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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
バレリア大陸編
88/300

第88話 水を差されて

 静寂の中、ゆっくりと動き出すロズヴェル。

 その姿を目で追うグレイは、静かに剣を構えなおす。

 間合いを測り、棍棒を構えるロズヴェルは、不適な笑みを浮かべる。

 寒気が体を襲う。先ほどの一撃で裂けた服の合間から覗くグレイの胸。その表面は僅かに黒焦げていた。それだけ、先程の技は強力だった。

 あの技のイメージから、グレイの足は自然と下がる。警戒していた。あの威力の技を直接貰うわけには行かないと。

 対峙し、視線を交錯させたまま動かぬ二人。互いにけん制しあっていた。

 完全な静寂。

 睨み合う赤い瞳と紫の瞳。

 交錯し、ゆっくりと静かに時だけが過ぎる。

 風が緩やかに吹き抜け、土埃が二人の足元を漂う。

 木々は静寂を彩る様に葉を擦れ合わせ、音を紡ぐ。

 額から流れた汗が、頬を伝い静かに落ちる。

 すり足で右足を半歩出すグレイは、その体から魔力を放出。この男が危険だと判断し、余力を残さず全力で行く事を決める。

 彼の体から溢れる魔力の波動。それにロズヴェルも気付く。


(ようやく、本気を出すか……)


 不適な笑み。そして、舌なめずり。目つきが変る。

 鋭く殺気に満ちたその眼差し。全身にまとう精神力。そのオーラが薄らと輝く。

 渦巻く魔力。逆巻く精神力。

 二人の間で混ざり合う二つの力。それが、激しい風を生む。吹き荒れる暴風。それが、グレイとロズヴェルの黒髪を揺らす。

 剣を腰の位置で構えたグレイが、右足を踏み出す。魔力に寄る武装強化。刃を包む疾風。それが、空を裂き一閃。

 金属音が轟き、火花が迸る。ぶつかり合う剣と鋼鉄の棍棒。

 互いに譲らず、互いに武器を交錯させたまま睨み合う。

 力は互角。ぶつかり合ったまま、互いにわずかに武器を震わせるだけ。

 だが、その均衡が崩れる。ロズヴェルの異変によって。

 隆起する彼の右腕。二倍、いや、三倍以上も膨れ上がったその筋肉。そこに浮き上がるはちきれんばかりの太い血管。

 その太い腕から生まれる怪力。それにより、棍棒が力強くグレイを弾き飛ばす。

 後方、僅かな坂道を、後ろ向きで滑り上がる。左手を地に付け、前傾姿勢。踏みとどまった両足は地面を抉り、土煙が激しく舞う。

 右手に持った剣。その刃が震え、僅かな音を響かせる。訝しげな表情。そして、悟る。


(そうか……肉体強化……)


 眉間にシワを寄せ、唇を噛み締める。

 膨れ上がった右腕をゆっくり引いたロズヴェルは、棍棒を地面へと突き立てた。

 轟音。そして、地響き。大きく揺らぐ。深く亀裂が走り、遅れて地面が捲れ上がる。舞う土煙の中で不適に笑うロズヴェルは、更に精神力を練る。


「くっ……」


 その行動に遅れ、グレイも魔力を剣へと込める。二人の視線が交錯。そして、動く。

 右手で地面に突き立てた棍棒を抜き、大きく振りかぶる。それに対し、グレイは駆ける。低い体勢で坂道を。

 だが、そんな彼へと強靭な腕から放たれる棍棒。鋭い突きが空を裂き、地面を砕く。


「チッ!」


 跳躍するグレイ。身を丸め回転し、ロズヴェルの頭上を越え、背後で着地。眼光が輝き、右回りに反転しながら剣を振り抜く。

 漆黒の閃光が横一線に走る。

 しかし、ロズヴェルは地面に棍棒を突き立てたまま跳躍。そして、そのまま地面に突き刺さった先端を軸にして向こう側へと着地する。距離がまた広がった。

 空を切った剣を構えなおすグレイ。ロズヴェルもそれに合わせる様に棍棒を構えなおす。

 僅かに呼吸を乱す両者。分かっているのだ。両者とも。一撃でも受ければ終わりだと。その為、大幅に神経をすり減らしていた。

 緊迫した空気が、重々しく二人を包む。また、静かに二人の右足が前へと出る。

 口からゆっくりと息を吐くグレイが、両手で剣の柄を握り締めた。腰を落とし足の指先へと体重を乗せる。刃を包む風が高速で刃を振動させる。

 鼻から息を吐くロズヴェル。膨れ上がった右腕で棍棒を握り、前傾姿勢。そして、精神力を魔力へと変換し、手馴れた様子で属性変化。それにより、棍棒の両端に雷撃が弾ける。

 睨み合う二人が、ほぼ同時に地を蹴る。坂を下るロズヴェル。その腕から放たれる鋭い突き。それをグレイは剣の平で受け流す。刃と鋼鉄の棍棒が擦れ合い火花が散る。

 顔の横を通過する棍棒。その鋭い風音が耳元を過ぎ、衝撃が髪を僅かに揺らす。それでも、グレイは動きを止めず、ロズヴェルの懐へと入る。

 二人の視線が交錯。右足が踏み込まれ、体重を乗せる。


(行ける――)


 グレイがそう判断し、腰を回し、腕を振るう。


(くっ! かわせ――!)


 ロズヴェルもそう考える。だが、刹那、重々しい鎖の音が二人の耳へと届く。

 二人の戦いに水差すその音。その正体にいち早く気付いたのはグレイだった。体を締め付ける重々しい鎖。それが、地面から伸びグレイの腕、足、全ての動きを拘束する。

 それに遅れ、ロズヴェルがその場を飛び退く。後塵が巻き上がり、体勢を整える。視線を上げ、グレイを見据えた。

 剣を振り抜く体勢で動かないグレイ。その体に薄らと見える鎖。そして、僅かに声が響く。


「制約の鎖」


 坂の下にある洞窟。その前に佇む十人のガーディアン。彼らは片膝を着き、輝く両手を地面へと着ける。

 制約の鎖。ガーディアンのみが使用出来る相手の動きを制御する技。これにより、グレイの体は完全に拘束される。使用するには特定の条件が必要で、本来は対人と言うよりも、対獣用の捕獲術だった。

 条件として、相手を弱らせる事。そして、気付かれない様に数本楔を打ち込まなければならない。だが、今回は幾らでも打ち込むチャンスはあった。グレイの意識は完全にロズヴェルへ向かっていたから。

 十人のガーディアンによる強力な鎖。それは重く、ゆっくりとグレイの膝は地面へと落ちる。体が重く、地面へと引かれる。


「ぐっ……」


 奥歯を噛み締め、前方のロズヴェルへと目を向ける。

 ドス黒いオーラをまとうその姿に、グレイは瞼を閉じた。身動きの取れない状態。この状態ではロズヴェルの攻撃をかわす事は出来ない。俯き奥歯を噛み締めたまま息を吐く。

 重々しい音と共に踏み出されるロズヴェルの左足。地面が砕け、砕石が舞う。全ての体重を乗せ、上半身を大きく捻る。膨れ上がった右腕が大きく引かれた。

 握られた棍棒を走る激しい雷撃。トドメを刺すつもりなのだろう。その雷撃は今までとは比べ物にならない程大きく迸る。

 雷撃が弾ける音が轟き、周囲を包む。


「猛虎雷砲!」


 体重を乗せた左足が捻られる。左肩が引かれ、腰が回転。右肩が前へと押し出され、右腕が振り抜かれる。

 虎の如く雷鳴が轟き、雷撃を纏った棍棒がその手から放たれた。

 閃光一閃。大気を裂く青白い稲光。そして、鮮血が舞い、雷撃が宙へと広がった。

 頭を貫かれ、崩れ落ちる一つの肉体。

 壁に突き刺さった棍棒。

 その壁には放射線状に血が附着していた。

 呆然とする。その場に居た誰もが。


「てめぇら! 何、邪魔してんだ」


 ロズヴェルの激しい殺意の篭った声が、ガーディアンへと向けられる。地に手を着いていた、九人のガーディアンは、その声に静かに手を離す。彼らの足元に転がる一つの顔の無い遺体を見据えて。

 ゆっくりと膝を上げるグレイ。彼は、訝しげな表情でロズヴェルを見据えた。

 ロズヴェルの放った棍棒。それは、グレイの顔の横を通過し、後方に居た一人のガーディアンの頭を貫いたのだ。僅かに黒髪を焦がし、嫌な臭いが漂う。

 膨れ上がっていた右腕が、元に戻っていた。脱力し不快そうな表情を浮かべる。鼻筋にシワを寄せ、鋭い眼光がグレイ越しにガーディアン達へと向けられた。


「誰が、余計な事しろって言ったんだ?」


 静かな殺気立った声。その声に、ガーディアンはおびえ、目を逸らす。

 わけが分からず、グレイはその場に立ち尽くす。視線がロズヴェルと交わる。そして、彼は静かに尋ねる。


「どう言うつもりだ?」

「ふん。この勝負はお預けだ」


 肩を竦めそう答える。邪魔が入らなければ、ロズヴェルは間違いなく一太刀喰らっていた。と、言っても致命傷にはならなかっただろう。何故なら、彼にはそれを防ぐだけの能力があった。その自信の表れか、彼は無防備に両手を広げる。


「俺としては十分楽しめた。それに、まだ本調子じゃないからな」

「俺がそれで、見逃すと思ってるのか?」


 赤い瞳がキッとロズヴェルを睨む。だが、ロズヴェルは不適に口元を緩める。


「見逃すさ。出なきゃ、ここは王国軍に突破される」

「取引ってわけか?」


 剣を下ろし目を細める。すると、彼は肩をもう一度竦める。


「取引……。まぁ、そう言う事にしてやるよ」


 不適に笑うロズヴェル。だが、その瞬間、場を押し潰す程の気配が漂う。


「――ッ!」

「くっ!」


 いち早く反応するグレイとロズヴェル。

 そして、重量感のある衝撃音と共に、地上へと何かが降り立つ。


「な、何だ!」


 グレイとロズヴェルがほぼ同時に同じセリフを口にする。そして、衝撃により舞い上がった土煙の向こうへと視線を向けた。

 地面は大きく陥没し、深いヒビが広がる。激しく舞い上がった土煙が徐々に薄れ、その向こうに人影が映る。

 光沢のある漆黒の鎧。それが、軋み動き出す。顔まで覆うフルアーマーを着たその人物は、重々しく足音を響かせる。そして、その鉄仮面から覗く血の様な赤い瞳が二人を目視する。

 刹那。二人は同時にその場を飛び退く。剣を構えるグレイ。棍棒を呼び戻すロズヴェル。戦闘態勢へと入る。その眼光は鋭いが、瞳孔は僅かに開いていた。

 異様な雰囲気を漂わせるその者は、静かに口を開く。


「ここで、止めて貰っては困る。

 貴様らのどちらかには、ここで死んで貰わなければな」


 低く穏やかな声。だが、言っている事はその声と裏腹に恐ろしい事だった。

 敵対していたグレイとロズヴェル。互いの意識が一致する。

 コイツは危険だと。今すぐに倒さなければならないと。

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