第61話 クロトとパル
「なぁ、何で、俺は今、こんな所に居るんだ?」
不満げな表情を浮かべるクロトは、前を歩くショートパンツに胸の大きく開いたいつも通りの服装をしたパルを見据える。深く海賊ハットを被り、腰には四丁のガンホルダー。海賊パルの完全復活だった。
そんなパルと二人きりでミラージュ王国の王都グローリードに居た。
グローリード。ミラージュ王国、ミラージュ城を囲う様に広がる美しい町。魔族との交流も深い町で、行き交う人の中に獣魔族の少年や魔人族の老人、竜魔族の騎士兵など様々だった。魔科学を研究するこの国では、魔族との交流は当然の様に行われており、この王国の王であるゲイツは魔族とのハーフなのだ。
そんな魔族との信頼関係があるからこそ、魔科学の研究所と工場が国境付近の町にあったのだ。それでも、全ての国民が魔族と共存を望んでいるわけではなく、クロトとルーイットに絡んできた若者の様に魔族を毛嫌いする者も少なくはない。
黙ったまま堂々と歩みを進めるパルに、町の男達の視線が集まっており、その後ろから着いていくクロトにも自然と視線が集まる。何だこのガキはと言う男達の嫉妬の眼差しが。スタイルもよく美人のパルは、この様な事慣れているのか全く反応を示さないが、痛々しい程の嫉妬を帯びた眼差しを向けられ、クロトは迷惑そうに目を細め大きく肩を落とす。
「パル。そろそろ、説明して欲しいんだけど。何で、俺も一緒に行かなきゃいけないんだ?」
クロトの問い掛けにパルは答えない。
つい三時間程前の事だった。クロト達はミラージュ王国の目の前、ウラジュール海域を通過しようとしていた時だった。突如としてミラージュ王国の軍艦に囲まれ、このグローリードの港へと誘導されたのだ。その後、その軍長である男とパルが一時間程甲板で揉めていたが、やがてパルが押し切られ渋々と言う感じでクロトを連れてミラージュ城へと向かっていた。
何故、自分が選ばれたかも分からず、クロトはただパルについて行く。パルもその問いに答える気は無いのか、ずっと黙ったままだった。
怪訝そうにその背中を見据えるクロトは、周囲の男の視線に身をちぢこまり、不服そうな表情を浮かべる。正直、クロトは殆どパルと話した事が無く、クロト自身感じていた。確実に嫌われていると。その為、クロトもパルを極力避けていたし、元々パルの様な女性は大の苦手としていた。
結局、何も聞かされぬまま、クロトはミラージュ城の玉座の前へと連れて来られていた。十数名の兵士が並ぶその場で緊張するクロトに対し、パルは憮然とした表情で玉座を見つめる。
やがて、そこに現れる五十代程の威厳のある男が。その男がこの国の王であるゲイツだった。クロトもその顔を見てすぐに国王と分かる程威厳があり、妙に緊迫した空気が流れる。
息を呑むクロトの隣でパルが胸を持ち上げる様に腕を組み小さく息を吐く。呆れた様子のパルのその眼差しに、国王であるゲイツは玉座に腰をすえ困った様な表情を浮かべ、静かに口を開く。
「やはり、答えは変わらぬか?」
僅かにしゃがれた声で静かに問い掛けるゲイツに、パルは眉間にシワを寄せ迷惑そうに答える。
「私の答えは変わらない。いい加減にしてくれないか? それに、私には――」
パルが唐突に隣に居たクロトの腕を掴むと自分の方へとクロトを引き寄せる。突然の事に戸惑うクロトの腕にパルの胸が押し付けられ、クロトは顔を赤く染め慌てて離れようとする。だが、そのクロトの耳元でパルは囁く。
「私の話にあわせろ」
と、誰にも聞こえない程小さな声で。その言葉で何か重要な事なのだろうと、クロトも悟り小さく頷き、大人しくパルに腕を抱かれたまま、ただその場で俯く。その腕に伝わる柔らかな感触に、耳まで真っ赤にしながら。
大胆にクロトに身を寄せるパルが、今までに無い程の愛らしい笑みと聞いた事の無い甘い声でゲイツに対し言い放つ。
「私はすでに彼と結婚を約束している。だから、諦めて」
「へっ?」
「なっ! 何っ!」
驚き顔を上げるクロトが間の抜けた声を上げるのと同時に、その部屋に響くゲイツとは別の男の声。ゲイツよりも若々しい声に、クロトは後ろへと目を向ける。部屋の入り口の前に佇む一人の男の顔を見て、クロトは目を細め、パルは面倒臭そうに眉間にシワを寄せため息を吐く。そのパルの腕に一層力がこもり、クロトはそのパルの顔を間近で見据える。いや、正確に思わず見とれてしまった。その美しい顔に。
マジマジとパルの顔を見ていると、その入り口に佇む男の荒々しい乱暴な言葉が飛ぶ。
「てめぇ! 俺のパルちゃんに色目使ってんじゃねぇ!」
「俺のパルちゃん?」
「気にするな。それより、私の話にあわせればいい」
その男の言葉に小声でクロトが呟くと、パルも小声で返答する。その行動が、更に男の逆鱗に触れたのか、拳を握り締め引きつった笑みを浮かべると、クロトへとその鋭い眼差しを向け怒声を響かせる。
「ヒソヒソ囁き合ってんじゃねぇー! 羨ま――」
そこまで言って激しく首を振った男は言葉を変え叫ぶ。
「テメェーみたいな何処の馬の骨かもわかんねぇー奴に、俺の大切なパルちゃんは渡さねぇー!」
「それって……普通、親が言う事じゃ……」
「アイツはバカなんだ。気にするな」
クロトが苦笑しながら呟くと、パルも呆れた様にため息をまじえ返答する。
そんなパルの困った表情に、クロトは小さく鼻から息を吐き、静かにその男へと目を向けた。何となく分かった気がする。パルがここに呼ばれた理由が――。疲れた様な表情のパルに、クロトは困った様に左手で頬を掻き、玉座に居るゲイツの方へと顔を向ける。
ゲイツも、突然登場したその男の姿に、呆れた様に頭を抱え深くため息を吐く。そして、クロトの視線に気付いたのか、静かに口を開く。
「アレが、我が息子のウォーレンだ」
困った様子のゲイツの表情で、クロトは苦笑しウォーレンへと目を向ける。漆黒の胸当てをしたウォーレンは、背中に背負った巨大なハンマーを右手に軽々と持ち、それを回転させ一気に床を叩く。激しい衝撃が広がり、床が砕ける。ウォーレンのグレーの髪が衝撃で激しく揺れていた。その光景に、クロトもパルも目を細め、ゲイツは大きなため息を吐いた後に、怒鳴る。
「ウォーレン! 室内でそれを振り回すなと言っておるだろ!」
「でも、親父! アイツが俺の嫁を――」
「私はお前の嫁になった覚えは無い! それに、私は彼と――」
見せ付ける様にクロトに密着するパルに、ウォーレンが慌てて駆け出す。
「ふざけるな! 俺は認めねぇー! 絶対認めねぇー!」
「お前が認めようが、認めなかろうが、私が彼を選んだんだ」
「いいや! 俺は認めねぇー! 俺より弱い相手と結婚なんて認めねぇー」
怒声を響かせるウォーレンに、クロトは引きつった笑みを浮かべ、「結婚って」と呆れた様に呟きパルへと目を向けると、パルは困り顔で「いい迷惑だ」と呟き肩を落とす。
そして、ウォーレンはクロトを右手で指差し叫ぶ。
「こうなりゃ、決闘だ!」
「何でそうな――」
「分かった」
パルの言葉を遮りクロトが答える。その答えに驚くパルは、クロトの顔を見据える。そもそも、クロトがそこまでする理由も無いわけで、パルもそこまでクロトにさせるわけには行かなかった。
だが、もう止められない。ウォーレンはやる気に満ち溢れた目でクロトを見据え、周囲の兵士達もその声を聞きざわめき立っていた。
クロトの体を引き寄せるパルは、慌てた様子でクロトへと告げる。
「お前、どう言うつもりだ! アイツはこの国でも一・二を争う――」
「強いのは分かってる。でも、こうでもしないと、ずっと付きまとわれるだろ?
まぁ、任せろとか、絶対に勝つとか、そう言う事言える程、俺は強く無いけど、大丈夫。何とかするから」
微笑むクロトは左手でパルの頭を軽く撫でた。つい、幼い頃にやっていた癖が出たクロトは、その行動に懐かしく思い、昔の事を思い出し思わず笑いを噴出した。