第四話―遭遇
斎藤隆一郎:イチロウ。能力は、半径十メートル以内の“物質転移”。固定されている物質や、十キロを超す重さの物は動かせない。
「ここか?」
イチロウのバイクで公園にやってきたが、特に目立った所もなく、何をすればいいのかわからない。
「……うーん。見事にガラガラだねぇ。まあのんびり待とうや」
気楽な口調のイチロウはブランコに腰掛け、キイキイと音を立てて揺らし始めた。
――しかしこの公園、どこかで見たような気がする。
いつだったかな? ちょっとした思索も、
「う、あ……あ」
という呻き声に邪魔をされる。
見るとブランコから下りたイチロウが地面にうずくまっている。
なんだ? 軽く辺りを見渡し、雪見がいないことを確認。
携帯をポケットから取り出しながらブランコに向かい歩く。
「おい、何だ? 盲腸か?」
もう呻き声すら聞こえない。
失神してしまったようだ。
舌打ちをして救急車を呼ぼうとして、俺も体の自由が効かない事を悟った。
「……! …?」
声帯すら金縛りにあったようで、何度叫ぼうとしてもひくひくと喉が動くだけで、一ミリも行動を起こせない。
動けないでいる俺に、後ろから何者かが抱きついてくる。
恐怖と、それに反発する怒りで、渾身の力で体を動かす。
――と、突如のしかかっていたプレッシャーが消え、前方につんのめる。
慌てて振り返ると、呆気にとられた様子の雪見が立っていた。
「雪……」
声をかけようとして、思い止まる。
今の雪見は、殺人鬼かもしれないんだ。
ちらり、とイチロウを見る。
まだ夢の国にいるようで、気持ち良さげに目を閉じている。
――俺が相手するしかないのかよ……。
「えっ、と。雪見?」
恐る恐る声をかけ、特に反応が無いのを確認。少しづつ近づいて。
「どこに行ってたんだ?」
後ろ手に、先程もらった手錠を構える。
――後四歩で間合いに入る。
近くに来ると、ますます異常に見える。
絶えず口元を動かしているのは何事かを呟いているからだろう。
ボロボロに擦り切れた制服は、ただそれだけで職務質問の対象になりそうだ。
気付かない内に気を抜いていたのか、一瞬反応が遅れた。
咄嗟に腕で顔を防ぎ、それを見越したのか、胃のあたりに衝撃が響く。
鳩尾の近くだったらしく、吐き気をもよおす痛みが体中に広がっていく。
「お、おいおい……」
地面を転げまわりたかったが、そうもいかないようだ。
ボクサー級の拳を俺に叩きこんだ雪見は、次の目標をイチロウに決めたらしく、ゆらりふらりとブランコに近づいて行く。
失神している今のイチロウは無防備だ。
舌打ちをした俺は雪見の横を走りぬけ、そのままイチロウの顔面に加減して蹴りを入れる。
雪見は立ち止まり、俺とイチロウを交互に眺め――俺に視線を止める。
五メートルはあったろう距離を一息で消し、飛び掛かってくる。
ありえねえ。
どう躱すかすら定まっていなかった俺は、そのまま地面に押し倒される。
「まずは、うで」
感情のこもらないその声は、間違いなく雪見のものだが、その意味を悟り、背筋が引きつる。
「や、やめ……!」
バリッ、というような音を立て、制服ごと腕の肉を食い千切られる。
猛烈な熱さを、痛みだと知覚するまでに数秒。
力の入らない左腕を無理矢理意識から追い出し、右の拳を雪見の腹に叩きつける。
「次は……くび」
まったく効いてない。
だめだ。
俺じゃ雪見には勝てない。
既に腕の感覚も消えかかり、寒気が襲ってきた。
半ばあきらめ、血に染まった雪見の顔から目を背ける。
――と、目を覚ましたイチロウと目が合う。
にやにやと口元を歪ませ、両手に持った手錠をかかげ、それがふっ、と二つとも消える。
手品? 口の動きでそう問い掛け、
「いいや、これが、俺の能力なのさ」
自慢げな口調で返される。
どういうことか、と薄れていく視界の中、正面に視線を移すと、両手足を手錠で縛られてもがく雪見の姿があった。