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第一話 どーしてこうなった?



「ふわぁぁぁ…」


かったるい講義を終え、大きなあくびと共に大学をあとにする。


今日もやっと終わった…

しかし興味がない講義っていうのはなんでこうも眠くなるものなのか。


眠い目を擦り、iPodのイヤホンを耳にかけながら颯爽と歩きだす。

そういや今日は業界関係の男らと合コンだったっけ。かっこよくて金持ちの奴がいればいいけどなぁ。まぁ、なかなか現実は厳しいからな。あんまり期待しないでおくか。



…野村由香、22歳。

どこにでもいる女子大生だ。


将来の夢…?

とりあえず大学行って、4年間遊んで。

そんでまぁまぁな上場企業にでも就職できればラッキーっしょ。


やりたいことも見つからない。

聞きたくもない講義に出席し、大学が終わればバイトにコンパの平凡な毎日。

テキトーに友達とつるんで、テキトーに彼氏作って。

サークルや部活、夢に向かって頑張っている人達に、どこか卑下した視線を送る、捻くれた私―…


こんな私で大丈夫か…?


なんて思ったりするものの、危機迫るものもないし、今までそうやって生きてきたものをいきなり変えられるわけもない。

いや、変えなくても今まで生きてこれたから、きっと私はずっと一生このままだ。



雑踏に紛れて歩いてみれば、私はその渦に巻き込まれ這い出すこともできない。


息苦しい―…


すれ違いざまに肩にぶつかるサラリーマンに顔をしかめながらも私はそれでも前へと進む。

この渦の中を出られる日はいつか来るのだろうか。


歩きながらふと空を見上げる。

高いビルの間から見える空は、なんだか今にも泣き出しそうな灰色で。

そういや青い空なんてここのところ見ていない気がする。

まるで穢れた私の心のようだよ、なんてな。


見上げ続けていればこのまま吸い込まれてしまうんじゃないかって。

この空の彼方には何があるんだろう。もしもどこかに通じているのならば、この渦から私を救いだして…

ああ、そんなメルヘンなこと思ってしまうなんて、最近疲れてんのかな、私ってば。



そんなことを考えながらも一歩一歩足を踏み出せば、ふとポケットの中に入っているケータイが振動する。


メールかな…?

ケータイを取りだし、歩きながらメールボックスを確認していると…


「おい、お前―…!!!」

「え…?」


ふと男の声に呼び止められる。もしかしてナンパかしら?イケメンだったらいいのにな、なんて思いつつ頭をあげる。

でも…声の主を確認する間もなく、私の視線の先には歩道を乗り越えてきたトラックが…


「嘘……」


呟いた言葉がまるで他人の言葉のように聞こえた。


あー…、私、死ぬのか…

あっけない…短い人生だったな…

こんなことだったら……昨日我慢しないでケーキ食べときゃよかった……


こんな時まで冷静に考えてしまいながらも、私はこれから降り懸かるであろう衝撃に備えて目を潰った。



…しかし。

いつまでたってもその衝撃は伝わってこない。そして全然痛くない。


あ、れ…?おかしいぞ?私ってばもしかして痛みを感じるまでもなく死んじゃったのかしら…


そっと目を開ける。と同時に私は思わず息を飲んだ。


…つーか……

……ここどこ?


先程の街中の風景の面影はまったくない。

あの高いビルもない。

オシャレなお店もカフェもない。

なによりあの雑踏の渦がない。

私はポツンと一人、大きな日本家屋のお屋敷の門前に立っていた。


う~ん…

ここが…天国?

あ、いや私、親不孝だからもしかして地獄?

でも想像してたのと全然違うなぁ…

…とりあえず。

この場合、門の中に入ってみるのが正しい選択…だ、よね?


誰に問い掛けるまでもなく、一歩前へと足を踏み出す。



――刹那。


後ろでカチャリと音がしたかと思うと、振り返る間もなく私の首筋に光る何かが突き付けられたのがわかった。


「動くな珍妙娘。動けば斬る」


ひやりとした感覚が首筋を襲う。

これは…動いたらヤバい気がする。うん。絶対にヤバい。

私の危険察知本能がフル回転で警笛を鳴らし続けている。


「てめぇ、いったい…」

「ちょっと、歳三さん!いくらなんでも女の子相手にそれは駄目ですよ!」

「総司。おめぇは甘いんだよ!」


男二人の声が私の耳に届く。


…"歳三"に…"総司"……?

どこかで聞いたことあるよーなないよーな…

あれ?いつかの合コンの男ども?

いや、きっとこいつらは閻魔大王の手下の鬼…んなわけないか。

それよりも今置かれてる状況をなんとか打破しなくては。


「あ、あのう…」


勇気を振り絞り、男に話しかける。

人間とは素直なもので、若干声が震えたのが自分でもわかった。


「あん?」

「と、りあえず私、怪しい者ではありません」

「ほら、歳三さん!怪しい人ではないみたいですよ?早く刀をしまってください」


…刀!?

今こいつら刀っつった…!?

ってことはあれかい?私の首に突き付けられているものは刀、だと。

……なんてこった。トラック事故に巻き込まれたと思ったら今度は暴漢に遭遇するなんて。

22年間生きてきた私の人生の中で、間違いなくワースト1の出来事だろう。


「馬鹿野郎。怪しい奴に限ってそんな台詞をはくってぇのは決まってんだ。怪しい奴が私怪しい者ですって言うわけねぇだろう」


む…確かに…。

"歳三"と呼ばれる男は正論とも言える言葉をつらつらと並べた。

でもね、怪しいのはどう考えてもあんたらだっつーの。


「でも…」

「答えろ。清河んとこの野郎か、それとも…」


握り直したのであろう。

刀がカチャリと音を立てたと共に、私の首筋にピタリとくっつけられ、ヒヤリとしたその感覚が首から全身へと伝わった。


「ひっ…!!わ、私、キヨカワなんて人知り、ません…し、さ、さっきトラックにたぶんはねられて…」

「あぁ?何言ってんだてめぇは」



首筋に当たる刀の刃が立てられる。1ミリでも動いたら間違いなく斬られるだろう。


「っ…!!だ、から…!!私は普通の女子大生だってば!!」

「「じょしだいせい?」」


震えながら精一杯声を張り上げる。

なに!?なんなの!?一体私が何をしたんだこんちくしょうめ!

すると、そんな私の声に率直な疑問が投げ掛けられてすぐ、「これはこれは」と第三の男の声が耳に届いた。

今度は誰、なの…


「土方先生に沖田先生。昼間から女子に刃を向けているとは…随分野蛮ですなぁ!」

「ちっ…!!」

「やぁ、芹沢先生。こんにちは」


嘲笑が含まれたその声に、緊張で立ち尽くす私の首筋からは舌打ちとともにすっと刀が消え、かわりにその場の雰囲気がギスギスとしたものに変わった。

殺気…というのだろうか。私にもわかるピリピリとした気が"芹沢"と呼ばれた男に向けられたのがわかった。

一体、何が起きてる、の?


恐る恐る…

そして初めて私は後ろを振り返った。


「!!!」


…な!?


そこはきっと地獄、なんかじゃない。ましてや天国でもない。

目の前には私の想像の斜め上を行く光景が広がっていた。


立っていた3人の男達は、皆羽織袴で…

腰には2本の刀。

テレビで見たことがある……


「さ、むらい…?」


私の呟いた言葉に長身の男がちらりと振り返ったが、その冷たい視線はすぐ他の男に向けられた。



「芹沢先生。島原からのお帰りですか」

「まあな。せっかくの京だ!たっぷりと堪能せんとな!!」


"芹沢"と呼ばれた男はガハハッと笑ったが、その目は笑っていなかった。なんて言うか、隙がない。この男からはただ者ではないオーラが溢れている。

そんな男の視線がふと私をとらえた。


「!!」


な、んて鋭い視線…

なんでも射抜いてしまうような……


「して…その女子は誰だ」

「あぁ…この女ですか」


そしてたぶん"歳三"と呼ばれていた男はこいつだろう。

芹沢と共に私に殺気を交えた鋭い視線を送る。


…怖い、なんてもんじゃない。

足がすくむ。その視線から逃れられない。

蛇に睨まれた蛙というのはきっとこんな気持ちなんだろう…

渇ききった喉がゴクリと鳴った。

どうし、たら…


「もう!お二人とも!!そこまでです!お嬢さんが怖がってますよ!さぁ、大丈夫ですか?」


その時。

"芹沢"と"歳三"の視線を遮るように、もう一人の柔らかい雰囲気の男が私の前に立ちはだかった。

私の肩にポンと手を置いたこの男はなんとまぁ、優しそうに笑うのか。

とにかくよかった。助かった。


そう思ったのも束の間。


「あ…す、みません……」

「いえ、こちらの方こそ怖がらせてしまって。……でも…屯所の中で少しあなたのことをお聞かせ願えますか?」

「………」


よく見ればニコリと笑ったその男の笑顔は、まるで修羅の如く冷たくて。


案外こいつが一番おっかないのかも……


そんなことを考えながら、私は言われるがまま屋敷の中に足を踏み入れたのだった。







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