第六話―意志
俺がおかしいと思い始めたのは、高速に乗ったところからだった。
何か妙だな、とは思いつつも、響の無表情が恐くて話し掛けれないでいた。
さすがにヤバいと思い、質問することを決心したのは、時間にして二時間程たった時だった。
「えっと、響さん?」
「はい?」
「俺たち、どこに向かってるんですか?」
「なぜそんな事を聞くんです? 私にとってあなたはただの荷物でしかないのです。よって答える義務はありません」
「……そ、ソウデスカ」
こんなことを言われているのに、腹が立たないのは何故なんだろう……。
「まぁ、――あと四時間といったところですね。眠っていた方がいいのでは?」
「いや、起きたばっかりであまり……」
「では黙っていて下さい」
くっ……。
なんですかこの傍若無人な態度は。
ついつい謝ってしまいたくなるじゃないか。
しかし、四時間か……。
今は岩手の真ん中あたりを南下しているから――東京あたりか? そこになにがある? 雪見は確実に八戸に留まっているだろうし……、追ってくるとしても明日以降になるだろう。
目的が掴めない――。
誰かに助けを求める、とか? いや、携帯やテレパシーがあるしなぁ。
とりとめもない事を考えている内に眠っていた様で、断続的に起こる不自然な振動で目が覚めた。
山……? 車はいつの間にか、舗装もされていない山道を走っていた。
辺りは薄暗く、宵が近いことを感じさせる。
「……あ、起きましたか。ちょうど良いところです。後少しで歩きになりますので、頭を切り替えて下さい」
「あ、ああ。お早よう。ずっと運転していたのか?」
「……当たり前でしょう」
つっけんどんけんに答える響。
ああ、帰りもこの人と一緒なのか……と、厭世的な気分に陥る。
それからしばらく走り、適当な草原に車を停めた響は、キビキビと荷物の整頓を始めた。
トランクのダンボールをごちゃごちゃと掻き回す響が気になり、中身を見ると、どう見ても手榴弾にしか見えない物が目に入った。
――? 目をそらし、タバコに火を点け、再び響に視線を向ける。
傷だらけの拳銃をジャケットの内側にしまう姿が見えた。
さらに用途の分からないナニかが詰まった鞄を手渡してくる。
無言で抵抗したが、やはり無視され、投げ渡される。
落として爆発したら嫌すぎるので受け取ってしまったが……なんだ? この人は何を始めるつもりなんだ!?
ざくざくと山の中を先導している響きに追い付き、聞く。
「そろそろ教えてくれ。――ここで何をするんだ?」
「……人殺し、ですよ」
戦争と言われなかっただけましだが……。
「誰を、殺すんだよ」
「予想、できませんか?」
淡々と響く声。
つまり俺でも分かる相手、という事か。
雪見、ではないだろう。
もしそうなら俺には伝えないはずだ。
では? 今殺すべき人間……。この事件に関わりがあり、さらに俺に予想できる奴。
「……所長から聞いていないのですか?“先駆者”とその弟子のことを」
なるほど、ね。
「つまり雪見を乗っ取っている本人を捕まえようってことか」
「捕まえる? まさか。問答無用です。能力を悪事に使った者は極刑です」
さらりと恐ろしい訂正を返す響。
「……本当に、殺すの?」
あまりにもリアルな、人を殺すという事実が恐ろしく、体中に鳥肌が立つ。
「……では影待さんのことは諦めますか? ええ、それも良いでしょう。もしかしたら所長がなんとかしてくれるかもしれませんから」
そうだ。
あれほどの能力を持ったアリシァがいるんだ。何も殺すことはない。
「ですが」
響は言葉を続ける。
「ここで奴を見逃しては、この先も連続殺人は止まりません」
冷や水を浴びせられた様に体が震える。
「……もっとも、あなたが何と言おうと、私は奴を裁きますよ。あなたに与えられた選択は二つ。車で待つか、一緒に来るか、です」
――俺は何を躊躇していたんだ? 自分の手を汚さずに、なあなあで終わらすつもりだったのか? 雪見をこんな事件に巻き込んだ張本人を見逃して?
「……俺が、やる」
「よろしいのですか?」
当然だ。この事件の主役は、俺なんだ。他人に譲ってなるものかよ。
「銃の、使い方を教えてくれないか?」
我ながら、随分と冷たい声だと、思った。