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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
バレリア大陸編
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第79話 壁

 それは、ケルベロスとレベッカが洞窟を抜けると訪れた。


「ウィングウォール」


 高らかに響く男の声。それに遅れ轟音が響き、地面が砕ける。激しい土煙が舞い、完全にクロト達は分断された。前方に居たケルベロス・レベッカ組と後方に居たクロト・セラ・ルーイットの組に。クロト達が来るのが分かっていたのだろう。的確で効率の良い待ち伏せ作戦だった。

 舞う土煙。衝撃によって崩れる洞窟。降り注ぐ砕石に、クロト達後続組は後退を余儀なくされる。足場が悪く、視界も最悪。そんな中でも、クロトはセラとルーイットだけは守ろうと、二人の腕を引き後退する。

 一方、前方組のケルベロスとレベッカ。二人は数十人の得たいの知れない者達に囲まれていた。顔に泥を塗った者。お面をつけた者。皆、顔を隠し、布切れの様な衣服を身にまとう。

 訝しげな表情を浮かべるケルベロス。彼はレベッカを背にし、取り囲む者達を見回す。

 中でも一番目立つ、灰色の髪を土で汚した者。その理由は、不気味な木彫りのお面を被っているからだろう。彼がゆっくりと右腕を振り上げる。それが合図だったのだろう。ケルベロス達を挟む様に両方の茂みから弓隊が現れる。数は十人程。皆お面をし、弓を構え矢を向ける。

 そして、灰色の髪の者が、右腕が勢いよく振り下ろす。それを合図に、ケルベロスとレベッカに向けて矢が放たれる。何発も、続けて。

 無数の矢が襲い掛かり、激しい土煙が鮮血と共に舞う。程なくして、指示を送っていた者の右手がスッと上がる。それを合図に、弓隊は矢を引いたまま動きを止めた。

 舞い上がる土煙。その中から立ち込める黒煙。やがて、土煙の中から姿を見せる。蒼き炎の壁が。

 驚く一同。だが、一番驚いたのはその炎の壁にではない。その向こう側に居るケルベロスにだった。

 両腕を広げ仁王立ちするケルベロスの足元に土煙だけが揺らぐ。深々と突き刺さった矢。口角からもれる血。それでも崩れる事無く地に足を着け立ち続ける。その姿は異様だが、恐ろしい威圧感を放っていた。

 体に無数の矢を受けているにも関わらず、致命傷はだけは避けている。それなのに、その後ろに矢は一本も通さず、背にしたレベッカは無傷だった。肩を震わせるレベッカの顔に付着するケルベロスの血。

 炎の壁で矢を防いだ。だが、それでも完全に防ぐ事が出来ず、ケルベロスは体を張った。その結果が今の状態。吐血しながらも、傷口から血を滲ませながらも、彼の眼差しは強かった。その場に居る全ての者を呑み込む。その赤い瞳が。そして、打ち付ける。恐怖と言うなの強力な楔を。


「い、今、治療しますから!」


 レベッカは慌てて声をあげた。両手が彼の背中へと触れる。だが、ケルベロスはそれを拒否する様に一歩前に出た。その行動にレベッカは戸惑い慌てる。今、ケルベロスは動ける状態ではない。だから、レベッカはその手を掴み、必死に悲鳴を上げる様に声をあげる。


「だ、ダメです! 今のケルベロスさんは戦える状態じゃありません!」

「退け。邪魔だ。やるなら、今が好機だ」


 静かな口調。静かな闘志。そして、ケルベロスはまた一歩踏み出す。体に刺さった矢が激痛を走らせる。その激痛に口から溢れる血。それでも、ケルベロスは足を止めない。それは、目視したからだ。この場に居る皆が一歩後退したのを。だから、下がるわけには行かない。そうケルベロスは判断した。

 しかし、その足は動かない。腹部へと後ろから回されたか細い腕。背中に合わさるレベッカの体。か弱いその力で必死に引きとめる。


「だ、ダメです! 死んじゃいますっ! このままじゃ!」


 今にも泣き出しそうな声に、ケルベロスは奥歯を噛み締める。そんな中、またあの仮面の者が指示を出す。ここが攻め時だと、右手を振り上げる。その合図に弓隊は弓を構え矢を引く。弓が軋み、全ての矢がケルベロスへと向けられた。

 静寂。そして、弓隊へと合図が出される。


「業火!」


 腕が振り下ろされるのとほぼ同時に、その声が響く。放たれる無数の矢。だが、直後、赤黒い炎が飛び出す。土煙に覆われた洞窟の入り口から。ケルベロスとレベッカを守る壁になる様に。次々と矢が赤黒い炎へ吸い込まれ、灰となる。散る灰は風に吹かれ消滅し、そこには赤黒い炎だけが残った。

 突然、現れたその赤黒い炎に矢を放った者達は驚く。だが、すぐにムキになって矢を何度も放つ。何れはこの炎を貫けるだろうと思って。しかし、幾ら矢を放っても、その赤黒い炎を貫く事は出来ない。それ程、炎の火力は強く、分厚いモノだった。

 目の前に立ちふさがる赤黒い炎を目にし、ケルベロスは崩れる。安堵したのだ。その炎を見て。膝から崩れ落ちるケルベロス。その体を後ろへと必死に引っ張るレベッカ。体にはまだ矢が刺さっている為、前方に倒れるのだけは防ぎたかった。その為、呻き声をあげ腕に力を込めてゆっくりと彼の体を仰向けに寝かせた。

 深々と刺さった矢を一本ずつ抜いていく。矢を抜く度に激痛が走っているのだろう。意識を失っているはずのケルベロスの表情が歪み、声が漏れる。傷は深く、矢を抜くと血が留まる事無く溢れ出す。幸いにも臓器などを傷つけてはいない。でも、この出血量は危険だった。瞬時にレベッカはそう判断する。そして、静かに息を吐き両手をケルベロスの胸へとかざす。


「ヒール!」


 可憐な声が響き、眩い光がケルベロスの体を包む。

 傷口から赤い気泡が溢れ散る。傷付いた血管がゆっくりと修復されていく。赤い気泡は徐々に少なくなり、やがてゆっくりと傷口が再生する。薄らと額に汗を滲ませるレベッカ。自分の持てる技術、聖力、全てを注ぐ。それでも不安そうな眼差しでケルベロスを見据え、震えた声で何度も呟く。


「死なないでください。死なないでください」


 と。目に涙を溜め、ひたすら聖力を注いだ。



 その頃、後続組の三人は、外へと飛び出す。降り注ぐ砕石をかわし、視界を遮る土煙を突っ切って。

 クロトが業火を放ったのはたまたまだった。ただ、降り注ぐ砕石からセラとルーイットを守る為に放ったモノ。それが、砕石を砕きそのまま外へと飛び出しただけ。結果的にそれがケルベロスとレベッカを守った。

 外に飛び出しその事に気付いたクロト。その視界に横たわるケルベロスの姿が映る。必死に治療するレベッカに、セラとルーイットが声をあげた。


「レベッカ!」

「な、何があったの!」


 慌てて駆け寄る二人にレベッカは、小さく頭を左右に振る。聖力を注ぎ続けながら。取り乱すレベッカに、二人は何も聞けなかった。ただ黙って見つめる。ケルベロスを治療するレベッカを。魔族である二人には聖力は扱えないから。

 静まるその場に聞こえる。レベッカの震える小さな声と燃え盛る赤黒い炎の音だけが。次々と粉の様に灰が降り注ぎ、揺らめく炎が火の粉を舞わせる。

 静かに歩みを進める。何があったのかクロトにはわからない。だが、ケルベロスの姿を見れば容易に想像はつく。だから、クロトは瞼を閉じ意識を集中し、魔剣ベルヴェラートを召喚する。その手の中に。錆びれた剣にゆっくりと魔力を注ぐ。錆びれた剣は徐々にその姿を変え、クロトは静かに足を進める。赤黒い炎の前へと。

 妙な行動を取るクロトにいち早く気付いたセラ。違和感を覚え、セラは胸の前で手を組む。そして、静かに尋ねる。


「何してるの?」

「…………」


 クロトは何も言わず、僅かに俯いた。妙な間を空く。僅かコンマ何秒かの間が。しかし、ゆっくりと振り返ったクロトはいつもの笑みを向ける。穏やかで優しいその笑みを。だが、それが、セラは少しだけ怖かった。いつもの様に笑っているはずなのに、その笑顔が怖い。

 クロトは必死に怒りを押し殺し笑みを浮かべていた。だが、それも限界だった。その為、ゆっくりとセラに背を向ける。魔力を注がれ元の姿へと戻った魔剣ベルヴェラート。美しいその剣を一振りし、炎を切り裂く。疾風が駆け、土煙が舞う。炎の一部か消滅し、クロトはそこから向こう側へと足を進めた。ゆっくりと静かに。

 クロトがその穴を通過すると、炎はその穴を塞ぐ様に静かに広がる。

 クロトの姿を目視する弓隊。彼らは一斉に矢をクロトに向かって放つ。合図も待たずに。


『クロト』

「分かってる」


 ベルの声にクロトは静かに返答し、左手に業火を灯す。赤黒い炎が左手で揺ぐ。向かってくる矢へと、その炎をかざす。その炎が全てを焼き払う。

 全てを焼き尽くし灰へと返す炎に、全ての者が驚愕しその手が止まった。その瞬間、クロトは駆ける。目指すのは全ての指示を出す人物。魔剣の切っ先が地面を切りつけ、土煙が舞う。その姿に弓隊は我に返り、また矢を放つ。


『後ろから四発』


 クロトはそのベルの声に体を反転させ、左手に灯した業火で向かい来る矢を全て焼き払う。そして、すぐに前を向きまた駆ける。だが、その時だ。突然、野太い声が轟いたのは。


「貴様ら! 何をしている!」


 その声に、弓隊は茂みに姿を隠し、他の者達も足早にその場を去った。そして、全ての兵士に指示を出していた灰色の髪を揺らす者とクロトだけがこの場に残される。足を止めるクロトは、静かな足音に耳を傾けた。警戒する様にゆっくりと視線をその音の方へと向ける。

 静かで冷たい風が吹き抜け、一人の男が姿を見せた。大きな体格を揺らし、その背に大剣を担ぐ男。歳は三十代後半程。威厳ある顔。その顔のホリは深く、目つきは鋭い。不精ヒゲを左手で触る男は、眉間にシワを寄せ目を凝らしクロトを見据える。

 一方のクロトもその男を真っ直ぐに見据える。褐色の肌、尖った耳、そして、赤い瞳。その事からすぐに彼が魔族であると分かり、静かに構えていた剣を下ろす。沸き立っていた怒りを静め、比較的穏やかな口調で尋ねる。


「あなたは?」


 と、静かに。その声に小さく息を吐く男は、不満そうな表情を浮かべる。


「人に名を聞く時はまず自分からだろ。

 まぁ……いい。俺はダリア。このすぐ傍にある集落を束ねる騎士兵団の隊長を務めている。

 次はお前の番だ。名を名乗れ」

「クロト。先日、この大陸に着いて、今、身を隠す為にレベッカの案内でこの近くの廃墟になった村に行くつもりだ」


 クロトの言葉にダリアの表情が険しくなり、「レベッカ……?」と静かに呟いた。そして、鋭い眼差しをクロトへと向け、ダリアは一歩踏み出す。


「貴様、今、レベッカと言ったか? レベッカがここに居るのか?」


 驚いた様子のダリアに、クロトは困惑する。瞳孔を広げ、鼻息荒く詰め寄るダリア。明らかにレベッカを知っている風の口振り。だが、クロトの警戒心は強く、下ろしていた魔剣を静かに構えなす。その行動にダリアは動きを止め、眉間にシワを寄せる。


「何のマネだ?」

「それは、こっちのセリフだ。俺達はいきなり、襲われた。しかも、仲間が一人重体だ」

「なにっ! それは、本当なのか! ロックス!」


 ダリアの眼差しが、先ほどまで兵士達を指揮していた者へと向けられた。ソイツは静かに仮面を取り不安げなその顔をダリアへと向ける。ダリアと同じく褐色の肌、尖った耳。彼もまた魔族だった。それを隠す為の仮面。そして、人間から身を隠す為のこの大陸に住む魔族の知恵。

 ダリアに睨まれしょぼくれるロックスは、クロトに向かって静かに頭を下げる。


「悪かった。テッキリ人間だと思った」


 全く悪びれた様子は無い殆ど棒読みの声。それに、クロトは不愉快そうな表情を浮かべた。だが、何も言わない。見た目から自分より年下だと判断し、年上として大人の対応をするべきだと思ったのだ。だから、穏やかに笑みを浮かべ、「分かればいいんだ」と、言おうとした。だが、次の瞬間ロックスの顔が静かに上がり、その表情に薄らと笑みが浮かぶ。その顔を見て、クロトは怒りのまま地を蹴っていた。

 刹那――。体を襲う激痛。目の前に佇む一人の男。痩せ型のクロトと同じ背丈位の人物。鼻から上に木彫りの仮面を着け、不気味な容姿。その男が突っ込むクロトの前に現れ、体を強打したのだ。

 地面を激しく横転し、肘を擦り剥き血を滲ませる。瞬時にその男を睨むクロトは奥歯を噛み締めた。仮面の男は静かに手に持った漆黒の剣の切っ先をクロトへと向ける。それは、まるでクロト達にここから立ち去れ、そう言っている様だった。

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