第62話 いい人
「セラは、心配じゃないの?」
甲板からミラージュ城を見上げるセラに、その隣に居たルーイットが不意にそう尋ねた。
ミラージュ城の王都であるグローリードの港に停泊するパルの海賊船。潮風を浴び、セミロングの茶色い髪を揺らすセラは、一瞬不思議そうな表情を見せた後に、すぐに笑みを浮かべ答える。
「えっ? どうして?」
「どうしてって……」
平然とするセラの姿にルーイットは困ったような表情を見せる。てっきり、セラはクロトに好意があるのだと思っていたのだ。あの秘密基地でクロトの姿を発見したセラの態度や、声色の変化などから、そう推測していた。その為、パルがクロトと二人でミラージュ城へ行くと言い出した時、慌てて止めるモノだと思っていたのだが、セラはこの調子で全く気にした様子は無かった。
訝しげな表情を浮かべるルーイットは、潮風で揺れる長い紺色の髪を右手で撫で、意を決しセラへと体を向け真剣な表情で尋ねる。
「だって、パルと一緒なんだよ? あんなスタイル良くて、美人な人とクロトが二人きりなんだよ?」
「う、うん。それが、どうかしたの?」
あまりに真剣な表情で告げるルーイットに戸惑うセラは、僅かに体を仰け反らせルーイットから距離を取る。その迫力に圧倒されていたのだ。だが、ルーイットの追求は止まらない。
「で、でも、セラってく、クロトの事、す、好きなんでしょ?」
「ふぇっ? わ、私がクロトの事?」
唐突に発せられたルーイットの言葉にセラは奇怪な声をあげ唖然とする。褐色の肌をしたセラの顔を真っ直ぐに見据えるルーイットの顔はみるみる赤く染まり、恥ずかしそうに俯く。そのルーイットの姿にセラは笑いを噴出す。
「あはははっ! ち、違う違う。私、クロトをそんな風に見た事無いよぉ?」
「えぇっ? で、でも、クロトと再会した時、凄く心配そうだったし……」
「うん。心配だったよ? 私にとってクロトは出来の悪い弟みたいな感じなんだ」
「そ、そうなの?」
「うん。何だか、目が離せないって言うか、可愛いでしょ?」
ニコニコと笑みを浮かべるセラに、ルーイットは思う。どちらかと言えば、クロトの方がセラのお兄さん的な存在で、手を焼いている気がすると。
でも、納得した。だから、クロトがパルと二人でミラージュ城へ向かっても平然としていたのだと。自分だけがモヤモヤしていたのだと知り、ルーイットは深くため息を吐きミラージュ城へとジト目を向けた。
ミラージュ城の広場には人だかりが出来ていた。
すでに広まっていたのだ。王子であるウォーレンが、一人の女性をめぐって決闘をすると言う事が。ザワメク周りの声を聞きながら、クロトは小さく息を吐き、目の前に堂々とした態度で立つウォーレンを見据える。流石、王子と言うだけあって、その身がまとうオーラは妙に輝いて見える。だが、クロトは感じていた。彼もまた親の七光りで無く、相当の実力者だと。
その為、大きくため息を吐き両肩を落とす。パルの為とは言え、この相当の実力者相手と戦い勝たなければならないと言う事を考えると、気が重くなった。正直、勝てる見込みもなくどうするべきかをクロトは必死に考えていた。
困った様子のクロトに、パルは特等席であるゲイツの隣の席から飛び降り、広場へと降り立つと、悠然とした足取りでクロトへと歩み寄る。
だが、その行動にいち早く気付いたウォーレンは、怒鳴り声を上げる。
「おいおいおい! パル! 男の勝負に口出しする気か!」
「うっさい! お前に用はない!」
「なっ!」
パルの言葉にウォーレンはショックを受け硬直する。その隙にパルはクロトへと駆け寄ると、眉間にシワを寄せ小声で怒鳴る。
「お前、大丈夫なのか?」
「あーぁ……。正直、困ってます」
「ったく……危ないと思ったら棄権しろ」
「ああ。分かった。ありがとう。心配してくれて」
パルへと微笑み掛けるクロトに、パルは呆れた様子でため息を吐きならが僅かに顔を赤くしていた。妙な気持ちだった。何故か、クロトの笑顔を見ると胸が締め付けられる様な、そんな気持ちになっていた。その感情にパルは僅かな苛立ちを覚えながら、静かにゲイツの隣の席へと戻っていく。
ザワメクその中で、唐突に鳴り響く銅鑼の音。それが、合図だったかの様に、見物人達は口を閉じ息を呑む。
銅鑼の音で我に返ったウォーレンは、静かにクロトへと一歩踏み出すと、背中に背負っていたハンマーを右手に持ち、それを真っ直ぐにクロトへと向ける。
「さぁ! 武器を抜け! こっから、真剣勝負だ!」
「あーぁ……そうだな……」
クロトは困った様子で周囲を見回し、一番近くに居た兵士へと目を向ける。腰にぶら下がる騎士が扱う長剣が目に入り、これでいいだろうと小さく頷き、その兵士に声を掛けた。
「悪いけど、その剣貸してくれない?」
「えっ? こ、この剣ですか?」
「うん。まさか、こんな事になると思わなかったから」
「は、はぁ……」
唖然としながらも、兵士は自分の腰の剣を鞘ごとクロトへと手渡す。その長剣を受け取り、「ありがとう」と笑顔で礼を言ったクロトは、その剣を鞘から抜き刃を見据える。綺麗に手入れされたその剣。あの兵士がどれだけ、この剣を大事にしているのかと言うのが伝わる。これなら、大丈夫だと。
剣を構え、ウォーレンへと目を向けたクロトは静かに口を開く。
「じゃあ、始めようか?」
「いや! ちょっと待て!」
「えっ?」
突然、ハンマーを下ろしたウォーレンは、不満そうな表情を浮かべ、周囲を見回し、一人の兵士に声を張る。
「おい! お前!」
「は、はい? わ、私ですか?」
「ああ。お前のハンマーを貸せ」
「で、ですが、ウォーレン様には、それが……」
兵士がウォーレンの目の前に置かれた愛用のハンマーを指差すが、ウォーレンはすぐに怒鳴る。
「いいから貸せ!」
「は、はい!」
その迫力のある声に、兵士はたまらず自分の持っていたハンマーを投げ、ウォーレンはそれを右手で受けると、クルクルとまわし静かに構え、クロトはその行動に目を丸くしていた。
「勝負は公平に。お前が、愛用の武器を使わないなら、俺も使わない」
「は、はぁ……」
小さくそう返答するクロトは、思う。第一印象はアレだったが、結構良い人なのだと。
互いに武器を構え、対峙する。ジリッと右足を前へと出すウォーレンに対し、クロトは長剣を両手で握り、中段に構えていた。その構えに、ウォーレンは妙な違和感を感じ、静かに尋ねる。
「お前、一刀両断とか、使えねぇーのか?」
「一刀両断?」
唐突に告げられたウォーレンの言葉に、クロトは首を傾げる。何の事なのかさっぱり分からず、返答に困っていると、ウォーレンは呆れた様に大きくため息を吐き、ハンマーを上段に構え、軽く振り下ろしながら説明する。
「こ、こうだよ。こう。精神力をこう、剣と腕に集めて、こう振り下ろす奴。使えないのか?」
「えーっと、精神力を剣と腕に集める……」
精神力をどう集めるのか分からなかったが、魔力と同じ要領だろうと意識を集中し、長剣を上段に構える。剣へと意識を集中し、その腕に力を込めた。
「こ、こうかな?」
疑いつつも上段に構えた長剣を叩きつける様に振り下ろす。その瞬間、その刃は鋭く重く一直線に地面まで一気に落ち、数メートル先まで地面が裂け、太刀風が鋭く土煙を巻き上げ広がった。
その様子を「そうそう。そんな感じ」と、言いながら笑顔で見据えるウォーレンはふと我に返り声を上げる。
「し、しまったぁぁぁっ! て、敵にアドバイスしてどうすんだぁぁぁっ!」
頭を抱え叫ぶウォーレンの姿に、クロトは思う。やっぱり良い人だ。と。
そして、見物人達、皆が思う。またやってるよ。と。呆れた目を向けながら。