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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
バレリア大陸編
73/300

第73話 不気味な教会と小さなシスター

 静かなさざ波に、クロトは目を覚ます。

 ぼんやりとする視界に、目を細め視点をあわせようとする。ぼやけた視界がゆっくりと鮮明になり、クロトは静かに体を起こす。まだ頭がボンヤリとするクロトは、右手で頭を押さえ周囲を見回した。ウツラウツラと頭を揺らすルーイットの姿が一番最初に目に入った。

 どれ位の時間が過ぎたのか、座りながら眠るルーイット。よほど心配させたのだろうと、クロトは申し訳なさそうに俯く。腹部に巻かれた綺麗な包帯。腫れていた右脇腹の傷は完全に腫れが引き、僅かな痛みだけしか残っていない。

 この大陸に来てすぐ、意識を失ったのは覚えている。それから、何があり、どうして自分がここで寝かされているのか全く分かっていなかった。

 ボンヤリとする頭を軽く揺さぶり考え込むクロトに、ケルベロスの静かな声が問い掛ける。


「目が覚めたのか?」


 ケルベロスの声に、クロトは顔をあげ視線を動かすと、壁にもたれかかるケルベロスの姿を発見する。腕を組み、相変わらず冷ややかな視線を向けるケルベロスに、クロトも強い眼差しを返す。二人の視線が交錯し、数秒が過ぎる。何かを言うわけでもなく、ケルベロスはクロトから視線を外し、クロトも自然とケルベロスから視線を外した。

 沈黙が続く中、クロトはセラがいない事に気付き、もう一回小屋の中を見回す。やはり、セラの姿は無い。そんなクロトの行動にケルベロスは小さく鼻を鳴らし、答える。


「セラならいないぞ」

「何処に行ったんだ? ここ、危ない場所なんだろ?」


 怪訝そうな表情を浮かべケルベロスへとそう尋ねると、ケルベロスは不快そうな表情で答える。


「お前の所為で、セラがデートする事になったんだ」

「で、デート? 誰と?」

「さぁな。何処かの神父と一緒に出かけたぞ」


 驚くクロトへと不愉快そうに答えたケルベロス。その答えに苦笑するクロトは申し訳なさそうに俯いた。自分の所為でセラが一人で危険な地へと足を踏み入れた事を申し訳なく思う。落ち込むクロトの姿に、腕を組み壁へともたれかかったケルベロスは、小さく吐息を漏らし、静かに告げる。


「安心しろ。あの神父の教会は魔族も受け入れる中立の場所だ」

「えっ、いや……でも……」

「それより、ミィの件はお前の差し金か?」


 険しい表情で俯くクロトへとケルベロスは静かに尋ねる。その言葉にクロトは眉間へとシワを寄せた。

 そう。ミィがクロト達とここバレリアで降りなかったのは、クロトが原因だった。薄々ケルベロスはその事に気付いていた。これまで何も言わなかったのは、それが懸命な判断だとケルベロスも思っていたからだ。だが、ケルベロスは何処か納得していなかった。

 冷ややかな視線を向けるケルベロスに対し、クロトは小さく息を吐くと首を左右に振り小さく笑みを浮かべる。


「差し金って言うか……その方が良いって思っただけだよ」

「ミィは納得したのか?」

「…………」


 クロトは黙る。ミィは最後まで納得はしなかった。危険でも一緒に居たいと。それでも、クロトは厳しく突き放した。バレリア大陸の事をケルベロスから聞いて知っていたから。魔族の自分達が一緒にいると、人間であるミィに危害が加えられるかもしれないと考えると、どうしても一緒に居るわけにはいかないと、クロトは思ったのだ。

 最後まで納得しなかったミィだったが、クロトに言われた事は口外せず、自分の意思でついていかないとセラ達には告げていた。それが、ケルベロスが納得していない理由だった。

 静かな時が過ぎ、クロトは唇を噛み締める。自分の決断は間違っていないと思うが、それでもミィの意思を無視した事に対し、罪悪感を覚えていた。


「まぁ、お前がどう言う決断をしたのか、あいつがどう言う思いで別れを告げたのかは、俺には関係ないがな」


 そのケルベロスの言葉にクロトは顔をあげ、ケルベロスの方に顔を向け笑みを浮かべた。


「お前、案外ミィの事心配してたんだな」

「黙れ」


 低い声で答えたケルベロスの鋭い眼差しが薄暗い闇に煌く。その目にクロトは一人苦笑した。



 夕闇に染まる空。

 街灯が灯る街中をセラと神父のロズヴェルが歩んでいた。陽が陰り、すでに人の姿は少なくなり、セラに向けられる殺意の込められた視線は薄れていた。どの家にも明かりが灯り始め、何処からともなく美味しそうないい匂いが漂う。もう夕食の時間なのだとセラは自分のお腹を右手で押さえ視線を落とす。

 色々あって食事はしていなかった。結局、あの後、治療した連中をボコボコにし、また治療してと言う事を三度ほど繰り返し、二度と逆らえないと言う程のトラウマを植え付け解放。その結果、こんな時間になってしまったのだ。

 申し訳なさそうに目尻を下げるロズヴェルは、セラへと目を向けると静かに口を開く。


「すみません。デートに誘っておいて、こんな事になってしまって」

「あっ、いえ……だ、大丈夫です」


 妙に距離のあるセラの言葉遣い。あの光景を目の当たりにした為、少しだけだがロズヴェルに恐怖を感じていた。僅かな距離を感じたのか、ロズヴェルのその笑みが歪む。ロズヴェル自身、やりすぎたと思っていた為、何も言えずにいた。

 重苦しい空気が微かにだが場を支配し、ロズヴェルは困った様に右手で頭を掻く。どうしたものかと考えていた。やりすぎたのは認めるが、それでもあの場合、あそこまでしないとあの集団は諦めなかっただろう。それに、ロズヴェルもこれ以上セラを危険な目にあわせたくなかった。あの集団が、この街を占める反魔族派な為、アレだけやればこの街でセラが危ない目に遭う事は無いと、少しだけ安心はしていた。

 二人の足音が重なり、夜風が広い街道へと流れ込む。冷たい夜風に、セラの茶色の髪が肩口で揺れる。厚着をしているセラだが、その風に表情を歪め身を震わせた。そんなセラへと体を向けたロズヴェルは心配そうな面持ちで、尋ねる。


「大丈夫ですか? 流石に夜になると寒いですけど……」

「あっ、は、はい。厚着してるんで」

「そうですか?」


 作り笑いを浮かべるセラへと、一層心配そうな顔を見せるロズヴェル。無理しているのは見て分かり、どうしたものかと考え込んでいた。と、その時、ロズヴェルの視界にあるものが目に入った。十字架を屋根につけた古びた教会。それはロズヴェルが仕える教会だった。大きな木が敷地内に存在し、その木の傘に覆われ日当たりが悪く一層薄気味悪く見えるその教会に向かってロズヴェルは足を進め、門の前で足を止めるとセラへと体を向ける。


「セラさん。どうですか? 私の教会に」

「えっ? あっ、で、でも、わ、私、魔族だし……」

「私の仕える神は人間にも魔族にも何の隔たりもなく平等にを信条としていますので」


 メガネ越しにニコヤカな笑みを浮かべるロズヴェルだが、不気味な教会を背にしている為か、その笑顔が怖かった。何かを企んでいるそんな風にセラには見えた。怯えた目をするセラに、ロズヴェルは「あら?」と小首を傾げる。と、その時、教会の大きな扉が不気味な音を起て開かれ、小柄のシスターが「よいしょ、よいしょ」と可愛らしい声をあげ、水の入ったバケツを両手で持ち姿を見せる。あまりの重さに可愛らしい顔を歪め、足を進めるそのシスターは門の前に佇むロズヴェルの姿を見つけると、硬直し同時に声を上げる。


「ろ、ロズヴェル!」


 と。甲高く響き渡ったその声に、セラは思わず両手で耳を塞ぎ、表情をしかめた。

 一方で、ロズヴェルはその声にぎこちなくゆっくりと振り返り、今まで見せた事の無い引きつった笑みを向ける。


「い、いやぁ。シスター、レベッカ」

「いやぁ! じゃないですよ! ロズヴェル! 何処行ってたんですか!」


 レベッカと呼ばれたシスターは両手で持った水の入ったバケツをロズヴェルへと向かって放り投げた。それは空を裂き、一直線にロズヴェルの顔面を捉えた。鈍い音が響き、水飛沫を上げバケツが砕ける。鼻から血を噴き後方へと弾かれたロズヴェルの顔へとバケツに入っていた水がぶっかかり、鼻血と水が混ざり合い転倒した。

 衝撃的な光景に硬直するセラに、バケツを投げたレベッカは気付き「ハッ!」と声を上げると顔を真っ赤に染めその場で深々と頭を下げた。


「す、すす、す、すみません! お、お客様とは!」


 慌てて頭を何度も下げるレベッカの金色の髪が激しくなびき、セラはどうしていいか分からず呆然としていた。

 異様な光景がそこには広がる。鼻血を出し水を頭から被って横転する神父に、何度も頭を下げ続けるシスター、呆然と立ち尽くす魔族の少女。それはもう異様と言うしかなかった。

 そんな異様な光景に、陽が暮れ行き交う人は少ないながらも、冷ややかな視線だけが向けられていた。

 数十分後、セラは薄気味悪い教会の中に居た。外観は不気味だが、その内装は綺麗なモノで、敷かれた赤絨毯には埃一つ落ちていない。そんな教会の奥にある部屋に案内された。生活スペースらしく、棚や小物、キッチン、ベッドまで置かれたその部屋で、レベッカは申し訳なさそうにお湯を沸かす。


「す、すみません。こんな狭い所で……」

「あっ、いえ……そんな……」


 セラはそう言いつつも部屋を見回す。ベッドは一つしかなく、ここで二人で生活していくには不便そうだと思うセラの視線に気付いたのか、レベッカは困った様な笑みを浮かべる。


「こ、ここには私だけが住んでるんです」

「えっ? で、でも、ロズヴェルさんは……」

「ロズヴェルは、ああ見えてお優しい方なので、夜になると何処かに行ってしまい……またフラフラと適当な時間にやってくるんです。

 私の心配など全く気にしないで……」


 不満そうに頬を膨らせるレベッカだが、その顔は穏やかで優しい表情だった。きっと、ロズヴェルの事をそれだけ信頼し、慕っているのだとセラは思い笑顔を浮かべた。

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