表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
ルーガス大陸・ゼバーリック大陸編
56/300

第56話 蒼炎

 薄暗い地下通路へと転がり落ちたクロトは、その通路を流れる水脈へと階段を転げた勢いのまま投げ出される。派手に水飛沫が上がり、鮮血が水脈を赤く染めた。幸い、その水脈の流れは緩やかで水深も膝ほどまでの深さで溺れる心配はなかった。切り付けられた右脇腹を左手で押さえ、壁を背にその場に座り込む。

 水で濡れた髪の毛先から静かに滴が零れ落ち、静かに水音が響く。水脈のせせらぎに耳を傾け、深い呼吸を繰り返すクロトは、階段へと目を向ける。そこには赤黒い炎が燃え盛り、完全に道を塞いでいた。この通路へと続く階段を見た時から考えていたクロトの作戦通りに事は進んだ。ただ、これ程まで深い傷を付けられると言う事だけは想定外だった。

 弱々しく後頭部を後ろの壁へと当てたクロトは、苦痛に大きく息を漏らし、表情を歪め僅かな呻き声を挙げる。左手に感じる生暖かな感触に、未だ出血は止まっていないのだと分かった。

 もうろうとする意識。瞼が震える。ここで、意識を失ってはいけないと分かっているのに、自然と瞼は落ちていく。その時、脳内に響く声にクロトの瞼は一気に見開かれる。


(クロト。ここで寝たら全てが台無しになるぞ)


 ベルの声だった。右手に握った魔剣を通じて、脳内へと直接語りかけるベルの声。その声でクロトの意識は戻り、苦悶に表情を歪め体へと力を込める。動くたびに右脇腹へと走る激痛に、思わず声が漏れた。水を吸い重くなった衣服がいつもよりも数倍もの重量に感じるのは、クロトの体内から失われた血の影響もあったのだろう。立ち上がると同時に足がもつれ横転し、水飛沫を派手に巻き上げた。


「うぐっ……」

『大丈夫か? クロト』

「あぁ……でも、体が……重い……」


 呼吸を乱すクロト。右脇腹の傷はやはり重傷だった。今、無理をすればきっと取り返しのつかない事になりかねない。ベルもそれを分かっていたがクロトを止めなかった。いや、ここで止めてはクロトがケルベロス達を先に行かせた意味が無い。業火で道を塞ぎ、すぐに後を追い合流し皆で逃げる。それが、クロトが考えていた筋書きだったからだ。

 だから、クロトは極力魔力の消費を抑え、攻撃よりも守りに重点を置いてガーディンと戦闘していたのだ。深手を負わされた事は致命的だったが、何よりもその後に傷口を思い切り蹴られたのが最悪だった。あれにより、傷口が更に開き出血が一層酷くなっていたのだ。

 這う様に水脈から上がったクロトは、地面に仰向けに倒れ込み胸を上下に揺らす。


『大分、消耗してるな』

「魔……力、か?」

『いや。今回は魔力よりも、血液の消費が激しい。これ以上失うと出血多量で死ぬぞ』

「じゃあ、まず、止血か……」


 クロトがそう呟き、左手へと魔力を集中する。その行動にベルは嫌な予感を感じ、すぐに声を荒げる。


『お前、何をする気だ!』

「…………」


 ベルの声にクロトは答えず、制御しないまま左手に集めた魔力をそのまま傷口へと当て叫ぶ。


「業火!」

『ば、バカ! やめ――』

「ぐあああああっ!」


 ベルの叫び声をかき消す程のクロトの悲鳴が響き渡った。

 その声が聞こえたのか、ルーイットの頭の獣耳がピクッと動き、足を止め振り返る。すでに出口が見える場所まで来ていた為、実際クロトの声など聞こえては居なかった。立ち止まり心配そうな表情を浮かべるルーイットに、ケルベロスも足を止め振り返った。


「どうかしたのか?」

「ううん。ちょっと、クロトの声が聞こえた気がして」

「クロトの声が? 気のせいだろ? それより、もう出口だ。結局セラ達には追いつけなかったが……」

「そう言えば、待ち伏せが居るって言ってたけど、大丈夫かしら?」


 ルーイットが思い出した様にそう言うと、ケルベロスは渋い表情を浮かべる。本来ならこの通路で追いつく予定だったからだ。その為、すでに脳内では嫌なイメージしか浮かんでいなかった。その悪いイメージを振り払う様に軽く首を振ったケルベロスは、すぐに真剣な表情で告げる。


「急ぐぞ」

「う、うん。ごめん。立ち止まって」


 小声で謝ったルーイットの声にケルベロスは反応する事なく歩みを進める。その後をルーイットは静かに追った。

 数分後、二人は通路を抜ける。眩い光に眉間にシワを寄せるケルベロスのその瞳孔が開く。目の前に飛び込んだ光景に――。


「遅かったな。あんまり遅いから、思わず暇つぶししちまったぜ」


 にごった男の声にルーイットは表情をしかめる。だが、ケルベロスは一切反応しない。その視線の先に映る。セラの姿に、ケルベロスの表情が狂気に歪む。

 ケルベロスの視線の先には、一人の男が居た。背丈はケルベロスよりも高くホッソリとした体型の歳は二十代半ば程の若い男。無造作な漆黒の髪を揺らし、ケルベロス同様に冷ややかな鋭い眼差し。だが、その目はケルベロスとは違う異様な空気をかもし出していた。右目は赤く薄らと輝き、左目は通常の赤い瞳。その目はまるでクロトの右目の様だった。

 しかし、ケルベロスの視線は彼の手の先に向けられる。その手はセラのか細い首を掴み上げていたのだ。苦しそうに表情を歪めるセラの顔に、ケルベロスの怒りが頂点へと達する。

 無言のままケルベロスの両手に蒼い炎が灯り、額に青筋が浮かぶ。そのケルベロスの姿に、男は静かに笑みを浮かべると、掴んでいたセラを投げ足元に倒れるミィとパルを蹴り飛ばす。セラの体が地面へとバウンドし、ミィとパルの体は木の幹へと背をぶつけ動かない。すでに意識はなかった。それ程強烈な一撃を浴びせられたのだろう。

 怒りを滲ませるケルベロスに、男は不適に笑う。その笑みが更にケルベロスの怒りを煽る。


「貴様!」


 ケルベロスが地を蹴る。僅かな爆音が響き、土煙が舞う。後ろに居たルーイットは表情をしかめた後、その男の顔を見て驚愕し、ケルベロスに対し叫ぶ。


「ダメ! ソイツは――」


 だが、ケルベロスの耳にその声は入らない。怒りで周りが見えなくなっていた。そんなケルベロスに対し、身構える男は静かに口から息を吐き、集中力を高める。

 間合いを詰めたケルベロスは、右足を踏み込み叫ぶ。


「蒼炎――!」


 拳を包む蒼い炎がその声に鼓動する様に激しく燃え上がり、腕を引き腰を捻る。だが、その瞬間、ケルベロスの右拳を男の左手が押さえ込む。突き出すその瞬間に。肩口で肘を曲げた状態のまま止められたケルベロスの拳。その拳を包み込む男の手に蒼い炎が侵食し、徐々に男の腕を蒼い炎が包み込む。


「貴様……何を考えてる?」

「ふっ……。お前、自分だけが特別だと思っているのか?」

「何を――ッ!」


 右拳に痛みが走りケルベロスは男の手を振り切りその場を飛び退く。


「ぐっ……」


 右手に走る痛みに表情を歪め、握った拳を緩めたケルベロスに男は静かに告げる。


「特別なのはお前だけじゃない」

「特別? 一体、何の事だ」


 男の言葉に怪訝そうな表情を浮かべるケルベロスだったが、すぐにその言葉の意味を理解する。男の左腕を侵食していたはずの蒼い炎が、いつの間にか男の左手の平に集まっていたからだ。僅かに驚いた表情を見せたケルベロスに、男は肩を揺らし静かに笑う。


「ふふふっ……やっと気付いたか? 俺もお前と同じ、魔界の炎。蒼炎が使えるんだよ」

「だから、どうした? コレは特別な事じゃない。魔族なら使えて当然の代物だ」

「だが、実際、使えるのはお前と俺の二人だけ。それは特別な事だろ?」


 男の言葉にケルベロスは表情を曇らせる。

 確かに、ケルベロスの扱う蒼い炎。コレは魔界の炎で、扱う事が難しい代物だ。ケルベロスの場合、生まれ持ってこの炎が使える特別な存在で、本来この炎を使う為には純度の高い魔力と膨大な魔力量が必要とされいる。

 クロトの使う赤黒い炎とは質が違うが、その契約の難しさは同等の難しさだった。

 肩を僅かに上下させ呼吸するケルベロスに、不適な笑みを浮かべる男は、両拳に蒼い炎を灯し叫ぶ。


「さぁ、決めようぜ。ケルベロス! 貴様と、この俺様ガロウ。どっちが蒼炎を使うに相応しいかを!」


 その声に鼓動する様にガロウの両拳に灯した蒼い炎は更に激しく燃え上がり、美しく煌く。その行動にケルベロスも答える様に両拳の炎の火力を更に上昇させた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ