第三話―情報
アリシァ・フィズ:銀の瞳に黒い髪を持つ、スイス生まれの二十二歳。十一人の先駆者の内の一人。能力は、半径200キロ以内の“千里眼”、“精神操作”、覚醒した人間を見つける、“感知”、そして“念話”。
さて、と呟いたアリシァは、俺に向けて座るように促す。
手近にある椅子を引いて座るのを見てとるやいなや、自分から話し出した。
「あなたに選択権を与えます。この事件の詳しい部分を聞かない権利です。……ああ、勿論聞きたいでしょうね。 しかし聞いてしまってからでは後戻りはできないのです。私は、あなたが何も聞かずにここを去ることを願います」
ふん。巻き込んでおいて何を言うか。雪見が関わっている時点で、やるべきことは全てやると決めたんだ。
「話して欲しい」
俺の決意を感じたのか、哀しげに首を振ったアリシァは話し始めた。
私には、超能力が使えます。そう前置きをして、考えるようにじっと俺を眺める。
「……スプーンの?」
懐疑的に聞こえる台詞だってのはわかっているが、いくらなんでも“超能力”はないだろう。
そのまま返事を待っていると、何だかアリシァの姿がぼやけて見えてくるような気がする。
いや、そんなことはない。見えるのだけれど、まるで別人の様に……?
「……雪見!?」
唐突に焦点が合い、そこには行方不明の雪見の姿があった。
「まあこんなものです。あなたの記憶から彼女の容姿を読み取って、コピー。信じました?」
……確かに、声までもそっくりだ。
これは、現実なのか? 雪見の話だけでも半信半疑なのに、今度は超能力かよ……。
「ああ、ちなみに先程のはあなたの脳波に干渉して、私の姿を見ることができないようにしただけですので。あまり気にせずに」
ああ、そうですか。
「では、信じていただけたようなので続けます」
アリシァが語ったのは次のような話だった。
――この世界には、千人を越える能力者がいる。
約五年前から、十代後半の人間の数%が“覚醒”しているらしい。
能力のレベル、種類はバラバラだが、年齢を重ねるほど強力に、また応用も効くようになるらしい。
つまり、“先駆者”と呼ばれる最初に覚醒した能力者達は、皆化け物じみた強さを持ち、現在は互いに監視しあっている。
雪見の体を乗っ取ったのは、その先駆者の弟子の一人である。
能力者による被害者をこれ以上出さないためにも是非捕まえたい。
「ふうん……」
ある程度はわかったものの、いくつか疑問が残る。
「何でその先駆者は、自分で弟子を捕まえようとしないんだ?」
「それは簡単。彼、今終身刑に服しているのです。彼の能力はESPなんで、強引に抜け出す訳にもいかないみたいで」
可笑しそうに笑うアリシァにげんなりとしながら質問を続ける。
「雪見にとりついたヤツの能力はわかるのか?」
「ええ。“千里眼”と“上書き”、それと“共感”ね」
知らない単語が多すぎる。
「千里眼は何となくわかるが……」
「上書きは、他人の精神をその名の通り書き替えます。共感は、他人の感覚を自分にフィードバックすることができます。 ――彼は、これまでにも何人かの人間を使って人殺しを重ねてきたようです。百戦錬磨と言うやつです。捕まえる際には気をつけて下さい」
言外にこの話はここまでだ、と言われた気がして慌てる。まだ、聞きたいことが……。
「あ、そうでした。捕まえたら私を呼んで下さい。できる限り“見守る”つもりですが念のために」
するりと近づいてきて名刺を渡される。
無言でポケットに入れ、終始無言で通したイチロウを蹴飛ばして部屋を出る。
「……下らない、話だ」
エレベーターに乗り込み、一人ごちる。
「秋人、まだ……」
イチロウの台詞を遮るかのように、突如頭に響く声。
『くだらない、ですか?とりあえずあなた方は郊外の団地にむかって下さい』
「うわぁ?」
くそ、聞いていたのか。
情けない。
つい声を上げてしまった。
完全に人間を超えている。
しかし、能力者、か。
もしかして関わるべきじゃなかったかな?
――後悔先に立たず、とは良く言ったものだ。
未だ口を開こうとしないイチロウを横目で眺め、俺は小さくため息をついた。