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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
バレリア大陸編
81/300

第81話 十五年前の真実

 時は遡り、十五年前。

 丁度、英雄戦争が起こる直前。

 当時、四歳のグレイ。彼はこの世界の中心、ルーガス大陸に居た。

 三大魔王が城へと集結。大陸唯一の入り口には数万の人間が軍を成し陣取る。四大国家が勢力を挙げ、魔族との最終決戦を迎えようとしていた。

 南のゼバーリック大陸。イリーナ王国から重騎兵を三万。ミラージュ王国からは魔導士と魔導騎士を二万。

 北西のバレリア大陸。ラフト王国から弓、銃撃部隊を二万。

 北のフィンク大陸。ヴェルモット王国から歩兵及び工作部隊を四万。

 最後に各地の教会から選りすぐりの聖女ヒーラーを数百人集めた。

 十万を超える大軍勢。それが、一箇所へと集まった。だが、この軍勢の中に西のクレリンス大陸の兵は参加していない。派遣されなかった理由。それは、我々は中立国家だと、八会団と呼ばれる会の代表が宣言したからだ。

 その八会団を説得する為、英雄とその仲間はクレリンスへと向かう。その間、十万の兵士はただその場に留まり続けた。食料は十分にあった。それに、彼らには指揮となる彼女の存在が必要不可欠だったのだ。

 そんな十万を超える大軍勢。それに対し、魔族側は三人の魔王とルーガス大陸に居る数万の兵力。それに、獣王ロゼの直属部隊数千、竜王プルートの直属部隊数千の僅かながらの兵力。圧倒的に不利な状況だった。

 だが、それには理由があった。ロゼもプルートも自分達の国を守る為に、兵を裂く事が出来なかったのだ。

 南のゼバーリック大陸。そこに城を構える獣王ロゼ。同大陸にあるイリーナ王国とミラージュ王国。この二国の間に挟まれた場所にロゼの城がある。その為、迂闊に兵を呼び出せなかった。二国にはまだ別働隊で数万以上の兵力がある。それらを相手にその土地を死守しなければならない。

 竜王プルートも同じ理由だった。北の大陸、ヴェルモット王国。その最強部隊と謳われる白銀の騎士団。彼らが軍勢に参加していない為、兵力を城に残しておかなければならなかったのだ。

 それでも、膨大な魔力を誇る魔人族。身体能力の高い獣魔族。強力なブレスを使う事の出来る龍魔族。そして、異界から来た一人の少年クロガネ・ジン。業火を操る彼は、この三人の魔王と並ぶ強さを持っていた。この四人の力があれば、兵力の差など問題ないと。

 魔族の誰もがそう思っていた。この大戦は魔族が圧勝すると。だが、事情は大きく変る。

 それは、開戦する当日――。


「悪い。俺、ちょっと行く所があるから」


 ジンはそう言い城から突如居なくなった。その後の事を、グレイは知っていた。

 四歳だったグレイは城を出たジンをコッソリとつけたのだ。それは、ほんの興味本位の行動。だが、それが間違っていたと後悔する。

 ジンが城を出て向かったのはルーガス大陸の入り口。そこを陣取る人間達の軍勢のど真ん中だった。この時、グレイはジンが魔族側を裏切り、人間側に着いたのだと思った。だから、グレイはすぐにそれを魔族側へと伝えた。誰に伝えたのかは覚えていない。それが、どう言う結果を生むのかも考えずに。

 人間達の大軍勢の中心。そこにジンは居た。その身を拘束され、英雄と呼ばれる少女の前に。

 多くの兵士に囲まれていた。それでも、彼は堂々とし、余裕を見せる。そして、笑顔で彼女に呼びかける。


「――」


 名前は覚えていない。だが、確かに、彼はその名を呼び、笑みを浮かべる。しかし、彼女は怪訝そうに眉間にシワを寄せ、ジンの顔を睨む。

 グレイはこの光景を茂みに隠れ見据えていた。

 英雄の隣に浮かぶ半透明の聖霊。幼いジンの目には、その聖霊の姿は見えていた。本来は見えるはずの無いその美しい姿。長い漆黒の髪。それを揺らし、大人しげな表情をジンへと向ける。穏やかな目。それはとても印象的だった。

 一方、勇猛果敢に戦う様から勇者と呼ばれる若者。長身で背中に聖剣を背負っていた。オレンジブラウンの髪。それが揺れ、合間から好戦的な眼差しがジンを見据える。

 明らかな敵意。強い警戒心から、右手は常に聖剣の柄を握る。捕らわれているとは言え、相手は魔族。警戒して当然だった。

 大聖女と呼ばれるヒーラーの女性。端整な顔立ち、金色の美しい髪。その髪が腰の位置で揺れる。大聖堂院と呼ばれる教会。そのトップの者しか着れない純白の聖堂着。それを纏う彼女は、頬に右手を添える。困った様子の表情で、穏やかに目元を緩める。


「どうしますか? ――様」


 彼女が英雄にそう問う。すると、彼女は美しい銀髪を腰で揺らし、凛とした引き締まった顔で答える。


「とりあえず、話は聞きましょう。何処の誰だかは知りませんが、私の事は知っている様ですし」


 彼女の声に、ジンは苦笑する。それが、冗談だと思ったのだろう。呆れた様に肩をすくめ、やがて困り顔で口を開く。


「――。お前、冗談はそれ位にしろよ。てか、本気で覚えてないのか?」

「クドイですね。あなたも。私はあなたなど――……ッ!」


 突如、英雄である少女が右手で額を押さえる。苦痛に表情が歪む。そんな彼女へヒーラーの女性が駆け寄る。彼女の右手。それが、優しく英雄の少女の額に触れる。


「お疲れですか?」

「ううん……ちょっと、頭痛がして……」


 ヒーラーの女性に彼女は微笑む。拘束されるジンはそんな彼女に、険しい表情を向けた。


「お前……まさか……」


 小声で呟く。誰にも聞こえないその声。険しい表情のジンは赤い瞳で彼女を見据える。彼女達二人の後ろから、一人の青年が姿を見せた。

 全ての海を知る大海賊と呼ばれた青年。彼もまた、英雄の片腕の一人だった。腰にぶら下がるガンホルダーとレイピア。風に揺れる群青の長髪を覆う海賊ハット。クールな顔立ちに淡い青の瞳が輝く。

 動きやすい黒の衣装を身に纏う青年は、優雅な足取りで英雄である彼女に歩み寄った。


「――。この辺の海域はすでに俺らが制圧した。脱出航路もすでに確保済みだ」

「脱出航路? 何、逃げる事を考えてるんだ?」

「んだと! コラッ!」


 勇者の一言に、大海賊の青年が睨む。ドスの利いた声を響かせて。

 しかし、勇者は気にした様子も無く「ふん」と鼻で笑う。そして、その目はジンへと向かう。真剣な顔で英雄を見据えるジン。彼のその眼差しに勇者は怪訝そうな表情を見せる。何を考えているのか、全く持って理解出来ていなかった。

 自分を無視する勇者。彼に対し不満そうな表情を浮かべる大海賊の青年。彼は、右手で海賊ハットを被りなおし、鼻から息を吐く。

 英雄と共に旅をしたメンバーは六人。聖霊、勇者、大聖女、大海賊の四人と残り二人。この時、残りの二人はすでに前線に向かっていた。

 一人は怪童と呼ばれる少年。この中で最年少でムードメーカー。小柄だが、その腕力はこの中でも群を抜き、二本の槍を軽々と扱う。

 そして、もう一人は剣豪。クレリンス大陸出身の侍。腰に刀と脇差を携え、長い髪を結っている寡黙な男だ。

 クセの強い最強の六人。彼らをまとめる英雄。その統率力は凄まじいモノだった。

 そんな彼女の目をジンは真っ直ぐに見据える。


「――。お前、何度神の力を使った?」


 彼の静かな問い。その静かな声に彼女は怪訝そうな表情を浮かべる。


「何故、あなたにそんな事を教えなければならないの?」

「お前、あの力が何か分かって使ってるのか?」

「アレは、神から――に与えられた力だ!」


 ジンの静かな言葉に力強くそう言い切った勇者。その鼻筋にシワが寄り、柄を握る腕には血管が浮き上がる。体に力が入り、今にも剣を抜きそうだった。それでも、彼は剣を抜かなかった。それは、英雄である少女が、彼の前に腕を伸ばし制したからだ。

 奥歯を噛み締め、小さく声を漏らす。やがて体の力を抜く。浮き上がっていた腕の血管。それが引き、静かに息が吐き出される。


「所詮、魔族には分からない事さ」


 彼が反転しそう呟く。その声にジンの表情が変る。そして、激怒する。体を包むオーラ。それは、明らかに魔力の波動。その行動にその場に居た者達全てが身構え、臨戦態勢をとる。

 聖剣を抜く勇者。

 右手にレイピアを抜き、左手に銃を抜く大海賊。

 美しい宝石のついた杖を構える大聖女。

 そして、英雄の前に立ちふさがり、両手をかざす聖霊。

 だが、英雄である彼女だけが違った。ジンの魔力に対し微動だにしない。ただその真剣な眼差しを向け続ける。両者の視線が交錯し数秒の沈黙。風が吹き抜け、草木が揺れる。誰一人として動かない。いや、動けない。動けばこの空気を壊してしまう。そう思ったから。だから、ただこの重々しく張り詰めた空気を死守していた。

 ジンの体を覆うオーラ。赤く僅かに輝く右目。腕には赤黒い炎がまとわりつく。その影響で、彼を拘束する縄が焼け落ちた。静かに立ち上がり、彼は深く息を吐く。


「魔族には分からない……。なら、お前達人間は分かっているのか? 魔族の事を?」

「知っているさ。凶悪で、人間を苦しめる」


 険しい表情を浮かべ勇者が答える。その答えにジンは静かに瞼を閉じた。


「凶悪で、人間を苦しめる……。なら、知ってるか。この大陸から北西にあるバレリア大陸の事を」

「バレリア大陸。ふっ。それ位この世界の誰もが知ってる大陸だろ」


 大海賊の青年が答える。すると、ジンの瞼が静かに開かれ、赤く輝く右目が彼を真っ直ぐに見据える。強い意志の宿ったその眼差し。それに、彼は呑まれた。息を呑み、その足を僅かに退く。無意識の内に行った行動。それ程、彼の目は強く揺らがない。


「大陸の話じゃない。そこで行われてる事について、知ってるのか。そう聞いてるんだ」

「そこで行われてる事? 一体、そこで何が行われてるって言うんですか!」


 珍しく声を荒げる大聖女。彼女へと目を向けたジンは、その眼差しを僅かに落とす。強く拳を握り肩を震わせる。


「そこでは、人間による魔族狩りが行われている。無抵抗な者も、幼い子供も、ただ平和に暮らしているだけの者達を……」

「そ、そんなバカな事あるか!」

「俺達は実際、バレリアに行った事がある! そんな事実は無い!」


 勇者と大海賊の二人が口々にそう言う。だが、ジンは揺るがず、ただ静かに首を振る。


「当然だろ。それは、お前達の目の届かない所で行われている。今、この時にな」

「それが事実だと言う証拠はあるんですか?」


 大聖女の彼女の言葉に、ジンはもう一度首を振る。それを証明するだけのモノを持っていない。ただ、その目で見た光景だけが目に焼きついてた。

 頭を振るジンの姿に、勇者は「は、ははっ」と小さく笑う。僅かに表情を引きつらせて。


「それじゃあ、それが本当かどうか分かったもんじゃない! 俺達を動揺させる作戦かもしれないぞ!」

「動揺? そんな事しない。俺はただ、――が、この軍を指揮していると言うから、話し合いに来ただけだ。こんな無意味な戦いをしない為に……」


 俯くジンの拳から血がポトリと落ちた。拳を強く握り過ぎて、爪が手の平を裂いたのだ。

 だが、未だにジンの言葉を信用出来ないのか、勇者は更に声を荒げる。


「だったら、どうして、三人の魔王はここに集結している!」

「守る為だろ。魔族を」

「なら、俺達は人間を守る為に戦う」

「それが、間違いだとしてもか?」


 ジンの鋭い目が勇者へと向けらた。そして、勇者もまた強い眼差しをジンへと向ける。交錯する両者の視線。だが、すぐにジンの視線は英雄である少女の方に向けられた。心配そうな彼の表情に、武器を構えていた皆は思わずその武器を下す。何故そうしたのかは分からない。ただ、彼の目、その顔に敵意が無いと判断したのかもしれない。

 穏やかな風が吹き抜け、ジンはゆっくりと息を吐く。その肩から力が抜け、赤く輝いていた右目は元に戻っていた。二人がお互いを見据える。静かな時間だけが過ぎる。ジンは小さく息を鼻から吐き、腰に手をあてる。そして、真剣な眼差しを彼女へと向けた。


「いいか、よく聞けよ。お前達が神の力って呼んでるあれは、神の力じゃなく――」


 ジンの声が途切れ、鈍い音が響く。血飛沫がジンの前に立つ四人へと飛び散る。

 場を支配する静寂。今、目の前で起きている事を、その場に居る誰もが一瞬理解出来なかった。胸から突き出る鋭利な刃。口から吐き出される血。そして、ジンの背後に映る漆黒のローブを纏った一人の男。皆、その者とジンの姿にただ瞳孔を広げ、動く事が出来ない。


「ジ……ン……」


 止まっていた時が動く。英雄である彼女の静かな声によって。記憶から消えていた彼の名前。それを口にし、やがて頬を涙が伝う。


「ジン!」


 彼女叫び声。そして、ジンの体から刃が抜かれる。ゆっくりと崩れ落ちる。その体。両膝が地面に落ち、同時にジンの視線は後方へと向く。その時、ジンは見た。そのローブの男を。その尖った耳を――。その赤い瞳を――。

 ――刹那。その男へと鋭い突きが放たれる。いつそこに取り出したのか分からない白い槍によって。英雄である彼女の一撃。だが、それはただローブを貫いただけ。そこにジンを刺した人物は存在していなかった。


「――! お願い! ジンを――」


 彼女が振り返り、大聖女である彼女の名を呼ぶ。だが、彼女は目を伏せ、首を振った。ジンの体は光りに包まれ、徐々に消滅していた。もう、彼女の力ではどうにも出来なかった。

 少女はただ声を殺し泣く。彼の体を抱き上げて。その姿は英雄と言うにはか細くか弱い。そんな彼女の姿を、彼らはそれを見守るしかなかった。

 そのすぐ後だった。ルーガス大陸にクレリンスから三万の兵が集まったのは。

 そして、この事件をキッカケに開戦する。英雄戦争と呼ばれる大きな戦いが――。

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