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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
バレリア大陸編
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第92話 生きて帰る為の覚悟

 深夜。

 クロトは一人考えていた。

 壁際に置かれたベッドの上で、天井を見上げながら。

 レベッカに頼まれた。


“ロズヴェルを助けて”


 その言葉が頭を巡る。

 レベッカの気持ちを考えれば、助けに行きたい。例え、ロズヴェルが変ったとしても、レベッカにとって彼は大切な人だから、助けたいと思うのは当然だろう。

 クロトだって、力があるなら助けに行きたい。だが、ロズヴェルを助けるだけの力が無い。それに、ケルベロスも傷が酷い。この状況で、王国軍の本拠地に行こうと言うのだ。無謀の一言しかない。

 頭の後ろで手を組み、小さく息が吐き出される。その音に、隣りのベッドで寝るグレイの静かな声が聞こえた。


「まだ、考えてるのか?」


 静まり返った室内にグレイの声だけが響く。

 ゆっくりと体を起こすクロトは、深刻そうな顔で自分の両手を見据える。


「レベッカの頼みは聞きたい。でも、俺には彼女の願いを叶えるだけの力が無い。だから――」


 唇を噛み締め、言葉を呑む。閉じられた瞼に力がこもり、肩が震える。

 悲しかった。ただ一人の少女の願いを叶える事が出来なくて。

 悔しかった。非力で無力な自分自身の力の無さが。

 肩を震わせるクロトに、グレイは小さく息を吐き落ち着いた口調で告げる。


「お前は強い。間違いなく、お前はジンと同じ――いや、それ以上の強さを秘めている」


 グレイが告げた言葉は、クロトを慰める為のモノではなく、彼自身が実際に感じた感想だった。初めて手合わせした時から感じていたクロトへの違和感を、グレイはようやく理解したのだ。

 だが、クロトはその言葉に首を振る。


「俺は……誰も守れなかった……」


 俯き、両手でシーツを握り締める。

 その目に――、記憶に――、焼きつく。泣き叫ぶ者が――、嘆く者が――、冷たくなった者が――、地面へと広がる血が――。目を閉じればその光景が頭の中を巡る。

 苦しむクロトの姿に、グレイは静かに息を吐く。


「今のお前に足りないのは覚悟だ」

「覚悟はしてる! 俺だって、それなりに……」


 怒鳴り、隣のベッドに居るグレイを睨む。

 クロトも覚悟はしている。この身を挺してでも皆を守ると、言う強い覚悟を。だが、クロトの言う覚悟とグレイの言う覚悟は違っていた。

 だから、グレイはもう一度静かに息を吐き、穏やかな眼差しをクロトへと向ける。


「お前の覚悟は死ぬ覚悟だ。確かに、誰かの為に命を賭ける覚悟をすれば、相手に対し臆す事無く突っ込める。

 だが、それは諸刃の剣。結局、死を覚悟すると言う事は、自分は死んでも構わないと、言う考え方だ

 故に、勝つと言うよりも最初から引き分け狙い」


 グレイの重い言葉に、クロトは息を呑む。

 グレイの言う通りだと、クロトは唇を噛み締める。基本的にクロトは強者と戦う時、最悪、相打ちになればいい。そう言う考えだった。自分が弱いと自覚するからこその考え方に到る。その考えに到るのは、クロトにはオーラを見る事が出来る右目があるからだ。

 あの右目が反応するのは強い者だと言う認識が、クロトにあった。もちろん、実際、強い者に対して過剰に反応はしていた。だが、本当は特定の能力を持つ者の感情に反応しているだけ。

 魔力が一定以上、精神力が一定以上、身体能力が――。色々と細かい条件があり、その基準を超えた者の感情が高まった時に、疼きクロトへと知らせる。

 その事をクロトは知らない。だから、右目が疼くと目の前にいる者は強いと勝手に判断してしまうのだ。故に、クロトは常に相打ちに持ち込もうとするのだ。

 だが、グレイはその事に気付いていた。ジンがそうだったから。だからこそ、クロトへと告げる。


「お前がしなければならない覚悟は、生きて帰ると言う覚悟だ」

「生きて帰る? どう言う――」


 怪訝そうな表情のクロトに、グレイは呆れた様に吐息を漏らす。


「お前は馬鹿か?」


 唐突にそう告げるグレイに、クロトは思わず怒鳴る。


「ば、馬鹿って! いきなりなんだよ!」


 真剣な話をしている最中に言われた一言に、クロトは不満げだった。だが、グレイは眉間にシワを寄せまた呆れた様にため息を吐くと、右手で頭を掻く。


「お前……自分が何処から来たのか、忘れたのか? お前が帰るべき場所。それは、元の世界だろ」


 静かに告げられたグレイの言葉に、クロトは思い出した。自分が帰るべき場所、その世界の人達の事を。


「ジンはそうだった。

 必ず生きて元の世界に帰る。その想いだけを胸に、この世界で生きてきた。

 どんな強敵と戦おうとも、どんな窮地に立たされようとも、彼は元の世界に帰ると言う強い気持ちで切り抜けていた」


 だからこそ、ジンは強かった。

 元の世界に絶対に帰ると言う覚悟は、この世界で絶対に死なないと言う強い覚悟でもあった。クロトのしている覚悟とは根本的に違う、生き延びる為の覚悟。

 故に、どんな窮地に立たされようが、生きる事を優先に考える。どう切り抜ければいいか。どう戦えばいいのか。一見、それは弱気な逃げの姿勢に見えるかもしれない。だが、人は生きようとする時、大きく成長する。

 同じ素質を持つクロトとジンの覚悟の違いが、強さの違いだとグレイは確信していた。

 ここ数日、剣を交えグレイが気付いたクロトの持つ能力。剣術や魔力の使い方はまだまだだが、その身体能力はグレイを遥かに凌いでいる。クロトにその自覚が無いのは、自分がグレイよりも劣っていると思っているからだ。

 だが、問題はそれだけではない。クロト自身が、これをただの鍛錬だと思い本気を出していないと言う事が、一番の問題だった。手を抜いているわけではない。ただ、相手を思うあまりに無意識に力をセーブしているのだ。これが、グレイが、クロトと初めて剣を交えて感じた違和感の正体だった。

 その問題は、実践にも現れている。倒すべき相手にも、殺したくないと言う気持ちが勝り、本来の力が発揮できない。故に、クロトは最初から相打ち覚悟の戦法しか出来ないのだ。


「いいか。お前は強い。間違いなく、ここに居る誰よりも。

 だから、覚悟を決めろ。生きて元の世界に帰ると。立ち塞がる者には容赦しないと」


 グレイは静かに告げる。

 その言葉をクロトが信じるかは分からない。だが、これは間違いない真実で、グレイは奥歯を噛み締め、拳を握り締める。

 悔しかった。長く厳しい修行により力を手に入れたが、クロトの能力はそれを凌駕する。しかも、本人はその力の強さを知らず、無意識にセーブしている。認めたくないが、グレイは嫉妬していた。クロトの能力に対して。

 俯くクロトは自分の手を見据える。弱いのは自分が一番分かっている。だから、グレイの言葉が信じられない。自分がこの中の誰よりも強いと言うグレイの言葉が。

 確かに、覚悟は足りなかった。生きて帰る。そんな覚悟をした事なんてなかった。だが、覚悟を変えただけで強さが変るとは思えなかった。

 視線を向けたその手を握り締める。本当にそれで強さが変るなら。覚悟を決めるしかない。自分は生きて元の世界に帰るんだと。絶対に、この世界で死なないと。意志を固める。

 目を伏せ、静かに息を吐く。その吐息だけが部屋に響く。その音に、グレイは肩の力を抜き、ベッドへと倒れた。少し固めの枕が埃を舞い上げ、グレイは静かに口を開く。


「お前にとっては難しいかもしれないな。人を傷つける事を躊躇っている内はな」

「でも、相手にだって大切な人、守りたい人が居るかもしれないし、その人を待ってる人だって――」

「気持ちは分かる。だが、お前の守りたい人、大切な人はどうする? お前の目的はどうする?

 相手だって生きる為に必死に命を獲りに来る。そんな相手をお前は傷つけたくないと躊躇うのか?」


 厳しい口調だが、グレイの言っている事は正論だった。

 以前、船上でケルベロスと手合わせをする事になった事を思い出す。あの時、何故ケルベロスが怒ったのか分からなかったが、今に思えば分かる。ケルベロスは常に本気だったのだと。

 クロトは瞼を閉じ、意識を集中する。魔力がクロトの体を包み、強大な魔力の波動が溢れ出す。それを感じグレイは顔をクロトへと向ける。

 吐き出された吐息が熱気を帯び、クロトの瞼が静かに開かれた。右目が赤く輝く。クロトの覚悟がその目を輝かせていた。元の世界に絶対に帰ると言う覚悟を決めた証でもあった。まだ光は弱々しく安定はしていないが、それでもクロトの覚悟は決まっている。


「一応、覚悟したみたいだな」


 静かに呟くグレイが薄らと笑みを浮かべた。その声はクロトに聞こえていない。それ程、集中していた。



 その頃、この集落へと続く唯一の入り口である岬の洞窟の前に、四つの影があった。

 茶色の髪を揺らす、四人の中で最も小柄な男が、不安そうな表情で真っ暗な洞窟を見据える。


「リーダー。本気で行くんすか?」


 不安げな声に答えるのは先頭で腰に手を当て仁王立ちする若者。


「当然だろ?」


 洞窟から吹き抜ける風が彼の短い黒髪を撫でる。傷だらけの胸当てを身につけ、大らかに笑う。

 一方、その後ろで佇む女性は、腰まで届く金色の髪をかき上げ、呆れた様子で息を吐く。


「ここまで来て、引き返せないでしょ? それに、任務なんだから仕方ないでしょ」

「けどさぁ……」


 彼女の言葉に、小柄な男は不服そうな表情を浮かべる。そして、その視線が一番離れた位置に佇む重々しい鉄の鎧をまとう大柄な男へと向く。男の緑色の短い髪が揺れ、ゆっくりとその顔が小柄な男へと向けられた。


「…………」

「何も言わねぇーのかよ!」


 無言でジッと自分を見据える大柄の男へと、小柄な男はそう怒鳴る。その声が洞窟内へと反響し何度も響き渡った。

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