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第十五話 その男、尽忠報国の志を持つ



「由香!邪魔するぞ!!」


昼食を食べ終え部屋で一人くつろいでいるところに、突然スパン!と襖が開いた。

このオッサンは…


「はぁ…芹沢さん。声もかけずに女の子の部屋を突然開けるなんて…」

「おぉ!由香も一応女だったな!!すまんすまん!!」

「ったく……私が着替え中だったらどうするんですか」

「それはそれで儲けもんだ!」


ははは!と豪快に笑い飛ばした芹沢さんはドカッと畳に腰を下ろした。


「どうしたんです?」

「たまにはお前と二人で飲もうと思ってな!」


芹沢さんは一升徳利と盃を二つ。

それになにやらツマミみたいのを畳に置いた。


「それ……天ぷらですか?」

「ふむ。さすがに知っていたか!大坂は食に充実していてなぁ…土産に穴子を買ってきたんだ!」

「この天ぷらは芹沢さんが?」

「んなわけないだろう!八木さんとこのおっかさんに揚げて貰ったんだよ。ほら、ほかにも茄子やら薩摩芋やら…」


…天ぷらなんて何ヶ月ぶりだろう。

まさかこの時代で食べることができるとは。

油分が全然足りていなかったから、天ぷらのいい匂いに思わずゴクリと喉を鳴らした。

でも…

芹沢さんが私と盃を交わすなんて……

何かウラがあるんだろうか?

はっ…!!もしや酔わせて犯すつもり……


「お前は馬鹿か。俺はお前のような餓鬼には興味がない」

「へ……あ…もしかして芹沢さんて心が読めます?」

「何くだらん事を言っとるんだ。お前の顔を見れば何を考えているかくらいすぐわかる」

「あ…へへへ……」


ヘラリと笑った私を見て、芹沢さんはフッと笑いをこぼすと、まぁ呑めと盃に酒を注いだ。


「んじゃ遠慮なく…」


…こんなところを歳さんに見られたら絶対説教だろうなぁ……

そう思ったが私は迷わずクイッと盃を傾け空にした。

だって天ぷらツマミに酒呑めるなんて最高!


「……あ~!!うまい!!」

「相変わらずいい呑みっぷりだな。…女にしておくのがもったいねぇよ」

「あはは。それって褒めてるんですか。んじゃ芹沢さんもどうぞ」

「おう!」


なみなみと注いだ芹沢さんの盃は私と同じくあっという間に空になった。

相変わらずの呑みっぷりはお互い様。

そんな私達にとって一升徳利を開けるなんて朝飯前だ。



***



「あ~、天ぷらうまいっすね」

「だろう!どんどん酒が進む」


そろそろ一升瓶も底をつくだろう。

残りを一気に芹沢さんの盃に注ぎ込んだ。


そういえば、芹沢さんと呑む時はいつもくだらない話しかしない。

島原のこの店のコイツがかわいいだとか、この店のコイツは夜伽が上手だとか。

だから私は芹沢さんのことは水戸出身だということくらいしか知らない。


「そういや…芹沢さんて今何歳ですか?」

「俺は36だ」

「へぇ…結構いってるんすね……んじゃ奥さんとか子供は……」


まさかいるわけないだろう。

だってこの人、天下の自由人だもん。

…なんて予想はあっさり外れた。


「妻子は水戸に残してきた。と言っても、なにも旦那らしいことや父親らしいことはしていないがな」


そう苦笑いしながら盃を傾けた芹沢さんだったが、この時の表情はどことなく優しさを含んだ顔をしていた気がする。


「へぇ…意外ですね」


そう言葉をこぼせば、芹沢さんは「ふん」と言って再び盃を傾けた。


「お前は未来では寺子屋に通っていたそうだな。何か夢でもあったのか」

「夢…」


芹沢さんからの問い掛けに思わず言葉がつまる。

夢…

将来の夢なんて…

まともに考えたのは小学生が最後だっただろうか。


うちの母親は病気がちで…

私が幼い頃から入退院を繰り返してた。

お見舞いに行って、帰りたくないといつも泣きわめく私を、そっと看護師さんが抱きしめてくれた。

その人が着ていた白衣に憧れて…

本気で看護師になろうと思ってたんだっけ。


そんな小さな夢も、中学生の時にプッツリと消えた。


母親が死んだから。


それからはとりあえず高校行って、とりあえず大学行って、とりあえずいいところに就職を…

そんなことばかり考えていた。


「…由香?」


少しだけ昔を思い出していた私を芹沢さんの声が現実へと引き戻す。


「あ…あぁ、夢ですか。夢はお金持ちと結婚することですかね。あはは」


おどけて笑ってみせた私だったが、芹沢さんはそんな私を黙って見据えていた。

何もかも見透かすような瞳で。



「え…と…芹沢さんは夢とかあるんですか?」


その見透かすような視線に居心地の悪さを覚え、逆に芹沢さんに問い掛ける。


「……お前は、尽忠報国という言葉を知っているか?」

「じんちゅうほうこく…?聞いたことないです」


芹沢さんは「そうか」と呟くと、最後の天ぷらをつまみ、口へとほうり込む。


「尽忠報国ってのはな、忠節を尽くし、国から受けた恩に報いるってことだ。その尽忠報国の志を生涯貫き通すことが俺の夢だ。例え、どんな最期を迎えようとな」

「………」


……正直。

話が難しすぎて、芹沢さんが言っていることはよくわからなかった。

でも…

歳さんが局中法度を作った時に言っていた、男のロマン。

芹沢さんにとっては尽忠報国ということがまさにそれなのであろう。

少年のように輝く表情で夢を語る芹沢さんを見てそう思った。


――その時。


「芹沢先生!芹沢先生!」


襖の外で平山さんが芹沢さんを探す声がした。


「なんだ!俺はここにいるぞ!!」


芹沢さんは襖を開けてひょっこり顔を出しながら叫んだ。

その声を聞いて、ドタドタと平山さんが駆け付ける。


「どうした!慌ただしい!!」

「すみません。先程耳に挟んだのですが―…」


そう言って平山さんは芹沢さんだけに聞こえる声で耳うちする。

どうしたのかな?

なんかあったのかな……


みるみるうちに表情が険しくなる芹沢さん。

さっきまでの夢を語る少年の顔をした芹沢さんはもういない。

そのかわり、あのいつもの……


「よし、行こう。隊士を集めろ!」

「芹沢さん!!揉め事は…」

「…女は黙ってろ。それと、このことは近藤一派には口外無用」


立ち上がりかけた私に、芹沢さんはあの冷たい眼で私を見下し制止する。他人に物を言わせない、あの眼だ。


「ッ……」


私は蛇に睨まれた蛙のように、芹沢さんと平山さんが部屋を出ていくのを見ているだけしかできなかったのであった。




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