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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
バレリア大陸編
77/300

第77話 ドジっ娘二人と男クロト

 アレから数日が過ぎていた。

 未だクロト達は海岸沿いを歩いていた。砂浜には五人の足跡が疎らに残る。海風に吹かれ髪を振り乱すルーイットとレベッカ。セラは髪を束ねていた為さほど髪は散らばっていなかった。

 先頭を歩むケルベロスは不意に足を止め振り返る。渋い表情を浮かべ、レベッカを睨むケルベロスに、セラ・ルーイット・レベッカの三人は足を止める。その動きに最後尾を歩むクロトも足を止め訝しげな表情を浮かべた。

 強い海風に乗り水飛沫が飛び散る。その水飛沫に表情を歪めるセラとルーイット。しかし、レベッカは慣れているのか、いつも通りの大人しげな表情でケルベロスの顔を見据え首を傾げる。愛らしい仕草のレベッカにケルベロスは右手で頭を掻き小さく息を吐き目を逸らす。どうも調子が悪かった。レベッカのあの顔を見るとケルベロスの調子は大きく狂わされる。

 眉間にシワを寄せるケルベロスは皆に背を向けると、低く静かな声で問う。


「本当にここであってるのか? このまま進んでも目の前は海岸だぞ?」

「あっ、はい。大丈夫です。私の昔住んでいた村には、この海岸にある隠し洞窟を通っていくんです」

「隠し洞窟?」


 セラが不思議そうに首を傾げると、レベッカは子供の様に「えへへ」と愛らしく笑みを浮かべる。


「と、言っても、私が勝手にそう呼んでるだけなんですけど、海岸線に沿って歩いてないと分からない場所にあるんですよ」

「へぇーっ」


 納得した様に頷くセラとルーイット。その後ろでクロトは目を細め苦笑していた。大分女性陣に圧倒されているケルベロスを見るのは新鮮で、それでいて同情する。同じ男として。

 不満そうな表情を浮かべるケルベロスは小さく鼻から息を吐くとまた歩き出す。その後に続く様にセラとルーイット、レベッカの三人が楽しげに歩みを進め、クロトは深いため息を吐きまた最後尾を歩む。

 あの後、一度も町や村を経由しなかった。魔族であるクロト達が町に入ればたちまち騒ぎになると言うのもあったが、レベッカが嫌がったのだ。人間不信なのだろう。決して町に行こうとせず、ずっとセラの手を握り締めていた。

 そんなレベッカの背中を見据え、クロトは複雑な表情を見せていた。話はケルベロスから聞かされ知っている。彼女が魔族に育てられた人間だと言う事を。彼女は壮絶な人生を歩んでいる。人間として生まれ、人間により村を壊滅させられ、魔族に育てられ、また人間によってその育ての親を――。彼女が人間不信になるには十分な理由だった。

 それなのに、あんなにも明るく振舞っている。彼女は強い人間なのだと思う。

 そして、同時にこの世界に違和感を感じていた。何故、人間と魔族が争うのか。何故、一緒に歩む事が出来るのに争い続けるのかと。

 クロト達は砂浜から海岸へと道を変えていた。足場の悪い海岸をゆっくりと進み、レベッカの言う洞窟の前まで辿り着き、その入り口で休憩を取っていた。

 皆が休憩する中で、クロトは一人だけが海に網を仕掛けていた。


「何してるの?」


 網を仕掛けるクロトに対し、セラが茶色の髪を肩口で揺らしながら尋ねる。そんなセラにクロトは笑顔を向けると、グッと胸の前で右拳を握った。


「今晩の食料を調達しようと思って」

「食料を?」

「そっ。ほら、そろそろパル達から分けてもらった食料も尽きそうだろ?」

「う、うん。そうだけど……大丈夫?」


 不安そうな表情を浮かべるセラに、クロトは「大丈夫大丈夫」と能天気な声を上げた。セラは不安だった。こんな網を仕掛けて、本当に大丈夫だろうかと。この辺の海域の事なんて知らないし、そもそも海ではあんまりいい思い出が無かったから。また、変な事が起きるんじゃないかと。

 そんなセラの気持ちとは裏腹に、クロトは楽しそうに鼻歌混じりで作業を続けていた。そして、それが終わると自作の釣竿で釣りを開始する。


「ふんふふーん」


 楽しげに釣竿を握るクロトの背中を見据えるセラは不安そうに小さく吐息を漏らし、レベッカの方へと歩み寄った。そんなセラの様子にトテトテと歩み寄ったレベッカは金色の髪を右手で掻き揚げると、ニコッと愛らしく笑みを浮かべる。


「どうかしましたか?」

「ううん。ちょっと」


 チラッとクロトの方へと目を向けると、レベッカは小さく首を傾げ、すぐに笑みを浮かべる。


「そっか! セラさんて……」

「ふぇっ?」


 目を輝かせ期待に満ちた笑みを浮かべるレベッカはセラの体越しにクロトの背中を見据えると、「そうなんですか」と納得した様に小さく頷く。そのレベッカの態度にセラは不思議そうな表情で首をかしげ「何々?」と声を上げた。

 盛り上がる二人から離れた場所でルーイットは横になっていた。足場が悪いだけあって、ルーイットの体力の消耗は激しかった。そんなルーイットを心配そうな眼差しで見据えるケルベロスは深くため息を吐き、水の入った筒を差し出す。


「な、何よ?」


 呼吸を乱しながらそう問うルーイットに対し、ケルベロスは眉間にシワを寄せると鼻から息を吐き答える。


「飲め。少し位水分をとっておけ」

「ふーん……意外ね。あんたにしては」


 そう呟きルーイットは体を起こすと筒を受け取り水を口にした。二人の間に流れる静寂。セラとレベッカの和気藹々と話す姿に、釣りをするクロトの姿。それを並んで眺める二人。何かを話すわけでもなくただジッとその光景を見据える。子供の頃を思い出す。修行時代の事を。

 懐かしく思いルーイットは口元へと薄らと笑みを浮かべた。小さな声で呟く。


「懐かしいわね」

「…………」


 だが、ケルベロスはその言葉に返答はしなかった。修行時代はケルベロスにとっては辛い思い出しか残っていなかったからだ。確かに皆で森の中を散策したり、野宿などを楽しんだ事もあったが、それ以上に町での差別に苦しめられたのだ。

 苦い記憶が蘇り、ケルベロスは俯くと「くっ」と声を漏らし瞼を閉じた。その表情は険しくとても苦しそうで、その横顔を見たルーイットはそれ以上言葉を掛ける事は出来なかった。

 静かな時間が過ぎ、陽は陰る。ほんの少しの休憩のつもりだったが、結局今日は洞窟の入り口で野宿をする事となった。

 適当な焚き木を集め、手の平へと蒼い炎を灯すケルベロスは、そのまま焚き木に火を灯す。蒼い炎は焚き木に燃え移ると、その炎の色を赤く変える。火の粉が僅かに舞い、ゆっくりと炎は揺れた。その炎を見据えるケルベロスは小さく吐息を漏らす。

 一方で、クロトは釣りを終え、仕掛けていた網を引き上げていた。


「ふーんふふーん」


 鼻歌混じりのクロト。その目には期待と希望が満ち溢れていた。

 それから数分後――。

 クロトは一人膝を抱えて海へと沈む夕日を見据えていた。そんなクロトの姿を見てセラは一人苦笑していた。セラの不安は外れた。だが、別の意味でその不安は当たっていた。

 本日の成果――ゼロ。クロトに釣りの才能は無かった様で、長時間釣りをしたにも関わらず竿がしなる事は一度も無かった。仕掛けた網にも一匹も掛からなかった。それがショックで、クロトは膝を抱えたそがれているのだ。


「あは……あはは……何か、見てると哀れだね」


 セラがフライパンを焚き火に掛け苦笑する。そんなセラの姿にケルベロスだけが渋い表情を浮かべ、眉間に深いシワを寄せていた。ケルベロスは知っている。セラが料理が苦手だと言う事を。いや、正確にはセラがドジですぐに調味料を間違えると言う事を。だから、不安だったのだ。セラがフライパンを握っていると言うのが。

 楽しげに笑みを浮かべるレベッカは、まな板の上で干し肉を切っていた。何も知らず「えへへ」と満面の笑みを浮かべるレベッカ。そんなレベッカの表情を見据えるケルベロスは、瞼を閉じると静かに頭を下げた。その表情がセラの料理で苦痛に歪むかと思うと可哀想でしょうがなかった。

 ようやく体力が戻ったのか、ルーイットも体を起こし料理をする二人の微笑ましい姿を見据え、笑みを零す。

 だが、ケルベロスは知っている。この後この笑みが失われる事を。だから、ケルベロスは大きく肩を落としたまま深い深いため息を吐いた。

 やがて、陽は落ち――夕食。悪夢の時間が訪れる。


「ふふふっ。今日のは自信作だよ!」

「私も手伝いましたっ!」


 満面の笑みを浮かべるセラとレベッカ。二人して同じ様に胸の前で両拳を握り締め、ムフーッと鼻から息を吹く。こう言う気合が入っている時こそ、一番危険だと分かっているケルベロスの気分は更に落ち込む。

 そんな落ち込むケルベロスの姿を横目に首を傾げるルーイットは、すぐに笑顔をセラとレベッカの二人へと向け、皿に盛られた料理へと目を向けた。

 食材が少ない為豪華さは無いが、それでも少ない食材の中彩りもよく見た目も美味しそうに飾られた干し肉。一応、火は通し湯気を上げ、甘酸っぱい香りが僅かに漂う。


「うわーっ。結構美味しいそう」

「むっ! 結構とは失礼な! 美味しいに決まってるんだよ!」


 セラが胸を張りそう言い張ると、ルーイットは「そうだよね」と笑う。その声が耳に届き、膝を抱え海を見ていたクロトがふと我に返る。その頭の中に過ぎるのはケルベロスと同じ悪夢の光景。悲惨な状況だった。その為、クロトは静かにその場から逃げ出そうとゆっくりと立ち上がるが、その瞬間にセラの声がクロトへと飛ぶ。


「あっ! クロト。お腹空いたでしょ? ご飯にしよう」


 その顔に浮かぶ満面の笑み。美味しいと言う自信から現れたその無垢な笑顔に、クロトは断る事などできず、静かに「そ、そうしようか」と告げ、ゆっくりと焚き火の方へと足を進めた。

 胃がギューッと締め付けられる様に痛み、今までの経験を思い出し覚悟を決める。今までと今回とでは大きな違いがあると言う事など忘れて。


「えへへ。ほらほら。たくさん食べていいからね」


 肉の盛られた皿を手渡され、クロトはゴクリと唾を飲み込んだ。皿に盛られた料理に食欲がそそられたからではなく、この料理には一体どんな間違いをしたのだろうと言う緊張感から自然と出た行動だった。

 妙に張り詰める空気に、ルーイットも違和感を感じたのか、目の前にある肉に手を着けず、クロトの顔をジッと見据えていた。こう言う時だけは、獣魔族としての勘が鋭く働くのだ。


「え、えっと……」

「美味しいですよ。私とセラさんの愛情が篭ってますから!」


 相変わらず両拳を胸の前で握り、愛らしい顔で期待に目を輝かせるレベッカのその言葉にセラは恥ずかしそうに「そんなの篭ってないよぉー」と笑っていた。そんなセラに苦笑するクロトは、ゆっくりと静かにその肉を口へと運んだ。


「はむっ…………ぐっ!」


 二噛みした所でクロトの表情が変る。その瞬間を目の当たりにし、ケルベロスは両手を合わせる。そして、ルーイットも目を細め「これは、ヤバイ」と心の中で呟いた。

 そんな事とは知らず期待に満ち溢れた眼差しを向けるセラとレベッカ。セラも大概ドジで調味料を間違えるが、レベッカもその類に属するのだろう。クロトの食べたその料理は今までで一番最悪なモノだった。口の中で味と味が喧嘩すると言うのはこの事を言うのだと分かった。


「もしかして、美味しくない?」

「そうなんですか? 一生懸命作ったのに……」


 何も言わず口を押さえるクロトの姿に、二人の輝いていた眼差しから光が失われ、二人して同時に大きく肩を落とす。悲しく儚げなその目、その表情にクロトは目から一粒の涙を零すと全ての皿に盛られていたその肉を無理やり口へと突っ込んだ。


「わわわっ! わ、私達の分まで食べちゃった!」

「す、凄い食欲です!」


 驚くセラとレベッカ。皿は一気に空になり、頬をパンパンに膨らせるクロトはもごもごと口を動かす。顔色は次第に悪くなるが、それでもその表情に笑みを残す。その姿にケルベロスは絶句し、ルーイットは呟く。


「アレが、男ってもんよ」


 と、ケルベロスに向かって。

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