第十一話 酒の力って怖いよね
「ほんだら由香さんは土方センセの愛人ゆうわけではないんでありんすなぁ……由香さんがあんまり土方センセのおそばにいらっしゃるでありんすから…わっちはてっきり…」
そう言いながら相変わらず私のすぐ隣で歳さんにお酌をしているこの女。
「でも土方センセ、色男でありんすからなぁ…案外由香さんは土方センセのこと……」
…おい、てめぇ!!
丸聞こえなんだけど。あ、聞こえるように言ってんだろうけどよ、喧嘩売ってんのか?あぁ?なら買ってやろうか!?
……な~んて言って女の胸倉を掴みたい衝動を必死に堪え、私は手元の盃をプルプルと口へ運ぶ。
馬鹿野郎な歳さんも大人しく遊女にお酌なんぞされやがって。
あ~イライラする。
…って待て。これじゃいよいよ本格的に私が歳さんを好きみたいじゃないか。
でも遊女が他の人にお酌をしても、どんなにしな垂れかかっても全然嫌じゃない。
……てことは。
……とーゆーことは…/////
い、いやいや!いくらなんでも私が歳さんのこと好き…なんて…////!!
少々の確信に近い気持ちが垣間見えた瞬間、自分でも驚くくらいドキドキし始めた。
すると…
「由香さん。そんなに気に入らないんだったら、歳三さんに寄り添ってみたらどうですか?」
「は////!?」
ちょ、総司くん////!なになに、狂ったのかい!?
なんでそんな馬鹿でかい声で…!!
そう思ってアワアワと総司くんの口を塞ぐも時すでに遅し。
横槍大好きなあのコンビがすかさず口を挟んできた。
「なんだ、由香ちゃん!土方さんのこと好いてたのか!!」
「この俺を差し置きやがって…土方さんも隅に置けねぇなぁ」
この時ほど新八さんと左之さんの存在を疎ましく思ったことはない。
頼む、頼むから黙ってて…
「な、なに言ってんですか二人とも////!!」
そう言ってちらりと歳さんを見ると、余裕のある表情で、口角をわずかに上げていた。
な、なにこの俺ってモテるからな…みたいな余裕の顔!!
「ちょっといい加減にしてくださいよ!!確かに歳さんはイケメンかもしれないですけど!?でも惚れちゃうフラグなんて全然たってないんですからね!むしろ私ははじめくんの方が好きだー!!」
酒もいい感じにまわっていた私はとりあえず恥ずかし紛れにそう叫ぶと、御膳を飛び越え、目の前にいたはじめくんに抱き着いたのだった。
「////!!な、なにを…////!!」
さぁ、困ったのははじめくん。真っ赤な顔をして手のやり場に困っている。
平隊士の方からもザワザワとした驚きの声と「いけめんてなんだ?」「ふらぐってなんだ?」との声が聞こえてきたが、そんなのはもう知らん。
カワユイはじめくんを見て私も勢いがおさまらず、ごろにゃんとはじめくんの胸に身体を預けた。
う~ん…
年上が好きだけど年下のこのまごまごした感じもカワユイよねぇ…
なんて思ってはじめくんの胸を堪能していたが、突如ベリッと剥がされた。
せっかくいい感じだったのに!!誰!?私達の邪魔をするのは…!
そう思って頭を上げると、目の前には……
「てめぇ。いい度胸してんじゃねぇか……ちょっと外付き合えコラ」
鬼の形相をした歳さんが私の襟首を掴み、ニッコリと黒い笑みを浮かべていた。
や…殺られる…!!
瞬間的に本能がMAXに働いた私は再びはじめくんにしがみついた。
「やだ!やです!!」
「いーから来い!!」
歳さんはいともたやすく私の手をまとめあげるとそのまま広間の襖に手をかけた。
あ~…私の短かった人生22年……
最後にはじめくんをいただきたかったよ……
*
歳さんはそのまま角屋を出ていく。
私も覚束ない足取りでその後を追った。
「……帰るんですか?」
「いや………誰かに聞かれちゃまずいからな。場所を変えるだけだ」
あぁ…私の断末魔の叫びをね……
って本気か!?歳さん、本気で私を殺める気でいるんですか!?
ドキドキしながらとりあえずついていくと、歳さんは狭い路地で足を止めた。
あぁ…ここが野村由香、終焉の地になるのかしら?
「………と、歳さん?」
「お前…平隊士にバレたらどうすんだ。気をつけろと言ったはずだぞ」
「へ…」
が、歳さんの口からは予想外の言葉が飛び出した。
「お前、さっきいけめんだのふらぐだの口走っただろう?…お前が誰を好いていようが俺には知ったこっちゃないが……ああいう発言は以後慎め。それだけだ」
「は…」
どんな事をされるのかと思いきや…
それだけ?
「なんだぁ?鳩が豆鉄砲くらったような顔しやがって…」
「いや…殺られるかと思ってたんで…」
「はぁ!?馬鹿かてめぇは!!そんなんじゃ、命がいくつあっても足りねぇじゃねぇか!!」
「は、はは……ぅ……」
なんだか気が抜けたのか、普段酔わない私も酔いが一気にまわりはじめる。
そのフラフラになった足は言うことを聞かず、私は歳さんの胸に顔を埋めてしまった。
「……おい。誘ってんのか」
「ばっ…////!!んなわけないでしょーが////!!」
慌てて離れようとすると、なぜか歳さんはそのまま離れないよう、ガシッと私の肩を抱いた。
え…////な…////
「……犯す気ですか」
「馬鹿かてめぇは!!んな千鳥足で危ねぇだろうが!…角屋まで肩貸してやんよ」
「……んじゃお言葉に甘えて」
私は歳さんに肩を抱かれたまま、角屋へと一歩踏み出したのだが…
「……あのなぁ…そっちは角屋じゃねぇ。茶屋だぞ」
歳さんが呆れたように溜息をつき、私をくるんとまわれ右させる。
「わざとやってんなら付き合ってやってもいいけどな」
歳さんの戯れ言に少しイライラしながら、私は否定ととれるような盛大な溜息を一つ吐く。
「ヤリてぇんならあの遊女と行けばいいじゃないすか」
「あの遊女…?……お前、妬いてんのか?」
「!べ、別に…」
妬いてなんかないですよ!!
そう否定の言葉がそこまで出て私は口をつぐんだ。
妬いてない?
……いや、明らかに妬いてる…よね…
「……妬いてますよ。わりーんですか」
酒のせいだろうか。私の口は素直にそう呟き、恥ずかしまぎれに鼻歌を歌いだした。
そんな私の隣で、一瞬、一瞬だけど歳さんの動きが止まったのがわかった。
「……だったら俺の腹にでもしがみついとけェ…」
いつもの自信たっぷりの口調はどこへやら。
照れたようにボソリと呟いた歳さんがなんだかかわいくて、思わず口角をあげた。
「んじゃ、しがみついとく」
あぁ…だから酒って怖いのよ。
芹沢さんに並び決していいと言えない酒癖の私は、解放されつつある心の欲望通り、歳さんにしがみついた。
「……なんだおめぇ。やっぱり俺に惚れてんのか」
「…さぁ……たぶん…………芹沢さんよりは好きです」
「なんだそりゃ」
何を思ったのか歳さんは急に立ち止まり、しがみつく私の頭をそっと撫でた。
そして…
「………んじゃ、今後抱き着くのは俺だけにしろ」
「え?それってどういう…」
それってどういう意味ですか?
そう疑問を口にしている最中。思わず顔をあげた私のおでこにあたたかくて柔らかいものが触れた。
「………」
「さぁ。本当に戻るぞ」
「…/////!!!!!」
それが歳さんの唇だと理解するまで数秒。
私は真っ赤な顔のまま、歳さんに引きずられるように角屋までの道のりを歩き始めたのだった。
「なななな…////!!なんすか今のフラグは////!!」
「あん?減るもんじゃねぇんだ。あんくれぇで喚くな。……それとも唇がよかったか?」
「////!!せく、せく、セクハラだこのやろう////!!」
思い返せば、これが歳さんのことを本格的に好きなるきっかけだったのかもしれない。
その気持ちに完全に気付くまではまだ先のこと。
***
「………」
「………」
……これは一体。
一体どういうことなのか。
私達が席を外していたものの数分の間にいったい何が……
―ガチャーーン!!
叩き割った皿の破片が宙を飛ぶ。
「芹沢さん!!いい加減やめねぇか!!」
「黙れ永倉!!お前はこの角屋の肩を持つのか!!」
目の前には、鉄扇でを皿を叩き割り、足元にある御膳を蹴り飛ばし、新八さんに必死になだめられながらも暴れ続ける芹沢さんの姿が…
平隊士のほとんどは、とばっちりが来る前に…と帰り始めていた。
幹部の人も立ち上がり、呆れた視線を芹沢さんに送っている。
「はぁ…俺はもう知らねぇぞ」
「新八!いったいどうしたってんだ?」
「おぉ!土方さん!…」
新八さんの話によると、働いているのは芸妓ばかりで、角屋の仲居が全然いない。太客が来ているのにこれはどういうことだ!と、暴れだしたというのだ。
「え…たったそれだけで?」
「あぁ。芹沢さんは以前からこの角屋が気に入らなかったみてぇだからな。些細な理由があればなんでもよかったんだろう」
新八さんは深く溜息をつくと、「土方さん、あとは任せたぜ」と言って、左之さんらとともに広間を出ていってしまった。
人がいなくなった広間でなおも暴れ続ける芹沢さん。
きっと歳さんと私が黙って見ていることすら気付いていないのだろう。
その顔は野獣、化け物、というよりか、悪戯をして楽しんでいる少年のように見えた。
ますます猛りたった芹沢さんは、よろよろと廊下にでると梯子段の欄干に手をかけメリメリと引き抜き、それを小脇に抱えると千鳥足で下の階に降りていく。
とりあえず私と歳さんもついていくと、芹沢さんは掛け声とともに酒樽をかち割り、更に流し場へ行くと、器物すべてを粉々に割ったのだった。
「おい!!主人はいないか!?これへ出ろ!!」
芹沢さんの地も唸るような怒鳴り声に、逃げ遅れたのか店の老爺が怯えながらもひょっこり顔をだす。
「拙者は壬生浪士組局長、芹沢と申す!角屋徳右衛門不埒によって七日間謹慎を申し付ける!!」
芹沢さんはそう言って大声で笑うと、「いや愉快愉快!!」と言いながら店を出て行ったのであった。
「…歳、さん……」
「由香。俺達も帰るぞ」
そう言った歳さんの声はあまりにも感情がなくて。
私は驚いたのと同時に、すでに踵を返し歩き始めていた歳さんの背中を慌てて追ったのだった。
角屋の木造二階建ての格子造りは、現存する寛永期唯一の揚屋建築で、重要文化財に指定されています。
現在は「角屋もてなしの文化美術館」として一般公開されているそうです。
床柱や入口柱に残る刀痕は新撰組がつけたらしいとか。
角屋の写真を見ながら、あぁ…この二階の窓から隊士の誰かが外を眺めていたのかもな…と思うとなんだか胸がいっぱいです。