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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
バレリア大陸編
72/300

第72話 撲殺牧師 ロズヴェル

 海辺の小さな小屋の中。

 その小屋のワラの上にクロトは寝かされていた。

 すでに治療は終わり、腹部に綺麗な包帯が巻かれ、クロトの寝息は静かなモノだった。

 壁に背を預け腕を組むケルベロスは、瞼を閉じ静かに時を待つ。一方、ワラの上で寝るクロトの脇に女の子らしく座るルーイットは大きなため息を吐くと不安そうな表情を浮かべる。

 ルーイットの大きなため息はこの場の空気を一層重苦しくし、ケルベロスの瞼がゆっくりと開かれ鋭い眼差しがルーイットへと向けられる。僅かに苛立つケルベロスが小さく喉を鳴らすと、ルーイットが紺の髪の合間から覗く獣耳をビクッと跳ね、ゆっくりと顔をケルベロスの方へと向けた。

 黒髪の合間から覗く鋭い眼差しがルーイットをジッと見据え、静かな口調で告げる。


「何だ?」

「えっ? あぁ……うん。セラの事、心配じゃないの?」


 ルーイットの不安そうな声に、ケルベロスは眉間にシワを寄せる。

 現在、セラはここに居ない。あの神父との約束でクロトを治療した代わりに一日、神父に付き合う事になったのだ。

 クロトを治療してくれたのは感謝しているが、ルーイットはどうもあの神父を信用出来なかった。胡散臭いと言うか、何か危険なモノを感じたのだ。それは、獣魔族としてのルーイットの直感がそう告げているだけで、何の確証も無かった為何となく口にする事は出来なかった。

 セラは当然、疑う事無く、一日付き合うだけならと、快く引き受け神父と一緒に町に向かった。最初、ケルベロスが尾行するつもりだったが、その神父に「着いて来ないで下さいね」と釘を刺された為、ここで大人しく待っている。普段のケルベロスなら、そんな言葉を無視して着いて行くはずなのだが、妙に大人しく引き下がっていた。

 何故、ケルベロスが大人しく引き下がったのか分からず、ルーイットは不思議そうな顔を向ける。その顔に、ケルベロスは腕を組み不快そうに小さく吐息を漏らす。


「何だ! 文句でもあるのか!」

「いや、無いけど……珍しく、大人しく引き下がったから……」

「仕方ないだろ! この状況で、人間のアイツに逆らえば、どうなるか分かってるのか?」


 ケルベロスの怒鳴り声に、ルーイットは肩を落としシュンとなる。そんなルーイットに、ケルベロスは乱暴に頭を掻き毟り、小さく舌打ちし「悪い」と謝った。



 その頃、セラはあの神父と一緒に町に居た。頭に深々と青いニット帽を被り、その尖った耳を隠す。だが、流石に褐色の肌だけは隠す事が出来ない為、セラは長袖シャツにロングスカートで足も腕も確りと隠していた。

 全てゼバーリック大陸の港町ノーブルーで買った代物だった。深々と被ったニット帽から溢れたセミロングの茶色の毛先を揺らすセラ。その隣を堂々と歩む黒衣に身をまとった神父は、細い目で町の様子を窺いながら誇らしげな笑みを浮かべ歩みを進める。そのワキに聖書を挟んだまま。

 だが、異変は起きていた。行き交う人々はセラとすれ違う度に足を止め、驚いた様子の表情を浮かべたり、殺気の篭った視線を向けられる。すでに気付き始めているのだ。セラが魔族であると言う事を、この町の人たちが。

 ここはバレリア大陸の最南端。三日月形の先端に位置する小さな町。王都から最も離れた位置にある町で、兵団の目も中々届かない。人間の町で一番安全な町だが、それでも魔族に対する嫌悪感を抱く者は多く、町中からヒソヒソと話す人々の声が聞こえた。

 その声にセラはうろたえ、怯えていた。ケルベロスにこの大陸がどんな場所なのか聞かされていた為、自然と体が震える。恐怖を感じていた。クロト達と離れて、魔族一人だけでこの人の中を歩く事が。

 人間が魔族を怖がる様に、魔族も人間が怖いのだ。

 恐怖に体を震わせるセラの肩へと神父は腕を回すと、ニコリと笑みを浮かべた。自分の方へとセラを抱き寄せる神父は小声でその耳へと囁く。


「安心してください。どんな事があっても私が守りますから」


 と、優しく。その声に小さく頷くセラは困った表情で頷く。同じ人間であるはずのその神父の声は何故だか安心出来た。

 暫く歩みを進めていると、不意に神父は足を止めると、そこに一人の女の子がトテトテと歩み寄る。可愛らしく黒髪を二つに分けて束ね、右手には人形を持った女の子は、神父の顔を見上げると「えへへ」と笑う。


「すみません。ちょっと待っててくれますか?」

「えっ? あっ、はい……」


 神父の声に小さく頷き、セラは俯く。どうしたら良いんだろうと思っていると、女の子が神父の手を掴むとそのまま走り出す。


「おっととっ。どうしたんですか? 急に走り出すと危ないですよ?」


 穏やかに笑う神父はその女の子へと着いて行く。そんな事と知らず、一人セラはその場所に佇み、町並みを見回していた。ゼバーリック大陸にある町と変わらぬ町並み。変わらぬ空気。違うのは人間の魔族に対する感情。

 小さく息を吐き肩の力を抜いたセラは不意に感じる。妙な視線を。

 その視線に振り返ると、そこには武装した集団が居た。殺気だったその目に、セラは一瞬で悟る。殺されると。そして、足は自然と駆け出す。自己防衛本能によって。すると、武装した集団は声をあげ走り出す。


「逃がすな!」

「追え!」


 と。荒々しい声を上げて。

 見知らぬ町、見知らぬ道を走り抜けるセラ。何処に向かえば良いのか、何処に逃げ込めばいいのか分からず、ただただ走り続ける。体力が続く限り、全力で。しかし、逃げれば逃げるだけ、追う者が増えていく。初めは六人位だったが、今現在二十人位に増えていた。

 そして、セラは遂に袋小路へと追い込まれた。


「はぁ…はぁ……」

「追い詰めたぞ。魔族!」

「殺すなよ! 生かして捕まえろ!」


 怒鳴り散らす武装した集団は逃がさない様に道幅を塞ぐ。呼吸を乱し、壁を背にするセラは、どうするかを考える。こんな時、クロトがいれば――ケルベロスがいれば――頭を過ぎる二人の顔。だが、ここに二人はいない。自分で何とかするしかない。

 覚悟を決めるセラは、魔力を練ろうと両手を胸の前で組む。しかし、その時、武装した集団の後方で鈍い音と呻き声が響く。その音に、前の方に居た男が振り返り怒鳴る。


「何の騒ぎだ! この――ごふっ!」


 突如、鈍い音が響き男の体が吹き飛ぶ。その体はセラの横をすり抜け後ろの壁へと激突し、激しい爆音を轟かせ土煙と爆風がセラの背中から吹き抜ける。

 何が起こっているのか分からず、セラが目を丸くしていると、その武装集団の間を威風堂々と静かに歩み進む一人の男の姿が目に入った。その男は、無傷のセラを見つけると、ニコリと穏やかな笑みを浮かべ、右手に持った鋼鉄の棍棒を下ろし、安心した様に肩の力を抜く。


「ご無事でしたか?」


 優しく穏やかな口調でそう述べる男は、左手で黒縁メガネを上げると、細い目を緩め口元へと笑みを浮かべる。


「テメェ! あの古びた教会の牧師! 何のマネだ!」


 武装した一人の若者がセラを助けた神父へと掴みかかろうとするが、その刹那、神父は右手に持った鋼鉄の棍棒で若者の顎を貫く。鈍い打撃音が響き、若者の顔が大きく弾かれ後方へと飛ぶ。鋭い一撃に、一人の男が身を震わせ、瞳孔を広げる。


「見た所、お怪我はありませんね。安心しました」


 穏やかに微笑む神父は、ゆっくりとセラの方へと足を進める。と、その時、震えていた男は大声で叫ぶ。


「こ、コイツ! 撲殺牧師だ!」

「ぼ、撲殺牧師!」

「な、な、何で、そんなのが、あんな古びた教会に……」


 ザワメク集団。青筋を僅かに浮かべ固まる神父。その笑顔が少しだけセラは怖かった。ほんの一瞬だが、神父の体から殺気が放たれたのだ。その殺気に自然とセラの体は震え、右足が本能で一歩下がる。それ程その殺気が恐ろしかった。

 静かに男達へと振り返る神父は、その手に持った棍棒を地面へと突き立てる。棍棒の先が地面を砕き、土煙を巻き上げた。その鈍い音に男達は驚き思わず後退り、神父はメガネ越しに猫の様な細い目で男達を威圧する。


「おやおや。まさか、私の事をご存知の方がいるとは……。

 しかし、その呼び方は好きじゃありませんね。私にはロズヴェルと言うちゃんとした名前がありますから」


 威圧的な静かな声が、その場を凍りつかせる。無意識の内に相手を威圧するロズヴェルに対し、武装した集団は息を呑み、ゆっくりと武器を構えた。その行動に対し、ロズヴェルは穏やかな笑みを浮かべる。


「おやおや。戦うつもりなんですか? 私は無駄な争いは避けたいんですけどね」

「うるせぇ! 全員でかかれ! 撲殺牧師だろうが、全員でかかれば怖くねぇ!」


 ロズヴェルを囲い一斉に襲い掛かる。だが、ロズヴェルは鋼鉄の棍棒を軽々と素早く回し、次々と襲い掛かる男達の攻撃を防ぐ。素早く次々と金属音を響かせ、火花を散らせる。まるで遊んでいる様に見えるロズヴェルは、一通り攻撃を防ぐと腰を落とす。本格的に攻撃を開始する合図だった。

 鈍い打撃音が響き、鋭い突きが次々と男達の体へと減り込む。皆一撃だった。衝撃は背中を突き抜けその場に蹲る男達。皆口から唾液を吐き、動く事が出来ない。そんな中で静かにロズヴェルは棍棒を地面に突き立て、蹲る男達を見回した後に、ゆっくりとセラの方へと体を向ける。


「申し訳ありません。私が目を話したばっかりに、怖い想いをさせた様で」


 申し訳なさそうに眉を曲げるロズヴェルは、棍棒を消すとゆっくりとセラの方へと足を進める。が、すぐに足を止めると、困り顔でセラへと手を合わせ、


「すみません。彼らの治療をしなくては」

「えっ? で、でも、また襲ってきたら……」


 驚くセラが疑問を投げかけると、ロズヴェルは笑顔で答える。


「その時はまたボコりますよ? 体に痛みを、記憶に恐怖を。これが、私の教えです」


 穏やかな笑みの裏に薄らと見えたロズヴェルの本心に、セラは一人苦笑する。そして、何故彼が撲殺牧師などと呼ばれているのか理解した。

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