第一話―関知
斎藤隆一郎:高校入学と同時に知り合いが勤める探偵事務所でアルバイトをしている。主人公のことを使い勝手の良い人間だと思い、さまざまな仕事を手伝わせる。
「まあ飲もうじゃないか」
テーブルに置かれた二杯のビールを指し示し、目の前でにやついているのは、中学以来の悪友、斎藤隆一郎だ。
長いからいつもイチロウと呼ばれている。
期末試験を間近に控えた学生で、居酒屋なんぞにきているのは俺たちくらいのものだろうな。
そんな否定的思考が態度に出ていたのか、少し慌てた様子で再び酒をすすめるイチロウ。
「ま、まあいじゃん。ほらカンパイ!」
「……おう」
まあ、確かに注文してしまったものは飲まなければいけないしな。
たとえオゴリといえどももったいないし。
「で、何の用があってこんな所で話すんだ?」
今朝方の夢の所為で気分の悪い俺は、とっとと帰って寝たかったのでわざとぶっきらぼうに言った。
どうせまた仕事のアシスタントだろうし。
「ああ、実はな……」
、と語りだした話の内容は、馬鹿らしいものだった。
要約すると、ある殺人鬼の思念にとりつかれた人間を確保したい、とのことだ。
思念? 思想や、理念ではないのか? 俺はイチロウの正気を疑う。
「……たしかお前のバイト先は探偵事務所だったよな? 何で警察に渡さないんだ?」
「ああ、そりゃうちの所長のたっての頼みでね、どうしても警察より先に捕まえなきゃならんそうで」
「人殺しをか?」
「え? ああ。まだそいつは誰も殺してないんだ。まあほっておけば確実に一人以上の人が死ぬけど」
まだ人を殺めていない殺人鬼……何を言っているんだこいつは? 何だかどうでも良くなってしまった。
「……じゃ、俺は帰る」
そう言い捨て、席を立ったところで間が悪く、唐揚げやら刺身やらが運ばれてきた。無言で再び座り、
「これを食ったら帰る」
往生際悪く慌てるイチロウ。
「ちょ、ま、待て待て何で?」
理由を言わないと分からないのか?
「……あのな、正直見ず知らずの人間が殺されようと困ろうと、俺の良心は欠片も痛まないの。それより今期の成績が心配だよ」
「んん? んー。……ああ、忘れてた。影待だよ。影待雪見。その殺人鬼は」
思考が止まる。
生々しい夢がフラッシュバックする。
気がつくと俺はイチロウの襟首を掴み、睨みつけていた。
「どういう、ことだ?」
苦しかろうに、笑みはそのままにがぶりと唐揚げにかぶりつく。
「だから、その殺人者予備隊が雪見なの。どうだ?」
どうもこうも無い。何だ? 今日の夢はこの伏線だったってのか?
「どうだって言われても…」
わずかに苛立ちを込めてイチロウが続ける。
「手伝うだろう?」
ふん、まあいい。
冷静になろうじゃないか。
俺にとって最悪とはなんだ? ……イチロウがの話の真偽ではなく、万が一にも雪見が殺人を犯し、捕まること、だな。 じゃあ最善は?
「考えるまでもない。いいだろう。協力してやるよ」
それを聞きイチロウも目を輝かせる。
「お、いいねぇ! じゃあどんどん飲んで食ってくれ! 明日も学校? べつにいーじゃん気にすんな」
言葉通り餓鬼の様につまみを消化していくイチロウ。
「……イチロウ。俺はまだ信じた訳じゃないからな」
小さく呟いたその台詞は、イチロウには届かずに居酒屋の喧騒にまぎれた。