第十話 負けねーぞ、おい
今日、角屋に来たのは幹部だけではない。
普段、盃をかわすことのないような平隊士一同も一緒だったため、角屋の大広間はあっというまに人で溢れかえった。
芹沢さん、近藤さん、新見さんはもちろん上座に。
その次に幹部達。そして平隊士達と順に腰を下ろしていく。
えっと…この場合、私はどこに座ればいいんだろう。
あのにっくき遊女から歳さんを守るには、やっぱり歳さんの隣がいいんだけど…
平隊士の手前、堂々と歳さんの隣を陣取るわけにもいかない。
普段は図々しい私だってそれくらいの常識はある。
若干戸惑っていると、平隊士の方達が遠慮がちに声をかけてくれた。
「由香…さんですよね?もしよかったらこちらに…」
「どうぞ、お座りください!」
「えっと…」
ぶっちゃけ、平隊士達とはあまり仲良くするなと歳さんに言われている。
私が未来から来たことがバレたら厄介だから、と。
どうしよう…と、ちらりと歳さんの方を見るも、なにやら新八さんと話していてまったくこちらに気付いてない。
…あの芸妓は俺がいただく、とか相談でもしあってんですかこのやろう。
「由香さん?どうしたんです?」
「あ…いえ。んじゃ遠慮なく」
なんだか、せっかく声をかけてくれた平隊士達に悪いと思い、私は用意された場所に腰を下ろした。
…まではよかったが、着席した途端、まわりから好奇の視線が注がれる。
…そりゃあそうだ。
なんてったって、あの近藤局長の遠縁だもの。
ずる賢い奴だったら私に近付き、近藤さんに取り入ろうとする奴だっているんじゃないかな。
「由香さんは近藤先生の遠縁だと聞きました」
ほら。さっそくきたよ。
「えぇ…まぁ…」
「ご出身はどちらで?」
「今、おいくつなんですか?」
「どういった事情で近藤先生のもとに?」
「あ~…えっと…」
こんなに質問攻めに合うなんて…
スキャンダルを起こした芸能人の気持ちが少しわかった気がした。
というか、これをどう切り抜けてくれよう。
皆、目を輝かせて私の返答を待っている。
すると…
「まぁまぁ、やめませんか。由香さんが困っていらっしゃる」
フワリと優しい透き通るような声がその場にそっと響き渡った。
声がした下座の方を振り向くと、ニコリと優しそうに微笑んでいる男が、いや、少年と言った方がしっくりくるだろう。
「…あなたは……」
「申し遅れました。楠小十郎と申します」
年の頃は16~7くらいだろうか。
まだあどけない笑顔を浮かべていた。
「あ、えっと、私は野村由香…」
慌てて自己紹介しようと、そこまで口を開いた時。
私の腕がグイと引かれた。
「…あんたの席は副長の隣だろう」
「は、はじめくん!!」
そこには相変わらずポーカーフェイスのはじめくんが立っていた。
「つーか、なんで私が歳さんの隣なの」
「…今更何を言っている。さっさと席を移動しろ」
そう言ってはじめくんは私をひょいと引っ張り立ち上がらせると、トン…と軽く背中を押した。
私は後ろを振り返り楠くんに軽く会釈をする。
楠くんはまたあのフワリとした優しい笑顔を見せた。
……かわいらしいのう////
そんな私に気付いたのか、歳さんがこちらを振り返り、顎で自分の隣を差した。
…なんだいなんだい?
壬生浪士組の副長ってぇのは顎で人に指図するのかい?そりゃあ偉くなったもんだ!
私は歳さんをちらりと一瞥すると、ストンと隣に腰を下ろした。
「…あぁ?なんか不機嫌じゃねぇか?」
「…知らん」
「おまっ…!!」
「わぁ!由香さん。今日は一段と綺麗だなぁ。存分に楽しみましょうね!」
反対の隣に座っていた総司くんがニッコリと笑う。
「ね~!下戸はほっといていっぱい飲もうね~!」
「てめぇ…下戸って誰のことだよ!」
顔に似合わず下戸な歳さんに、総司くんと二人でニヤニヤした視線を送ったのだった。
*
「皆の者!よいか!?今宵は水口藩からの招待ゆえ、遠慮はいらん!だが、口論、喧嘩は一切許さんぞ!!」
ほぼ全員が席についたのを確認すると、芹沢さんが高らかに声を張り上げた。
口論、喧嘩って…
あんたが一番不安だよ。
と、誰もが思ってると思います、はい。
なんて思っていると、芹沢さんの「では呑もう!」という言葉とともに、待ってましたとばかりに芸妓、遊女、十数人が広間へとなだれ込んできた。
あっというまに広間の男臭さが消え、白粉の華やかな匂いと雰囲気がその場を包みこむ。
う…私にとってはなんだかむせ返るような匂いだ。なんて言うんだろう。雌の匂い…とでも言うのだろうか。
いや、違う。ババアの匂いだ。
とりあえず酒を思う存分いただこうか。
そう思い、目の前のお膳にのっている徳利に手を伸ばす。
「由香、酌してやる」
「え。珍しい」
「うるせぇ。早く盃を出せ」
歳さんがお酌してくれるなんて。
喜んで盃を出そうとした瞬間、私と歳さんの間にズイと影が入りこんできた。
「…お久しぶりでありんす……土方センセともあろうおひとにお酌をさせるなんて…やはりあんさんは変わったおひとでありんすなぁ…」
ニコリと作られた営業スマイルとともに、私の持っていた盃になみなみと酒が注がれた。
でた…
この女だ…
前回同様、初っ端から私への敵意がむきだしにされている。
真っ赤な紅をのせた品のいい唇が再び妖艶に開く。
「さぁさ、土方センセ…」
差し出された徳利に、歳さんは大人しく盃を差し出した。
…って大人しくお酌されてんじゃないよ!!
その光景になんだかイラっときた私は、自分の盃を一気に煽った。
「ふふ…」
そんな私を見て、隣の総司くんが笑みをこぼす。
気付けば向かいに座っているはじめくんやら平助くんやらまで口角を上げている。
「…なに」
「いや、なんでもない」
「ああ。なんでもない」
二人は穏やかに笑いながらそう言うと、それぞれ盃を煽った。
「…由香さんてば。素直ですね」
「素直?」
隣でクスッと笑う総司くんに眉をしかめながらも、私は二杯目の盃を空にした。
「ほら、呑みなよ」
「はい。いただきます」
私は笑顔で盃を向ける総司くんにお酌しながら、早くも隣で歳さんの膝に手を置いて甘えはじめてるこのクソ女…ゲフンゲホン!この遊女をどうしてくれようか考えはじめたのであった。