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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
バレリア大陸編
82/300

第82話 魔族も人間も同じ人

 静かな森に佇む二人。

 吹き抜ける緩やかな風。草木が擦れ、二人の黒髪が静かに揺れる。

 グレイの告げた真実。

 英雄戦争が起こる直前の出来事。

 そして、ジンを殺したのは魔族だと言う事。

 それらを知り、クロトは複雑そうな表情を浮かべていた。一体、彼は何を知っていたのか。何故、殺されたのか。疑問は残る。

 沈黙の中、グレイが静かに仮面を取った。綺麗に整った穏やかな顔。とても、穏やかで優しい。その顔がクロトへと向けられる。しかし、その顔と裏腹にその目は強く鋭い。その眼差しにクロトは気付く。二人の視線が交錯し、時が静かに流れる。

 風が止み、全ての音が消える。村の方から小さな声だけが微かに聞こえていた。その静寂を破る。グレイの低く幼さの残る声が。


「俺は後悔してる。あの日、あの人の事を報告した事を。

 この世界の事を一番考えていたのはジンだったのに、俺は――」


 僅かに俯き、彼の拳が震える。その目から零れ落ちる一粒の涙。だが、すぐにその赤い瞳をクロトへと向ける。涙で潤むその目を。


「お前は何なんだ? あの人とどう言う関係なんだ!」


 声を荒げるグレイ。強い眼差しが真っ直ぐに向けられ、クロトはその目を見据え返す。交錯する視線。その視線を外したクロトは小さく首を振った。


「悪いけど、俺はその人の事を知らない」

「じゃあ! 何で、お前はその目を持ってる! 何で、あの炎が使える!」


 彼の言葉にクロトは口ごもる。言うべきなのか、迷う。自分が異世界から来たと言う事を。

 しばし考える。時だけが過ぎ、グレイは痺れを切らせクロトへと掴みかかった。

 胸倉を掴み、その強い目で睨む。そして、声をあげる。


「教えてくれ! お前は一体……」

「俺は――」


 クロトは静かに告げた。自分が異世界から来たと、言う事を。

 驚愕し瞳孔を広げる。クロトの胸倉を掴む手から力が抜け、自然とその足は下がった。静かに流れる時が一瞬止まる。グレイは言葉を失っていた。



 廃墟となっていたはずの町は綺麗に修復されていた。家も、道も、畑も、墓も。全てが修復され、綺麗になっていた。草木も整い、美しい花々が町を彩る。

 尖った耳、褐色の肌の魔人族。獣耳の獣魔族。小さな角を生やす龍魔族。三つの魔族が集まっていた。初めて目にする龍魔族にセラは驚きを隠せない。丁度、耳の付け根辺りから斜め上へと生える角。長さは十数センチ程。

 同じ魔族なのに、こんなにも違う。そう思い小さく頷く。

 そんなセラの隣りに佇むルーイットも、同様に感じていた。それだけ、龍魔族の存在は目を惹く。

 感嘆の声をあげる二人。そこから少し下がった所に佇むレベッカ。目は虚ろで、足元はおぼつかない。聖力を使い過ぎ、その疲労が出ていた。よろめき、足がもつれる。そして、前の二人へと体ごと倒れこむ。


「レ、レベッカちゃん!」

「ど、どうしたの?」


 セラが悲鳴の様な声を上げ、ルーイットは慌ててその体を支える。堅く閉ざされた瞼。薄らと開かれる唇。そこから漏れる吐息と僅かな呻き声。激しく上下する小さな胸。額に滲む大粒の汗。それが、静かに零れ落ちた。

 額へと右手を添えたルーイットは表情を歪める。


「凄い熱……」


 高熱を帯びていた。聖力を使いすぎた事による後遺症だった。


「ね、熱! た、大変! すぐに、病院に連れて行かないと!」


 セラが慌てた声をあげる。すると、ルーイットは小さなレベッカの体を抱き上げた。


「そうね。とりあえず、ケルベロスの居る病院に……」


 そこまで言ってルーイットは思い出す。ここが、魔族の町である事を。魔族が人間であるレベッカを治療するわけが無い。それだけ、人間は魔族に嫌われている。だから、ルーイットは堅く瞼を閉じ、その手に力を込める。

 俯き硬直するルーイットに、セラは小さく首を傾げた。怪訝そうな眼差しを向ける。すると、ルーイットは小さく首を振る。


「ダメよ……。ここは、魔族の町よ」

「そんなの関係ないよ!」

「関係ある! レベッカは人間よ? 人間をこの町の人が助けるわけ――」


 ルーイットがそう言い掛け言葉を呑む。背後から覆いかぶさる影に。ゆっくりと振り返る。そこに一人の男が立つ。大柄で筋肉質のダリアだった。赤い瞳が二人をみすえ、やがてレベッカへと向く。額から汗を流しうなされる彼女へ。


「どうかしたのか?」


 穏やかで静かな声。その声に、二人は顔を上げる。厳つい顔に、思わず身構えるセラ。だが、ダリアは状況をすぐに判断する。


「ついて来い。行くぞ」

「い、行くって……ど、どこに?」


 身構えるセラが尋ねる。訝しげな表情を浮かべ。すると、彼は野太い声で当然の様に言う。


「病院に決まっているだろ」


 と。その言葉にルーイットは眉間にシワを寄せる。彼女が人間なのは彼も分かっているはずなのに、どうして病院なんかに。そう疑念を抱く。

 その疑念が表情に表れていたのか、ダリアは静かに答えた。


「安心しろ。この町の半数以上は昔、ここの村の人間に助けてもらった連中だ。俺も、ガキの頃に助けてもらった」


 落ち着いた静かな声に、セラもルーイットも安心した。安堵から出た静かな吐息。そして、胸を撫で下ろす。そんな二人に、「早くしろ」と怒鳴り歩き出した。

 ダリアの背中を見据え、二人は顔を見合わせる。


「よかったね」

「そう……ね」


 笑顔を見せるセラにルーイットも笑う。引きつった表情で。

 静かにゆっくりとダリアの後へと続く。ルーイットは何か違和感を感じていた。この洞窟を抜けてすぐ起こった出来事。それが、頭のどこかに引っかかっていた。

 ダリアは静かに病院のドアを開ける。木で出来た小さな病院。そのドアが軋む。部屋へと足を踏み入れ、ダリアはその野太い声を響かせた。


「ラヴィ。いるか?」


 野太い声だけが響く。遅れて部屋に入るセラとルーイット。殺風景な部屋。一応、ここが受付となっているのだろう。奥へと続くドアが三つ備え付けられていた。入って正面のドア。そこから少し右に離れたカウンターの向こうに一つ。そして、右手側の壁にもう一つのドアがある。

 壁には黒い長椅子が二つ。部屋の隅に置かれた観葉植物。僅かな薬品の匂い。その匂いが漂い、カウンターの向こうのドアが静かに開く。


「ここ、一応、病院だよ? 少し、静かにしてくれない?」


 寝癖でボサボサになった長い黒髪。それを右手で掻き現れた白衣を着た女性。彼女がラヴィ。小さな丸メガネを掛け直し、右手で口を覆い大きな欠伸を一つ。

 ジト目を向けるダリアは大きなため息を吐く。


「お前、寝てたろ」

「うるさいねぇ。寝れる時に寝ておくのが医術師の心得だよ」


 僅かにしゃがれた声。相当、疲れが溜まっているのだろう。その目の下にはクマが出来ていた。とても同じ女性とは思えず、セラもルーイットもただただその顔を見据える。

 のっそりとカウンターから出てくる。そして、セラ、ルーイットと順に顔を見て、最後に抱かれたレベッカを見据える。


「この娘、人間?」


 怪訝そうな表情を浮かべ、ダリアへと目を向ける。


「ああ。この娘はレベッカ様だ」


 向けられる眼差しに、彼は静かに答えた。一瞬。ほんの一瞬だけラヴィの表情が驚きに変る。だが、すぐに驚きは消え、真剣な顔になっていた。


「今すぐ、奥の部屋に。見た所、聖力を使い過ぎね。まだ体も出来上がっていないのに、よくこんな無理を……」


 突然の態度の変化。口調も先程までの気だるさが一変し、はきはきとした口調に変っていた。驚く二人に、ダリアは静かに笑う。


「まぁ、変な奴だが、気にするな。じゃあ、俺はこれで」


 部屋を後にしようとドアノブを握る。だが、その肩をラヴィの右手が掴む。


「ちょっと待ちなさい」


 静かで威圧感のあるその声に、大きな体のダリアの額に汗が滲む。表情を引きつらせ振り返る。その彼へと向けられる穏やかな笑み。部屋の温度が僅かに下がった。寒気を感じ身を震わせるルーイットに、セラは小さく首を傾げる。そんなセラへと笑いかけ、「なんでもないよ」と苦笑し呟く。

 獣魔族だから気温の変化には敏感だった。その為、誰も感じるはずの無い気温の変化にも、身を震わせたのだ。

 その後、ラヴィの指示通りにレベッカを奥の部屋へと運ぶ。三つ並んだベッドの一番奥に包帯を巻かれたケルベロスが寝かされていた。その為、開いている真ん中のベッドへとレベッカを寝かせる。

 僅かな呻き声が部屋に響く。苦しそうな表情のレベッカ。彼女を心配し、セラもルーイットも傍に付き添う。

 部屋へとラヴィが入ってくる。大柄な体を揺らすダリアと一緒に。


「よし。それじゃあ、薬を打とうか」


 彼女が注射器を持ちベッドの脇へと立つ。その姿を見据え、セラは「く、薬!」と声をあげる。そんなセラへと微笑むラヴィは困り顔で言う。


「あなたも魔族なら知ってるでしょ? 私達が聖力を使えない事」

「えっ? あっ、はい……」


 彼女にそう言われ、セラは気付く。彼女の耳の付け根から見える小さな角に。その視線に気付いたのか、彼女はそれを隠す様に長い黒髪を角へと掛けた。そして、穏やかに微笑む。


「大丈夫よ。この辺りは特別な薬草ばかりだし、ちゃんと実証済みだから」

「でも、人間に効くんですか?」


 ルーイットが不安そうな表情で尋ねる。その言葉にラヴィの視線がルーイットへと向けられた。そして、彼女は真剣な顔で言う。


「魔族も人間も皆同じよ。骨格も、体のつくりも、その働きも」


 彼女の静かな言葉。だけど、その言葉は重く胸に響く。区別しているつもりは無かった。ただ、レベッカが心配だっただけ。なのに、心が痛い。人間に効くんですか。その言葉はまるで魔族と人間は違う生き物そう言っているのと同じだと、ルーイットは気付かされた。

 俯き視線をレベッカの顔へと向ける。そんな彼女にレヴィは小さく息を吐く。


「確かに、血液の違いとかある。けど、それは、魔族の中でもそうでしょ?

 魔人族、獣魔族、龍魔族。皆流れている血は違うし、姿形も違う。だったら、人間も同じ。

 私は人間も魔族も、皆一つの同じ人だって思っている。

 心配してるのは分かるけど、ダメよ。ああ言う言い方は」


 優しく叱る。母親の様に。その言葉にルーイットは小さく頷く。そして、心に誓う。気をつけよう。

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