戦場の彼方へ
これは、我らが部長の夢の中のお話です。
変哲もない物語です。はい。
僕は、走ってた。
何故かわからないけど、走ってた。
『ダダン ダダダダ』
僕が居た場所に銃弾が音を響かせる。
『ダダン ダダダダ』
そうか。僕は、生きるために走ってるのか。
『ダダン ダダダダ』
そんなことを考える僕の隣には親友がいた。青い顔をした同じ陸上部のリーダーが。
走らなければ、殺される。立ち止まったら、それは死を意味する。
『ダダン ダダダダ』
ひっきりなしに鳴る銃声。聞こえるのは悲鳴。匂うのは血の匂い。
『ダダン ダダダダ』
走ることに夢中になるだけに、胸ポケットからシャーペンが地面に落ちてしまった。そう高くはないペンだが、いつの間にか愛着は湧いていた。
『ダダン ダダダダ』
しかし、拾うのは叶わない。後ろでシャーペンに悲鳴をひしひしと感じる。
「あっ!!」
すると、青い親友がようやっと声を上げた。目の前には、いつの間にか学校にある部室棟がそびえたっていた。
『ダダンダダダダ』
ドアを押し開け、迷わず駆け込む。冷や汗をふき取り、二階に駆け上がると、陸上部の部室があった。見渡すと、備品がざっくばらんに置いてある。
そして、端っこの方の椅子に座ってるのは、見慣れた後輩だった。
「先輩、お疲れさまっす。」
そいつはいとも平和にあるように言った。
『ダダン ダダダダ』
外で再び銃が火を噴きはじめた。静寂が辺りを支配する。
「ひ……引っ越そうか。」
僕は、表情を変えずにそう言った。変えられなかったのだ。
「「賛成」」
皆の表情は、何に支配されているのだろうか?
『がちゃ』
そうはいっても、何をするのかは僕たちにはわからない。まごつく僕らの横で、間抜けな音を立てて、一人の人間が部室に入ってきた。
背は高く、すらっとした体型に、顎にちょび髭。言わずもがな、憧れの超有名人であり大先輩。
「皆、元気?」
「と……徳先輩?」
「何か困った事があるそうだね。僕でよければ力になるよ。」
一時の静寂が訪れる。
『ダダン ダダダダ』
銃声をBGMにし、親友がようやっと口を開いた。
「僕達……引っ越したいんですが……。」
すると、徳先輩は明朗快活な声で言った。
「そうか!!それなら外にワゴン車があるから、それで引っ越しをしよう!!」
皆が唖然とする中、徳先輩は色々指示を出してくれた。僕達は頷く。
それからといえば早かった。僕が荷物を縛り、後輩と親友が運び、徳先輩が車に入れることで、五分位で引っ越しの準備が終わった。
最後に残ったのは、もう居ない顧問が大会でとった銅メダルと、皆宛のメッセージ。
―がんばれ。
文字とともに、そんな声が聞こえた気がする。
「秀〜早く降りて来いよ〜。」
「ああ。すぐ行く。」
僕は、お世話になった部室の鍵を閉めた。
ありがとう、とも、さようなら、とも言わずに。
「じゃあ、とっとと行こう。」
全員乗ったのを確認すると、徳先輩が車を走らせた。
ルートは決まってなかったが、目指すべきは平和な町。
『ダダンダダダダ』
鳴り止まない銃声が、一瞬止まったような気がする。
『ジリリリリリリリ』
僕の耳に入ってきたのは、忌々しきアイツの声だった。
「秀〜遅刻するわよ〜。」
下で僕を呼ぶ母親の声がする。
夢……だったのかな。
「早くしないとトースト冷めるわよ〜。」
カレンダーを見る。そうだ、今日は大会の日だ。
急いで駆け下りて、朝食を食らう。
僕の顔は今、笑ってるだろうか?
僕はドアを押し開けて走り出す。今日の大会は、親友も出るはずだ。
さあ、がんばろう。そこに道がある限り。
ちなみに、大会に遅刻して、顧問に怒られたのはまた別の話である。
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