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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
バレリア大陸編
71/300

第71話 バレリア到着

 船はバレリア大陸南東の三日月型の丁度先端部分にあたる砂浜近くの浅瀬に停泊していた。

 小船を揺らし、砂浜へと上陸したクロトは、苦しそうに腹部を右手で押さえ左手を膝の上へと置く。続いて砂浜に下りたセラは、そんなクロトの背中を擦り心配そうな表情を見せる。それに続き、ルーイットが砂浜へとおり、足を砂にとられよろめき、その腕を最後におりたケルベロスが掴んだ。

 ムッとした表情を見せたルーイットだが、すぐに小声で「あ、ありがとう」と呟く。だが、ケルベロスは何食わぬ顔で足を進める。その背中へとジト目を向けるルーイットは不満げな表情で歩き出した。

 小船へと残ったパルとミィ。パルは相変わらず露出の激しい服装で小船に仁王立ちすると、砂浜に降り立った四人を見据え、腕を組むと寂しげな表情を浮かべる。


「私達が出来るのはここまでだよ」

「ああ……ありがとう」


 パルへと背を向け俯いたまま返答するクロト。相当、船酔いがきつかったのか、陸に上がっても顔色は悪く俯き顔を上げる事の出来ないクロトに、パルは腰に手を当て小さく息を吐く。この調子で大丈夫だろうか、と心配になった。

 不安そうな表情を見せるパルへと、ルーイットは笑みを浮かべ紺色の獣耳を二度動かし頬を掻く。


「とりあえず、クロトは暫く休めばよくなると思うから……」


 流石に、パルのその表情で何が言いたいのか分かったルーイットが苦笑混じりにそう言うと、呆れた様に目を細め「そうだな」とパルは静かに答えた。

 二人の微妙なやり取りをパルの斜め後ろから見ていたミィは口元を右手で押さえクスクスと笑う。二人のぎこちないやり取りがおかしくて仕方なかった。クスクス笑っていると、パルが横目で睨み、ルーイットも目を細めミィへと視線を向ける。その視線にミィは視線を逸らし二度咳払いをしてニコッと笑う。


「ま、まぁ、クロトの事は任せるッスよ」


 と、話を逸らす。肩の力を抜き鼻から息を吐くパルは、海賊ハットを右手で被りなおし、俯くと口元に薄らと笑みを浮かべる。


「まぁ、あんたらの心配はしないよ。

 ただ、気をつけるんだね。ここは、ゼバーリック大陸と違って魔王が居ない大陸だからね」

「ふっ。そんな事分かっている。俺達の心配をするより先に、自分達の心配をしろ」


 背を向けたまま静かに述べるケルベロス。

 魔王の居ないこの大陸では人間が権力を握っており、ここはゼバーリック大陸の様に中立の町などは無く、魔族はヒッソリと人目につかない様に隠れて暮らしている。全てはこの大陸に唯一存在するラフト王国が原因だった。対抗する国が大陸内に無い事をいい事に、彼らはこの大陸を自らの手中に収めたのだ。

 少ないながらも魔族はそんなラフト王国と戦ったが、王と言う指揮を持つ軍勢に拮抗するだけの力は無く、この大陸では魔族だと知られるとすぐに捕らわれ処刑される。それが、例え子供であろうと。

 この大陸、この王国について、ケルベロスも噂だけは耳にしていた。その為、いつに無くピリピリとした空気を漂わせる。

 ケルベロスの背中を海賊ハットの端から覗き見るパルは、安心した様に静かに息を吐き、ミィの肩を掴み、前へと押す。


「あわわっ! な、何スか? 突然?」


 急に前に押され慌てるミィに、パルは顔を近付け小声で呟く。


「暫く会えなくなるんだ。別れの言葉くらい言っておけ」


 と。その言葉に、笑顔を見せていたミィの表情が僅かに沈み、セラもルーイットもその表情に表情を暗くする。ここでミィと別れる事を知っていたから。セラにとっては初めて出来た人間の友達。歳は違えど、それでも何でも話せる妹の様な存在だったミィ。そのミィとここで別れると思うと、自然と涙がこぼれる。

 セラが顔を両手で隠し俯く。肩が小刻みに震え、泣いているのだとミィも分かり、その目に涙が浮かぶ。ミィにとってもセラは大切な親友の様な存在だった。そして、魔族と人間の間には何の隔たりなど無いのだと知った。

 思わず零れ落ちそうになるミィの涙。それでも、奥歯を噛み締め拳を握り締め、それを堪え、震える声で告げる。


「じ、自分は、こ、ここで……お別れッス……。

 皆とあえて、自分は……商人として、少しだけ成長出来たと思ってるッス……。

 本当に、皆に会えてよかったと思ってるッス……」

「ミィ!」


 ミィが頭を下げようとしたその時、クロトが唐突に叫んだ。その声に、皆の視線がクロトへと集まる。相変わらず、背を向け気持ち悪そうに腹を押さえ俯くクロトは、静かに息を吐き口を開く。


「さよならはいらない! ほんの少しの間会えないだけだろ。

 俺達はまた一緒に旅をするんだから、さよならなんて言わない」


 クロトの言葉に、皆ただ沈黙する。波の音だけが響く中で、ミィは右腕で涙を拭くと唇を噛み締め小さく頷く。そして、笑みを浮かべると、クロトの背中へ眼差しを向ける。


「分かったッス。さよならは言わないッス」

「ああ」

「じゃあ、またッス」


 笑顔で右手を軽く振るミィに、セラもルーイットも手を振った。「またね」と静かに告げて。

 静かに小船はパルの海賊船へと戻って行く。遠ざかる小船を見据えるセラとルーイット。流していた涙をセラは右手で拭い胸の前で両拳を握り何度も頷く。自分に何かを言い聞かせる様に何度も、何度も。

 やがて、船は出航する。ミィとパルを乗せて。その船尾でミィは手すりから身を乗り出し腕を振る。


「また必ず! 一人前の商人になって再会ッスからね!」


 と、大声を上げて。その声に、セラも口元へと両手を持って行き叫ぶ。


「私も、一人前のお姫様になるから!」

「いや、一人前のお姫様って……」


 セラの声に隣でルーイットがそう呟き苦笑する。右肩をやや落として。ケルベロスも僅かにだが呆れた様な表情を浮かべ右手で額を押さえる。

 船が遠ざかり見えなくなると、セラは小さく息を吐くとクロトへと視線を向けた。先程から妙に口数が少なく、俯いたままのクロトに、訝しげな表情を浮かべる。幾ら船酔いが酷いと言っても、もうそろそろ良くなってもいい頃じゃないだろうかと。

 ルーイットもクロトの様子に違和感を感じており、セラと顔を合わせる。


「ねぇ、クロト。大丈夫?」

「あぁ……だい……じょう……ガハッ! ぐふっ!」


 突然、クロトが咳き込み、口を覆っていた右手の指の合間から血が噴出す。


「く、クロト!」


 激しく咳き込み吐血するクロトに、驚くセラとルーイット。そして、ケルベロスが素早くクロトを砂浜へと寝かせた。左手で腹部を押さえ、苦しそうな表情を浮かべるクロトの額に大粒の汗が滲む。口の周りに血を付着させ、何度激しく吐血を繰り返す。

 表情を歪めるケルベロスは、クロトが腹部を押さえているのに気付き、その手を退けると静かに告げる。


「服を捲るぞ!」

「えっ? ちょ、け、ケルベロス?」


 慌てるルーイットが顔を僅かに赤く染める中、ケルベロスは一気にシャツを捲った。


「うっ!」


 すぐに表情をしかめるケルベロス。遅れて、それを目にしたセラとルーイットも表情を歪めた。

 痛々しい右脇腹の傷。皮膚は黒ずみ、派手に腫れあがっていた。炎症を起こし化膿するその傷口。その痛々しいまでの深い傷を見据え、ケルベロスは眉間へとシワを寄せた。皮膚が腐りつつあったのだ。


「何を考えてるんだ! お前!」

「がはっ! ゲホッ!」


 ケルベロスの怒鳴り声に対し、激しく咳き込む。口から吐き出される血に、ケルベロスは一層表情を歪める。

 不安そうにケルベロスとクロトの顔を交互に見据えるセラは、その口元を両手で押さえながらオロオロとしていた。どうすればいいのか分からなかったのだ。ルーイットも同じく困惑していた。その傷の酷さに。瞳孔を広げただ呆然とその傷口を見据えるルーイットに、ケルベロスは静かに口を開く。


「おそらく、ガーディンにやられた傷だろう……」

「ちょ、ちょっと待って! それじゃあ、約一月このままだったって言うの?」


 ケルベロスの言葉で我に返ったルーイットが驚き叫ぶと、ケルベロスは小さく頷き、小さく鼻から息を吐き呆れた様な眼差しをクロトへと向けた。


「コイツの事だ。誰にも心配させたくないとか、くだらない事を考えたんだろう」


 眉間にシワを寄せたケルベロスは、クロトの腹部の傷を触診しながら静かにそう呟いた。短い付き合いだがクロトの性格は分かっている。その為、呆れて言葉が出なかった。まさか、ここまでバカだとは思わなかったのだ。

 しかし、これは酷かった。とてもじゃないが、医学の無いケルベロスがどうこう出来るモノではなかった。

 困り渋い表情を浮かべるケルベロスに対し、ルーイットは不安そうに苦しむクロトの顔を見据え、胸の前で手を組んでいた。

 どうしたものかと考えるケルベロス。病院に連れて行こうにも、町に入れば間違いなく捕まる。その為、クロトを病院に連れて行く事も出来ない。複雑な表情を浮かべるケルベロスは、右手で頭を抱え息を吐く。

 最悪な状況だったが、それを打開するだけの考えが思い浮かばない。考え込むケルベロスの耳に足音が聞こえる。砂浜を進む一つの足音を。その足音に顔を上げたケルベロスは鋭い眼差しを向ける。その視線に黒い衣服に身を包んだ若い神父が両手を軽く挙げ足を止めた。

 黒い髪をオールバックにし、黒ぶちのメガネを掛けた猫の様な細い目をした神父にケルベロスは怪訝そうな表情を浮かべる。魔人族の様に耳が尖っているわけでもなく、獣魔族の様に獣耳があるわけでもない為、すぐに人間だと分かったが、何か違和感を感じていた。


「何の用だ?」


 警戒し低い声で問い掛けると、目の細い神父は穏やかな笑みを浮かべ、ケルベロスの足元に寝かされたクロトへと目を向ける。


「怪我人がいるみたいですね?」

「それがどうした?」

「よければ、私が診てあげましょうか?」


 ニコリと微笑む神父にケルベロスは嫌な感じを覚え目を細める。何を考えているのか分からない。人間であるこの神父が魔族を助ける道理が分からなかった。怪訝そうな表情を浮かべていると、そのケルベロスを押しのけ、セラが神父の前へと出る。


「クロトを助けてください!」

「えぇ。いいですよ。ですが、私は基本的に女性の診療しかしないんですよ」

「残念だな。クロトは男だ」


 若い神父が顔の前で右手の人差し指を立てると、ケルベロスが即答でそう返答する。すると、彼はニコリと笑い静かに告げる。


「えぇ。知ってますよ? ですから、基本的になんですよ?」

「何が言いたい?」

「私の条件を呑めば、男の人でも診療しますよ?」


 神父は穏やかな笑みを浮かべそう言うと、ケルベロスは訝しげな表情を浮かべ、怪しむ様な眼差しを向けた。

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