第零話ー予兆
ここは……どこだ?
今まで何をしていたのか、前後の記憶がはっきりとしない。
緩やかにあたりを見渡す。どうやら公園の様だ。あたりには公営の団地が乱立しており、ぽっかりと開いた空間に俺は一人立ち尽くしている。
「えっと……?」
まずはここから離れよう。少し歩けばどこか知っている通りに出るかもしれない。
そう思い、出口に向かいかけたところで、とん、と肩を叩かれる。
あれ? 誰もいなかった、ハズじゃあ?
振り返り、見知った顔に安堵する。
「ああ、雪見か」
さらりと肩ほどまで伸ばした黒い髪に、大きめの瞳。着ている制服が何故か埃にまみれているのが気になるところだが……。まあいい。俺がこんな所にいる理由を知っているかもしれん。
「なあ……?」
その疑問を口に出そうとしたところで気付く。
あれ? 雪見の、というか、人間って、こんな細長い瞳孔をしていたっけか……?
ふと、考え込んだ隙に、ふらり、と雪見が近づいてくる。そして、そのままの動きで、俺の左腕に、噛み付く。
「え?」
新手の求愛行動か?
冗談半分にそう考えたのも、服ごと腕の肉を食い千切られ、鮮血が飛び散るまでだった。不思議と痛みは感じずに、それよりも何故? といった思考に体が支配される。
服を赤く染め、だらだらと流れ続ける血に本能的な恐怖を感じ、逃げ出そうとするが、足が動かない!
顔の下半分を血に染めた雪見は、口元を歪め、今度は首元へとその口を近づける……。恐怖か不可解さかに固まってしまった俺は動けずに、その動きを眺めるだけだ。
「……!」
叫び声をあげる暇も無かった。
今度は喉かよ。
ひうひうと、声にならない空気の流れを耳にして……俺は目が覚めた。
「う、う?」
はっきりしない頭を振りながら目を開ける。
いつも通りの寮の自室。無機質な机に白いカーテン。そして限界まで詰まった本棚。
それらを目にして、ああ、あれは夢だったのか、と実感が湧き、記憶と共に恐怖も薄れていく。そろり、とベットから抜け出して窓を開ける。
冷たい風が吹き込んできて、ほてった体にちょうどいい。
「はぁ。……なんだ、今のは?」
かの偉大なるフロイトはこの夢をどう評するのだろうか?
俺が、あいつを、恐れているってことか?
影待雪見−−自分の、彼女を。