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第十四話 風のような少年


「…てなわけだ。左之、お前の力も借りたい。少しいいか?すでに源さんには声をかけてある」

「あぁ、わかった」


どうやら二人の会話が一段落したらしく、左之さんがスッと立ち上がった。


「あれ?左之さん、もう行っちゃうんですか?」

「あぁ。案を練らなきゃならねぇからな」

「…案?」

「てめぇ、人の話聞いてなかったのかよ」


歳さんが深い溜息をつく。


「え~と…」


はい、聞いてませんでした、とはさすがに馬鹿な私でも言えない。

私が言葉を濁していると、すかさず左之さんがフォローしてくれた。


「近藤さんが今回の事を大坂の西町奉行に届けたらしいんだが、奉行与力で一人うるせぇ奴がいるみたいでな。なんで斬ったのか詳細を教えろってしつこいんだと。だからその対策を俺らで考えるってわけだ」

「へぇ~…てかそもそもなんで揉めたんですか?」

「知らねぇ。そこまで文には書いてなかったな。まぁでも……あの芹沢さんのことだからな……」


う…

揉めた理由が容易に想像できてしまうのは私だけではないだろう。

どうせ喧嘩をふっかけたのは芹沢さんの方なんだろう。しかも肩がぶつかったとか、道を譲らなかったとかそんなくだらない理由で。

…あの人は人の命を虫けらのようにしか思っていないんじゃないだろうか。

普段は威勢のいい豪傑なオッサンだけど、暴れる時に見せるあの眼。

…あの目は間違いなく冷酷な人殺しの眼だから。

どれだけの人を殺めればあんな眼になるのか。

私が芹沢さんにいまいち心を開けない理由はそこにあるのかもしれない。



でも…

この時の私は知らなかった。

私が気付かなかっただけで、壬生浪士組の皆が芹沢さんと同じ、人殺しの眼をしていたなんて。





「楠。俺の大福やるからよ、少しでいいから由香の相手してやってくれ。……いいだろ?土方さん」

「……なんで俺に聞くんだよ」


歳さんは舌打ちをしながら踵を返した。

そうよ、左之さん。なんで歳さんに聞くのよ。


「ったく…素直じゃねぇなぁ……じゃな!」


左之さんは笑みを浮かべたまま肩を竦めると、ウインクを一つぶちかまして歳さんのあとを追っていった。

つか…この時代でのウインクの第一人者は左之さんかもしれないな。

左之さんの背中を見送り、そんな事を考えながら、私はもう冷めてしまったお茶を口に含んだ。


「……由香さんは副長と恋仲なんですか?」

「ッ…!!ゴホッ////!ゴホゴホッ////!!」


予想外の楠くんからの質問に、私は思い切りむせ返った。


「だ、大丈夫ですか!?」


懸命に背中をさすってくれる楠くん。

あ…あの…////

そんなかわいい顔で心配されたら…////


「ゴホッ…////らいじょうぶ……」


う…////

お、思い切り噛んでしまった…////


「!!……ふっ…」


楠くんがそんな私を見て堪えきれない笑いをこぼした。

うぅ…恥ずかしい…


「あ…////す、すみません。なんだか由香さんがかわらしいなと思って……」

「////!!」


か、かわいいのは楠くんのほうでしょ////!!

なんて言葉を飲み込み、私はヘラリと笑った。

そんな私を見て、楠くんもフワリと笑う。

……なんだか掴みどころのない子だなぁ。


そんなことを思いながら、私は自分の分と楠くんのお茶を煎れ直した。



「…歳さんとは恋仲じゃないよ」

「え!?そうなんですか?…仲がよろしいからてっきり……」

「………はい。お茶どうぞ」

「あ、すみません」


お茶の入った湯呑みをそっと渡すと、楠くんはそれをゆっくりと口にした。

しかし……長い睫毛にクリッとした瞳。

スッと通った鼻筋に形のいい唇……

見れば見るほどこりゃ将来が楽しみだわ…


「…ん?どうしました?」


ハッ…!!こっそり見ているのがバレてしまった…


「あ、えぇと…く、楠くんていくつなの?」

「先日、16歳になりました」

「じゅ、16!?」

「?はい」


ニコニコとあどけない笑みを浮かべる楠くん。

いや、若いだろうなと思ってたけど、まさか16歳とは…

はじめくんや平助くんもそうだけど、この時代の武士はまだ若いうちから腰に刀を差し、皆己の武士道というものを心に持っている。

現代の16歳とは月とスッポンだ。

きっとこの楠くんも思うところあって壬生浪士組に入隊してきたのだろう。

そう思うとなんだか胸がいっぱいで楠くんがとても頼もしく見えた。

まだ歳さんや左之さんにはほど遠いけど、彼もいずれ立派な武士になるだろう。


その後―…

私と楠くんは空が茜色に染まるまでたわいもない話に花を咲かせたのであった。



***



「おい、てめぇら。今、何刻だと思ってんだ」


再びあの声が背後から聞こえ、私はくるりと振り返った。


「あ、歳さん。話し合いは終わったんですか?」

「…あぁ」


ん?

歳さんは私からわずかに視線をそらす。

誰だって数ヶ月一緒にいればその人の癖が見抜けるようになる。

歳さんがこうして視線をそらす時は、何か後ろめたいことや核心に触れてほしくない時。


「……なんだよ」


ジッと見つめた視線に気付いたのか、歳さんはちらりと私を見る。


「……別に」


って沢尻エリカかよ!!なんて一人でツッコミながら私はニッコリと笑った。

そんな私を見て、歳さんがホッと胸を撫で下ろしたように見えた。

その様子から、話し合いで出た案があまり人道的によくないものなんだろうと私の勘が働く。

でも…私が口を挟むことではない。

そう思っているから、歳さんに聞きいるようなことはしなかった。


「もうそろそろ飯だからな。いつまでも遊んでんじゃねぇぞ」

「はーい」


そう言って歳さんは自分の部屋の方向に歩きだす。

が、突然くるりと振り返った。


「お前…楠と言ったか。出身はどこだ?」

「僕は京浪士です」

「……のわりに京訛りがねぇな」


その歳さんの一言に楠くんの身体が強張ったのがわかった。


「……まぁいい。人それぞれいろんな事情があるからな」


歳さんはそうボソリと呟くと、今度こそその場をあとにした。


「………」


ちらりと楠くんを見ると、あまり顔色がよくないように見えた。

…何か深い事情でもあるのかな……


「楠くん。そろそろ部屋に戻ろっか」

「あ……は、はい!」


明らかに動揺していたが、人間、一つや二つ触れてほしくないことがあるはず。

私だって朝起きて隣にいた奴の顔を見てビックリ…汚点だよ汚点!なんてことも……って違うか!

とにかく。

彼もいろいろあるんだろう。


「楠くん。今日は話し相手になってくれてありがとうね。すごく楽しかった」

「い、いえ!僕の方こそ楽しかったです!」


フワリと見せた笑顔はまだあどけない。

彼が何かを抱えこんでいようが一人の16歳の少年には変わりない。


「またさ、暇な時間があったらこうして一緒にお茶飲んでくれる?」

「え…」


楠くんは一瞬驚いた表情を見せた。


「あ、あ、べ、別に楠くんがかわいいからとか深い意味はないからね?」


とか何言っちゃってんだろう馬鹿な私。

そんな慌てふためく私を見て、楠くんは「こちらこそお願いします!」と、満面の笑みを見せたのだった。




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