表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
バレリア大陸編
97/300

第97話 腐敗臭漂う井戸

「ここだ」


 アオがそう宣言し、振り返る。


「えっ? こ、ここって……」


 クロトは苦笑する。アオの後ろにあるのは古びた井戸だった。

 しかも、明らかに腐敗臭を漂わせている。流石のクロトもライも鼻を摘み表情を引きつらせていた。そして、あのケルベロスも、右手で鼻を摘み、白目を向いていた。

 こんな森の奥だ。誰も井戸なんて使わないだろう。故に、水は腐敗し異臭を漂わせていたのだ。

 流石にアオも予想外の臭いだったのか、その表情が徐々に引きつる。そして、ゆっくりと井戸から離れていく。

 その姿をクロトとアオは目で追い、顔を動かす。


「リーダー……マジでここ使ったんですか?」


 ライがアオへとジト目を向ける。その視線の先では、アオが大きく深呼吸していた。今まで息を止めていたのだ。

 ひたすら深呼吸を繰り返すアオの姿に、クロトとライはほぼ同時にため息を吐いた。


「と、とりあえず……どうしようか?」


 鼻を摘むアオが、鼻声で困った様に笑う。流石に現状の井戸に入るのは無理だと判断したのだ。

 青筋を額に浮かべるケルベロスは、口元を僅かに震わせる。


「お前……どうする気だ?」

「いや、だから、それを、俺が聞いてるわけなんだけど……」


 苦笑するアオに対し、ケルベロスは睨みを利かせる。その赤い瞳に睨まれ、アオは「あれ? 怒ってる?」と後退りする。威圧的なケルベロスに完全に圧倒されていた。

 困り果てるクロトは腕を組み異臭を漂わせる井戸を見据える。幾ら王宮に忍び込む為とは言え、あの異臭の中を進む勇気は無い。

 それに、あんな臭いを体に纏わせて王宮内を歩けばすぐに見つかってしまう。そうなってしまっては忍び込む意味が無い。

 右手で口元を覆い、クロトは「ふむっ」と息を吐く。


「やっぱり、おかしいよな」


 ボソッとそう呟いたのはライだった。その声に、クロトはライへと顔を向ける。


「おかしいって何が?」

「んっ? あぁ……。この臭いだよ。確かに、強烈だけどさぁ……。幾らなんでもこの臭いはおかしいと思うんだよ」


 上手く説明出来ず、ライは左手で茶色の髪を掻き毟る。何かが頭の隅に引っかかっているが、それが何なのか分からなかった。

 そんなライにクロトは小さく首を傾げ、ゆっくりと視線を井戸の方へと戻した。確かに、クロトも何か違和感を感じていた。しかし、それが何なのかイマイチ分からない。

 眉間にシワを寄せるクロトは、首を傾げマジマジと井戸を見据える。

 綺麗に積み上げられた石。

 滑車から垂れる丈夫そうな縄。

 どれもこれも、何故だか真新しくクロトには見えた。長い間使われていないはずなのにと、クロトは眉間にシワを寄せる。

 どうにも腑に落ちない。コケ一つ生えていない事が――。ツル一つ巻いていない事が――。

 本当に、長い間、使われていなかったのだろうか、と言う疑問がクロトの頭を過ぎる。そして、その足が自然と井戸の方へと進む。その行動にライがいち早く気付き叫ぶ。


「ちょ、クロト!」


 ライが右腕を伸ばし、クロトを制止させようとする。だが、ライの声が聞こえていないのか、クロトの足は止まらない。

 ライの声にケルベロスとアオの視線はクロトの方へ向く。


「お、おい! アイツ……」

「クロト! それ以上近付い――」


 アオが突如言葉を呑む。古い記憶が僅かに頭の中をフラッシュバックする。昔、ここから逃げ出した時の記憶が――。

 やがて、クロトは井戸の縁へと手を掛け、異臭の漂う井戸を覗き込んだ。


「あぁぁぁぁっ!」


 それと同時にアオが叫ぶ。隣に並ぶケルベロスは耳を塞ぎジト目を向け、ライも驚き顔をアオへと向けた。


「な、何だよ! リーダー!」

「アレ? これって……」


 ライが声をあげるのとほぼ同時に井戸を覗き込んだクロトが呟く。

 そして、アオが乾いた笑い声を上げ、ソロソロとケルベロスから距離を取った。


「なぁ! この井戸――水なんて無いぞ!」


 クロトが振り返り、三人に向かって叫んだ。


「なっ!」

「み、水が無いっ!」


 その言葉にケルベロスとライは驚き声を上げる。しかし、アオだけがぎこちなく笑みを浮かべていた。その表情にクロトは訝しげな表情を浮かべ、その反応の薄さにケルベロスとライは静かにアオへと顔を向ける。


「……リーダー」


 ライがジト目をアオへと向け、


「お前、知ってたな?」


 ケルベロスは表情を引きつらせ、額に青筋を浮かべる。

 二人の視線にアオは視線を逸らせ、右手で頭を掻く。


「あれぇー……言わな……かったっけ?」


 苦笑し、そう呟くアオに対し、ケルベロスは右眉をピクつかせる。

 そんな中、クロトは未だに状況を理解出来ていなかった。右手で鼻を摘み小首を傾げるクロトは、深く息を吐き三人の方へと足を進める。


「なぁ、俺の話聞いてた? 井戸にさぁ――」

「クロト! お前は少し黙ってろ! 今、コイツに話がある」


 腹の底から吐き出されたケルベロスの声に、クロトは目を細めアオへと視線を向ける。


(一体、何があったんだ?)


 訝しげな表情を浮かべ、クロトは首をかしげた。

 指を骨をバキバキと鳴らすケルベロスは、アオへと一歩踏み出す。


「さぁ、覚悟はいいな?」

「いやぁ……全然……」


 アオが表情を引きつらせそう言うと、ケルベロスは両拳に炎を灯す。


「歯ぁー食いしばれ!」

「わわっ! け、ケルベロス!」

「お、落ち着け!」


 拳を顔の横に構えたケルベロスに対し、クロトとライが慌てて止めに入る。クロトが後ろからケルベロスの体を抑え、ライはケルベロスとアオの間に割って入った。


「こ、ここ、こんな事してる場合じゃないだろ!」


 クロトが後ろからケルベロスを押さえ声を上げ、


「と、とりあえず、その手の炎を消そうか!」


 と、ライが両手を前に出しそう告げる。ケルベロスは、眉間にシワを寄せた。そして、静かに鼻から息を吐き、拳の炎を消す。

 ケルベロスも思い出したのだ。今、こんな事をしている場合じゃないと。だが、相変わらずアオへと鋭い目を向ける。


「じゃあ、説明してもらおうか? 一体、お前は何を知ってる?」


 ケルベロスの問いに、アオの視線が逸れた。その瞬間にクロトもライも呆れた様にジト目を向ける。完全に何かを知っていると、クロトもライも分かったのだ。


「何隠してるんスか?」


 両肩を落とし背をやや丸めて、ライは問いただす。すると、アオは「はははっ」と乾いた笑い声を吐いた後、半歩足が下がる。

 その行動に三人は蔑む様な眼差しを向けた。アオは嘘がつけないタイプなのか、その態度があからさまだった。

 クロトも疲れた様に深くため息を吐き、ケルベロスから手を離す。


「ケルベロス……とりあえず、一発殴っとこうか?」

「俺の気持ちが分かったか?」

「ああ。俺も、止めて悪かったよ」


 スッとケルベロスの前からライは退く。クロトとライの行動に、アオはぎこちなく笑みを浮かべる。


「あ、あれ? もしかして……皆、怒ってる?」


 確認する様に尋ねるアオに対し、ケルベロスは右拳へと蒼い炎を再度灯した。

 そして、鈍い打撃音だけが森へと響いた。



「で、何を隠してるんだ?」


 右拳から僅かに白煙をあげるケルベロスが、静かに尋ねる。

 頬を腫らしたアオは、その場に正座し俯き答える。


「あ、あでをやっだのば、おででず……」


 頬が腫れて上手く喋れないアオに、クロトとライは顔を見合わせる。そして、吐息を漏らす。


「何言ってるか聞き取れないね?」

「全くだ……ケルベロス。やりすぎだぞ」

「すまん……つい、本気になってしまった」


 申し訳なさそうなケルベロスに、ライは腰に手をあてため息を吐いた。そんな二人にクロトは苦笑し、アオは一人涙を流していた。

 それから数分後、ようやく腫れが引いたアオは、正座したまま答える。


「実は……アレ、俺がやったんだ」


 アオは右手で頭を掻き、「はっはっはっ」と大らかに笑う。まるで他人事の様に。

 そんなアオへと三人はほぼ同時に蔑んだ目を向け、深くため息を吐いた。アオには何を言っても無駄なのだと、分かったのだ。

 眉間にシワを寄せ、ライへと目を向けたケルベロスは、同情する。


「大変だな……、あんな奴をリーダーに持って」

「ははっ……慣れだよ。もう、あんな奴だって思っているからさぁ」

「そんなに褒めるなよ、ライ。恥ずかしいだろ?」


 恥ずかしそうにハニカミ頭を掻くアオに、ライは呆れた眼差しを向けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ