第七話―殺人
山崎一成:28才。先駆者の一人、シーク・ギャレイの弟子。能力は“千里眼”、“上書き”、そして“共感”。覚醒してすぐに、他人の精神を乗っ取り、人を殺した感触をフィードバックさせて楽しんでいた。四年前に他の先駆者に捕まり、以来軟禁状態にある。
ざっと銃の使い方を聞きながら(安全装置を押し、引き金を引く。
簡単だった)、五分ほど歩いたところで、建物の影が見えてきた。
薄汚れたコンクリートの壁面に、無愛想な鉄製の扉。窓はどこにも見当たらない。
「響?」
これからどうするのか、という意味で問い掛けたが無視するように先へ進んでしまう。
扉の前に立ち、スーツから鍵を取出し、開ける。
「……なんで、響が鍵を持ってるんだ?」
「所長から借りてきたので」
「じゃあなんでアリシァが鍵を……」
「彼女の師が、奴……山崎をここに幽閉したからです」
幽閉? つまり以前から危険視されていたわけだろうか? ――まあ当然か。
自分の意志でこんな山中に住む奴もいないだろうし。
錆付いた音をたてる扉を開き、堂々と中に入って行く響。
何度か来たことがあるのだろうか? 後に続きながら通路を観察するが、数メートル置きにあるドア以外は、内装までも打ちっぱなしのコンクリートで、まさしく刑務所といった雰囲気で落ち着かない。
何よりも空気が重く、妙な圧迫感を感じる。
窓が無かったのを思い出し、さらに憂欝になる。
「なあ、響?」
……無言。構わず続ける。
「ここにはその、山崎しかいないのか?」
「何故です?」
「いや、そいつ一人の為にこんな所に収容所? 造ったのか疑問が湧いて」
「……ここの壁、何に見えます?」
……コンクリートじゃないのか? 脇の壁を軽く殴ってみるが、それ以外とは思えない固さと冷たさがある。
「コンクリートだろ」
「表面はそうです。中心には鉛の板を入れています」
「鉛?」
「ええ。先駆者の一人が発見したのですが、鉛には能力を抑える力があるそうで。特にESP系には」
ふむ。
能力者には学者もいるわけか。と、響が質問に答えていないことに気付く。
「つまり?」
「……結構手間がかかっているのですが、山崎の他には誰もいません。ここが造られて以来、能力者は事件を隠すようになりましたので」
――罪と罰。ということか。抑止力としては上等だろう。
「……ここですね」
そう言って足を止めたのは、通路の真ん中辺りに位置するドアの前。
他のドアと変わらず、武骨な鉄――いや、鉛のドアだ。
「では行きます。会話は必要ありません。標的を見つけ、撃つ。それだけです」
そして俺の了解もとらず、躊躇なくドアを開く。
――狭い部屋。
ベッド、椅子、机以外には何も無い。 何も?
「いない……?」
呆然としたように呟き、構えた銃を下ろす響。
俺もそれにならい構えを解こうとして……アリシァとの初対面を思い出した。 そうだ、あの時も……。
「ここにはいませんね。食堂でしょうか」
既に緊張感を弛め、訝しげな目を俺に向ける。
本当にいないのか? 注意深く見渡し…部屋の四隅…椅子…。
ベッドのシーツが微かに動いたような気がした。 反射的に引き金を、引く。
「え?」
と、小さな声を上げる響。
パシっといった音と共に、血が、そして男の体が現れる。
「あ、なんで、お前」
下腹部から血を溢れさせた山崎が呻く。
病院に行けば助かるかもしれないが……行かせるつもりはない。
そこまで考え、自分の考えに嫌気がさした。
両腕に残る反動。
硝煙と血の匂い。
ああ、俺は人を殺してしまったのだ……。
俺と山崎を交互に眺めて、無言で山崎に近づいた響が、額にポイントし、発砲。
再び小さな音が響き、山崎は倒れた。
「殺人を犯したのは私です。……さて、帰りましょうか」
死体はどうするのか? そんなことを聞く気力も、響の小さな気遣いに感謝する余裕も無く、俺は黙って頷き、収容所を後にした。
車に乗り込む時に響が呟いた、
「秋人さんのお陰です……、感謝します」
の一言が、やけに耳に残った。