第67話 港町ノーブルー
数日掛け、ようやく船はノーブルーの港へと到着していた。
停泊して半日が過ぎ、船の整備は手際よく進んでいた。
港の近くにある海岸食堂。そのテラス席に座り整備を見据えるクロトは、大欠伸を一つする。こんな事なら、セラ達と一緒に町を見て回るべきだったと。頬杖を付き不満げな表情を見せるクロトに、その向かいに座りその美しい足を組むパルが眉間にシワを寄せる。
「お前、女性と一緒に居る時に欠伸なんてするか? 普通」
「ああ。ごめん。でも、整備って時間が掛かるんだね」
「そうだな。まぁ、もうすぐ終わるよ」
優雅に紅茶を飲むパルは、小さく鼻から息を吐きカップを皿へと戻すと不満げな表情でクロトを見据える。
現在、船が整備中の為セラとルーイットは買い物へと出かけ、ミィは在庫の補充と販売へ、ケルベロスはいつの間にか居なくなっていた。そして、残されたのがクロトとパルだけだったのだ。ボンヤリと空を眺めるクロトは、遠くの方で黒の飛行艇が着陸するのが見えた。
「へぇー。ここって、飛行艇の停留所もあるのか?」
関心した様に声を上げたクロトに、パルは訝しげな表情を浮かべる。
「飛行艇? ここは基本的に飛行艇での停泊は禁止になってるはずだけど……」
パルがそう呟き空を見上げる。
ここ港町ノーブルーは基本的に船の停留所。その為、飛行艇での上陸は禁止となっている。理由は様々あるが、一番の理由は港なのだから船で来いと言う事だった。
その禁止された事をやるバカは一体何処の奴だと、パルは遠くを見る様に目を細め、着陸しようとする飛行艇を見据える。黒の船体に船尾に妙な旗が掲げられているのが見えた。アレは間違いなくギルドの証だと分かったパルは、面倒臭そうな表情で呟く。
「アレは……ジェスのギルドだな……」
「ジェス? パルの知り合いなのか?」
クロトの問いに不快そうな表情を向けるパルは、「んなわけないだろ」と怒気の篭った声で告げる。何故、そんな不快そうな表情をしたのかクロトには分からなかったが、とりあえずその場は笑って「そうなんだ」と言い誤魔化す。
腕を組むパルはそんな飛行艇を見据え、静かに息を吐く。苛立ちの見えるパルに、クロトは何も言わず目の前の紅茶を啜る。目を細め困った様子のクロトに、パルは眉間にシワを寄せたまま口を開く。
「ジェスは、名も無きギルドのマスターだ」
パルの静かな声にクロトは「やっぱり知ってるんじゃないか」と心の中で呟き鼻から息を吐く。すると、パルの鋭い眼差しがクロトへと向けられる。
「言っておくが、この大陸でも奴は有名だから知ってるんだ。決して知り合いと言うわけじゃないからな」
「あ、あぁ……わ、分かってるよ」
心を読んだ様な一言にクロトは表情を引きつらせ視線をそらした。そんなクロトにジト目を向けていたパルは小さく吐息を漏らすと、更に言葉を続ける。
「私も実際に会った事があるわけじゃないわ。ただ、あんまり良い噂は聞かないわね」
「へぇー。でも、ギルドのマスターなんだろ? 名声が無きゃなれないんじゃないのか?」
「ギルドと言っても個人経営のギルドだ。それに、ギルドにも色々ある。正規のギルドから、そうじゃないギルドまでな」
静かに紅茶を口へと運び、不快そうな表情を浮かべる。何かギルドに対して恨みでもあるのだろうか、と思うクロトは、頬杖を付いたまま俯き眉間にシワを寄せ考えていた。今まで行ったギルドはそんなに悪いイメージが無い。その為、どうしてそこまでギルドを毛嫌いするのか分からなかった。
眉間にシワを寄せ考えていると、パルはゆっくりとカップを皿に戻し話を続ける。
「まぁ、奴のギルドは義賊だとか言ってるが、実際やってる事は盗賊と一緒。あの飛行艇だって人から奪ったものだ」
「そうなのか?」
「ああ。その証拠に船体を黒く塗りつぶしていただろ」
パルに言われてクロトも思い出す。黒塗りにされたその飛行艇の船体を。
「アレは、盗んだモノだとバレ無い様に黒く塗りつぶしてるんだ」
険しい表情で言葉を続けるパル。一方でクロトは関心していた。黒塗りにするのにちゃんと意味があったと言う事に。関心するクロトを睨むパルは、大きくため息を吐き肩を落とす。そして、自分の船を見据える。
「まぁ、海賊やってる私が言えた事じゃないけどね。船や飛行船って言うのはその持ち主にとって大切なモノ。それを奪うって言うのは許せるもんじゃないね」
海賊として人のモノを奪ったりするパルの口から出た言葉。その横顔を見据えるクロトは頬杖をついたまま静かに笑みを浮かべる。海賊として、パルにも譲れないモノがあるのだと何となく分かった気がする。そして、パルがジェスと言う人をどうして嫌っているのかと言うのも分かった気がする。二人は同じなのだろう。盗賊ギルドとしてのジェスと海賊としてのパル。お互い義賊と言う共通点があるからだろう。
一人ニヤニヤしていると、パルの鋭い眼差しがクロトを睨む。
「何を考えてるんだ?」
「えっ? い、いや、何も……」
「たっだいまーっ!」
慌てるクロトが苦笑し否定していると、セラの明るい声が響く。クロトは素早く椅子から立つと、パルの鋭い視線から逃げる様にセラの方へと顔を向ける。
「お疲れ! さぁさぁ、どうぞ!」
自分が座っていた椅子をセラへ譲り、もう一方の椅子を引きルーイットに目を向ける。そして、慌てて二人に歩み寄り、その手に持っていた紙袋へと手を伸ばす。何を買ったのか分からないが、二人共紙袋を二つ持っていた。
妙なテンションのクロトの行動に訝しげな表情を浮かべるセラとルーイットは顔を見合わせながらも、クロトへと紙袋を預け、椅子に座る。ニコニコと笑みを浮かべるクロトは荷物を受け取ると、空いている椅子へと置きわざとらしく声を上げた。
「さぁ! もうすぐ整備も終わりそうだし、俺はミィを探しに行って来ようかな!」
「あっ! ちょ、ちょっとクロト!」
慌てて声を上げるセラだったが、クロトにその声は聞こえなかったのか、そのまま駆けて行ってしまった。
ムスッと頬を膨らせるセラに対し、頭の上の紺色の獣耳を折り苦笑するルーイット。そんな二人への元へと店員がやってくる。
「ご注文は?」
「私は紅茶で。セラは何にする?」
「うぅーっ。じゃあ、私も同じのでぇー」
頬を膨らせテーブルへと突っ伏しながら答えると、店員は軽く会釈し店内へと戻って行く。不貞腐れた様子のセラに対し、パルは訝しげな表情を浮かべる。すると、ルーイットが苦笑し答える。
「実は、私達、クロトの服を買ってきたの」
「んっ? クロトの?」
「そうなの。クロトってば、この世界に来てからずっとあの服なんだよ? 幾ら洗ってるからって、もう血の染みだって落ちないし、そろそろ新しいモノをと思って……」
テーブルに突っ伏したまま不満そうに声を上げるセラに対し、ルーイットは相変わらず苦笑していた。一緒に買い物に行って分かったが、セラの服のセンスはイマイチだったのだ。それを、クロトも知っているのか、セラが買ってきた服を絶対に着ようとせず、あの様に何かと理由をつけ逃げているのだ。
不貞腐れるセラはテーブルに突っ伏したまま「クロトのバカー!」と叫び、ルーイットとパルは呆れた様子で顔を見合わせていた。