドシと足音が近付いてきた。


―スパン!!


「やぁやぁ皆さん!これはお揃いで!」


すでに外で酒を飲んできたのだろう。芹沢さんは陽気な声でそう言うと、ドカッと上座に腰を下ろした。

と同時に、平山さん、野口さん、平間さん達も酒を持ち広間に入ってきて腰を下ろす。

ワイワイと酒を酌み交わし始めた芹沢さん達に、近藤さん達は黙って冷ややかな視線を送った。


「……なんだ?」


勘がするどい芹沢さん。

何か文句あるのか?と言わんばかりのドスのきいた声で尋ねてきた。


あぁ…芹沢さんのあの顔…

あの眼……


その殺気を放つ鋭い眼に思わずゴクリと喉を鳴らす。

…これは一悶着あるかもしれない。


「芹沢先生…」

「近藤さん。ここは俺が」


呟くような声を出した近藤さんを制し、歳さんが口を開く。


「芹沢さん。あんた、今回の大和屋焼討はどういうつもりで…」

「ほう。副長の分際で局長の俺に意見とは。偉くなったもんだな、土方先生?」


嘲笑を浮かべ、盃を煽る芹沢さん。

だけど、彼の左手には外したはずの刀がしっかりと握られているのを見て、思わず眉間にシワを寄せる。

まさかこのオッサン、歳さんに気に入らないことを言われたらバッサリやるつもりじゃ…


そんな事を思っていると、私が座る列の上座からカチャリと刀の鯉口がきられる音が部屋に響き渡った。


…え?


その場にいた者すべての視線がそちらに注がれる。


「芹沢さん。人と話す時は刀から手を離した方がいい。もしあんたが刀を抜くようなことがあれば、俺は迷うことなくあんたを斬る」


殺気を含めた強い口調でそう言い放ったのは…


「……斎藤。餓鬼の分際でたいそれた口の聞き方だな」

「刀をしまえッ!やれ、抜く気かッ!!」

「生意気な糞餓鬼めッ!!」


芹沢門下の人達からは怒号が飛び、皆、一斉に刀に手をかけ立ち上がる。


「ちょっ…やめ…!!」


そう言った私の身体は瞬時にスラリとした背中に守られた。


「由香さん。下がっていて」


それは修羅の如く、ゾクリとするような殺気を纏った総司くんだった。

思わずその殺気に足がすくむ。


今にも斬り合いが起こりそうなほど張り詰めた雰囲気の中――…


「くっ…あっはっはっはっ!!!」


ドカッと腰を下ろしたまま、盃を煽り続けている芹沢さんの笑い声が響き渡った。


「……何がおかしい」

「くっ…いやぁ、皆さん血気盛んで結構結構!!だが……この俺を本気で斬れるとでも思っているのか?」


ッ……!!!


総司くんの背中越しから見えたその芹沢さんの眼は…

それだけで周囲を黙らせてしまうほどの恐ろしい殺気を放っていた。


きっと…

ここにいる皆が束になってかかっても、芹沢さんを斬ることはできない…

そう思わせるほどの強さと殺気を芹沢さんは持っている。

そしてそれはきっと真実だ。


「いや、近藤先生らに声をかけなかったのは悪かった。しかしなぁ、大和屋は罰を受ける相当のことをしておったのだよ」

「というと…?」

「まぁ座れ」


芹沢さんはフンと鼻で笑うと、再び盃を煽った。

芹沢さんらの話によると、事件を起こした全貌はこういうことだった。





少し前、尊王攘夷派の過激グループ、『天誅組』によって油問屋八幡屋の主人が殺害された。

理由は暴利を貪る奸商、ということらしかったのだけれど。

そして、その『天誅組』から殺害予告をうけた今回の大和屋の主人。

ならば殺される前に和解を…と思った主人は『天誅組』に一万両を献金したそうだ。

そこに目をつけたのが芹沢さん。

ならば壬生浪士組にも軍資金を…と申し出ると、それはあっさりと断られた。

まぁ、先頃一万両も払ってしまった大和屋だから、壬生浪士組へは払えない、というのは容易にわかることだが、そんなことは関係ないと怒りに火がつくのが芹沢さんだ。

大和屋が生糸を買い占め、値段を吊り上げ暴利を貪っているというのを理由に、今回の焼討を起こしたらしかった。

まぁ、結局芹沢さんはお金を貸してもらえなかったのが気に入らなかったんだろうけど。


こうしてたいそれた理由をあと付けされると、今回の焼討がまっとうなことに聞こえてしまうのだから不思議だ。


「ま、そういうわけだ。壬生浪士組が神にかわって天誅をくだしてやったのだ。誰も文句はあるまい」


そう言って芹沢さんは今だ殺気立つ眼で部屋を見渡すと、はっと嘲笑しながらため息をついた。


「興が削がれた。島原で呑み直すぞ!」


そして平山さんや平間さんらを連れて、立ち上がり部屋をあとにしたのだった。


スパン!と乱暴に襖が閉められ、張り詰めた空気が一気に解き放たれる。

思わずストンとその場に座り込み、震える両手を見つめた。


…あ、れが壬生浪士組局長の芹沢鴨の殺気……


今まで酒を呑んで暴れても、あそこまでの殺気を見せることはなかった。

そして…それは私の前に立っている総司くんにも言えること……


「大丈夫ですか?」

「あ…」


私の視線に気付いたのか、総司くんがくるりと振り向き、いつものあの優しい笑顔を見せた。


「だ、いじょうぶ…!」


慌てて笑顔を返した私だったが、そんな私の心中を見抜いていたのか、総司くんは少し悲しそうに「それならよかった」とまた笑った。


私が今まで知らなかっただけで…

これが日々命のやり取りをしている男達の本当の姿なのかもしれない。




***




それから数日のうち。


近藤さん、山南さん、総司、左之、そして俺の5人はやはり予想通り、ご立腹なのであろう会津侯から直々に守護職屋敷に呼び出されたのだった。


「…先日の大和屋の件……一歩間違えば大火を引き起こしかねない焼討が御所近辺で行われたということ……京都守護職である立場から重く捉えざるを得ない」

「はっ…」


容保公の言葉に一同平伏す。

…恐れていたことが現実のものとなっちまうかもしれねぇ……


ギリリと奥歯を噛み締めた。

俺の下げた頭の中に解散という文字が浮かぶ。


ちきしょう…

こんな所で俺の夢は終わっちまうのかよ……


「今回の大和屋の件だけではない。芹沢が市中を騒がせる出来事に、方々から苦情が談じ込まれている」

「………」

「…松平肥後守御預、壬生浪士組は何様だ…とな」

「………」


そこまで言うと容保公は徐に立ち上がり、スッと障子を開けた。

外から熱風が部屋の中に入り込む。

不快感に思わず眉をひそめた。


「………心痛であるぞ」


容保公が中庭を見ながらそう言った意味。

それをその場にいた俺達は瞬時に理解した。

根っから鬼になれねぇ近藤さんは、眉間にシワをよせたまま黙って容保公の言葉に耳を傾けていた。

ミーンミーンと蝉の鳴く声が耳に障る。


そしてやがて近藤さんは意を決したように……


「…しかと承り申し上げます」


そう言って今一度容保公に平伏したのであった。



***



守護職屋敷からの帰り道。

俺達はただただ無言で歩いた。


『………心痛であるぞ』


容保公が言ったあの言葉の意味。

そして近藤さんはそれを承ると返事をした。


壬生浪士組を守るには…

俺達の夢を守るには…

もうその道しか残ってねぇんだ。


「…近藤さんよ」

「なんだ、トシ」

「俺達はよ……こんなところで立ち止まってちゃいけねぇんだよ」

「………」


そう呟くように、己に言って聞かせたように発した言葉に近藤さんは返事をせず、澄んだ青空を見上げていた。


「近藤さん?」

「…トシよぅ……空は…空はこんなにも綺麗でよぅ…誰の上にもあるのになぁ……」

「………」


肌にまとわりつくような熱風が吹き付けた。


「…こんな手段しか残ってねぇなんてなぁ……残念だが仕方あるまい」


俺はこの時理解した。

近藤さんがそう言った意味が芹沢を殺る―…

その暗黙の了解だということを。




***



「総司。お前はどうだ?」

「僕ですか?う~ん…見込みは五分」

「ちっ…じゃあ駄目だ。お前を死なせるわけにはいかねぇ」


正直…

あの芹沢さんよりも腕が立つ奴ぁこっちにはいねぇ。

あの人は口だけじゃねぇ。

…強い。

その一言だ。


「なら…誰にもわからねぇようにやるしかねぇ」

「闇討ち…ですか?」

「………」


今回のことは失敗は許されねぇ。

そしてあの芹沢さんを殺るとなると、腕の立つ、相当の腹心だけでやらなきゃならねぇ。

となると…動ける奴はだいぶ限られてくる。

それも絶対に死なせちゃならねぇ奴らばかりだ。

そのためには闇討ちも仕方がねぇだろう。


「わかりました」


総司の溜息混じりの承諾ですべてが決まった。


「刺客は山南さん、左之、総司、そして俺だけだ。…芹沢一派を壬生浪士組から排除する」


そしてそれはその日が来るまで念入りに計画されることとなった。



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