表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

桃太郎の誕生

 桃太郎という話を知っているだろうか?

 田舎の村で生まれた桃太郎なる男が、よくわかんねー団子で家来を集めて、鬼退治に出掛けるという話だ。

 しかし、その実際はとても童話にできたもんじゃない。

「おいィ、くそババア。酒はどうした酒は?」

 とある山奥、断崖のそばに立てられた村落。よそ者など寄りつかないド田舎中のド田舎。

 そこに、マタギをしているアルコール中毒のクソジジイが住んでいた。

「酒なんかねぇわ馬鹿。あんたが全部飲んじまったんじゃねっか!」

 田舎特有の、不細工で考えが堅苦しく性悪なクソババアが一喝。

「何だとババアッ! 今すぐ酒を持ってこいッ! 持ってこなきゃタヌキどものエサにしてやるッ!」

 ジジイは食べていた味噌汁のお椀をブン投げた。ババアは滑らかな挙動でさらっと避ける。

「ふん! 仕方ないね、そこでちっと待っとれ!」

 ババアは毒づいて、ワラぶき屋根のボロ家を出た。

 お椀一杯の酒をくれてやればジジイは大人しくなる。

 山で柴刈りをして売り、洗濯のバイトをすれば、それくらいのお金は稼げるだろう。

「春さんや、洗濯物はないかねえ?」

 まずは近所の家を回り、洗濯物を集める。真っ先に寄るのは隣の家だ。

「あらあら婆ちゃん。いつもありがとうね。身重で困ってるから嬉しいわ」

 隣人の若い女性、春が笑顔で応対し、汚れた洗濯物と、銅銭をくれる。

 彼女は妊婦である。もうすぐ玉のような子供が生まれるはずだ。

「あたしも春さんのように若くなりたいねぇ。うちには子供がいなくてさ、ジジババを世話する奴がおらんて」

 ババアは恐るべき嫉妬を心中に秘めつつ、外見だけは明るい笑顔で言う。

「うふふ。生まれたら婆ちゃんに挨拶に行きますよ。もう名前も決まってるんです」

 春は着物の上からお腹をさすり、幸せそうな笑顔で答えた。

「へぇ、どんな名前じゃね?」

「男の子なら太郎、女の子なら桃にしようと思ってます」

「そうかいそうかい。うちは貧乏でさね、お祝いを贈れそうになくてねえ……」

 ババアは祝い金をケチろうとした。

「えっ、いいですよそんなの! 気にしないで下さい、気持ちだけで十分です!」

 春は申し訳なさそうに言う。ババアの策略は成功した。

 ババアは満足げな顔をして退出し、さらに別の家からも洗濯物を集め、離れの河川に洗いに行く。

 田舎の清流で衣類を清め、近くの岩にかけて干し、乾くまで待つのである。

 激務とまではいかないが、数時間はかかる労働だ。

 随分と長い時間を洗濯のためだけに過ごし、ババアは嘆息した。

「はあ、つまんない仕事だねえ。……ん?」

 だが。

 洗い物を終え、疲れた様子で座っていたババアの眼前に、河から流れてくる何かが見えた。

「……!」

 ババアは目をぐりんと見開いて、川に飛び込んだ。

 若い女性が流れていたのだ。

「はぁ……はぁ……ふぅ。だ、誰じゃい? 生きておるかい?」

 川岸に女を引き上げ、声をかけるが……既に死んでいた。

 ワカメのように顔に張りついた髪のせいで、誰だか良く分からない。

 しかし、ババアはすぐに悟ることになる。

「は……春……」

 つい数時間前に会ったばかりの春。その死骸が、目の前にあった。

(一体なぜだい……チンピラに襲われたのかね。と、とにかく着物は金になりそうだね!)

 ババアは狼狽しつつ、がめつくも春の着物を奪った。

 そして膨れた腹を見て、さらに欲望を募らせた。

(そ……そうだ! 春にはガキがいたんだったよ! まだ生きてるかもしれね!)

 芝刈り用に持っていたナタで、春の下腹部を一気に裂く。

 胎児は妊娠後期、出産間近であり、生きていた。

 ババアは喜び勇んで赤子を取り出す。

「おおお! やっぱりだよ! 濡れ手にアワ! 濡れ手にアワッ! これで老後は安泰じゃっ!」

 などと悪びれもせず大喜び。

 ババアは春の死体を川に投げ捨てると、うきうきとした顔で自宅に戻っていった。

「あんた! あんた! 見ておくれよ!」

「何だクソババァ、騒々しい」

 自宅の囲炉裏の前で酒を飲んでいたジジイ、興奮した様子のババアに一瞥もしない。

「高い着物と捨て子を拾ったんだよ! これであたしらの生活は……」

 ババアは言いかけて、それから絶句した。

 そう。彼女は無いはずの酒を買うため、川に洗濯に行ったのだ。

 なぜジジイが酒を飲んでいる?

「ああ、うめぇなあ酒は。本当にマジでうめぇッ!」

 人間以下のクソジジイが、実に旨そうに高級純米酒をあおっている。

「おいババア。なんだそのガキは。気味悪いから捨ててこいッ!」

 ジジイは殺気を込めた顔で妻を睨む。

「……あんた、山に『柴刈り』に行ったのかい?」

 ババアは殺気を込めた顔で夫を睨む。

「てめぇも川で『洗濯』をしてたんだろ? そのガキは『桃』みてーなケツから生まれたのかァ?」

「ああそうだよ、春の子さ。よくもやってくれたねこのアホたれがッ! 領主様にバレたら釜茹でだよッ!」

 ババアは真実を悟って激怒する。

 ジジイは酒代ほしさに、隣人の春とその夫を山に呼びつけて殺し、金を奪って河に投げ捨てたのだった。

「……ひっく、だったらどうしたってんだ? この世は弱肉強食だ、弱ぇ奴は死ぬんだよ!」

 時は戦国時代である。強盗殺人など大した出来事ではない。

 ババアも負い目があったので、怒るのをやめた。とにかくこの場を乗りきらなければならない。

「ふん、目付役が来たらどうすんだい。真っ先に疑われるのはあたいらだよ!」

「けっ……仕方ねえ、そのガキを使おうぜ。隣の奴らが身の危険を感じて預けたことにするんだ。そうすりゃ誤魔化せるかもしれねえ」

 ジジイは姑息にも、ババアが奪ってきた赤子を利用することにした。

 クソ老婆がニヤリと笑う。

「それはいいねえ。あんたの言う通りにするよ。この子の名前は……桃太郎さ!」

「ああ? 桃野郎? なに言ってやがんだババァ」

「桃太郎だよバカ。春が付けようとした名前さ。なるべく似せなきゃ怪しまれるからね」

 こうして赤子は桃太郎と名付けられた。

 ほどなくして、夫妻が消えたことが村中に知れ渡ることになった。

 否、むしろジジイとババアは積極的に失踪の話をして回った。

「おい、隣の若い二人がさらわれたぞ! 赤ん坊を俺たちに預けてすぐに!」

「ああ、誰か目付役を呼んでおくれ! こんな可愛い子供を残していくなんて不憫だよ!」

 などと口々に村人に伝え、情報操作を図る。

 二人の策略は上手くいった。村の目付役は、夫妻の失踪を山賊の仕業と断定。

 ジジイとババアは桃太郎を預かり育てることで、不審に思われることなく事件を揉み消した。

 そして……十五年の時が過ぎた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ