第53話 緑の化け物について
今後どうするのかを話し合った。
まずは女帝パル。彼女をどうするか。ミィは早く立ち直って欲しいと願い、そのきっかけになる為に一緒に旅に同行させるべきだと懇願するが、ケルベロスはその意見を却下した。その理由は簡単だ。足手まといになるからだ。
現状、戦力となるのはクロトとケルベロスの二人。商人であるミィに戦闘技術は無いし、セラも多少魔術で補助出来る程度で戦力にはならない。ルーイットに言ったっては論外だった。獣魔族なのに身体能力が低く、魔力も少ない。何の役にも立たないと言うのがケルベロスの考えだ。もちろん、率直にそう言うケルベロスにルーイットは怒っていたが、全て事実とあって文句は言わなかった。
クロトはただ黙って話を聞いているだけ。パルの現状だけを見れば、ケルベロスの言う通り足手まといにしかならないだろうが、ミィの言う通り何かがきっかけで立ち直れば相当の戦力にはなる。今はなるべく戦力が欲しい所だった。それに、この大陸から出るにもパルの協力は必要不可欠だと、クロトは思っていた。だからこそ、パルには早いうちに立ち直って欲しいと願う。
数時間に及ぶ話し合いを終え、クロトは背もたれに体を預け天井を見上げ大きく息を吐いた。相変わらず、パルの様子は変わらず、ミィは心配そうに彼女を見据えていた。セラとルーイットの二人は持ってきた真新しいベッドに二人寄り添って寝息を立て、ケルベロスも疲れた様子でテーブルに肘を立て頭を抱え込み、吐息を漏らす。
「大丈夫か?」
「ああ……。しかし、どうするか……あの状態じゃどうにもならいんぞ」
「今はな。でも、きっとすぐに立ち直るんじゃないか? 彼女は仲間想いだし、きっとすぐに……」
クロトが天井を見上げながらそう告げると、ケルベロスは顔を挙げクロトを睨んだ。そんな悠長な時間は無いんだと言いたげに。その眼差しに気付き体を起こしたクロトは、ケルベロスに目を向ける。二人の視線が交わり数秒の沈黙が漂う。ケルベロスの鋭い眼差しにクロトはぎこちなく顔を横に向けると、引きつった笑みを浮かべた。
どうにもケルベロスのあの目はなれない。ケルベロスに悪気は無いんだと分かるが、それでも怖い物は怖かった。
視線をそらしたクロトは不意にあの緑の化け物の事を思い出し、すぐにケルベロスの方へと視線を戻す。
「そう言えば、あの緑色の化け物の事だけど!」
「緑色の? ……あぁ。お前が言っていたここ最近世界各国で頻繁に出現するって奴か?」
「それが、どうかしたんスか?」
ミィが渋いお茶をティーカップに入れクロトの前に差し出す。それを受け取ったクロトは、小さく頷きお茶を啜ってから二人の顔をマジマジと見据え告げる。
「実は、あの生物の事はまだ色々と解明されて無いらしいんだ」
「……で?」
「そりゃ、緑色の化け物なんて聞いた事無いッスからね? 当然じゃないッスか?」
「あ、あれ?」
驚くクロト。自分の予想とは違う二人の反応に首を傾げた。腕を組み鼻から息を吐いたケルベロスは、呆れた様にクロトを見据え、ミィは何事も無かったかの様にケルベロスの前へとお茶を出す。「おかしいなぁ?」と、呟き目を細めるクロトは、腕を組み首をひねりながら呟く。
「もっと、驚くと思ったんだけどなぁ?」
「驚くわけ無いだろ。普通だ」
「そうッスよ。そんな事で驚いてたら、商人は務まらねぇーッス」
「そっか……。でも、そんな得体の知れない生物を、どうやって捕らえたんだろうな」
残念そうに肩を落とすクロトがボソリと呟くと、ケルベロスとミィの動きが止まる。
ケルベロスは思い出す。初めてあの生物を目撃したその光景を。
そして、ミィも思い出す。パルから聞いた緑の化け物の事を。その生物が何処にいたのかを。
驚愕する二人がほぼ同時に立ち上がりクロトへと詰め寄る。
「何で、もっと早くその事を言わない!」
「そうッス! 大事な事じゃないッスか!」
「えっ? えっ? な、何? 何の事?」
突然の二人の怒声に驚くクロトは、両手を胸の前に出し、キョトンとした表情で二人の顔を見据える。何故、二人がそんなに声を荒げているのかクロトには分からなかった。
表情を強張らせるミィは右手の親指の爪を噛み、ブツブツと小声で何かを呟く。その声は誰にも聞き取れない程小さな声だった。
一方でケルベロスもいつも以上に怖い顔をし、眉間に深いシワを寄せる。クロトの言った通り、誰があの生物を捕らえたのか。あの得体の知れない生物をどのようにして。その事を考え色々と思考を働かせるケルベロスは、小さく舌打ちをすると右拳をテーブルへと叩き付けた。
「くそっ! そう言う事か……」
「どうしたんスか? 何か分かったんスか?」
「ああ。多分、全てアイツの策略だ……」
奥歯を噛み締め拳を震わせるケルベロス。その頭の中にはただ一人の人物の顔が浮かんでいた。
状況が全く分からず唖然とするクロトは、僅かに表情を引きつらせていた。
やがて、落ち着きを取り戻したケルベロスは、小さく息を吐き眉間にシワを寄せ黙り込む。何かを考え込んでいる様子で話し掛け辛く、クロトとミィは何度も顔を見合わせ首を傾げる。
「どうしたんスかね? 急に黙り込んで?」
「さぁ? けど、アイツの策略とか言ってたから、あの緑の化け物について何か分かったって事だよな?」
「そうッスね。けど、アイツって誰なんスかね?」
「名前は知らんが、魔術師だ」
「へぇーっ。魔術師……」
「魔術師ッスか……」
突然割り込んできたケルベロスの言葉に、二人はそう呟き硬直する。その二人の様子など気にせずケルベロスは言葉を続ける。
「多分、あの魔術師が捕らえたのは間違いない」
「え、えっと……ごめん。ちゃんと聞いてなかった」
「はぁ? 何だ? 寝てたのか?」
「いや、驚いてただけッス。まさか、ケルベロスの方から話してくるとは思ってなかったッスから」
驚く二人の顔に、不愉快そうなケルベロスは、小さく息を吐くともう一度初めから言葉を告げる。
「俺を捕らえた魔術師が、全てを策を講じた奴だ。間違いなく緑の化け物を捕らえたはアイツだ」
「そんなに強いのか?」
「強い……。ハッキリ言って、魔力の質が違う。奴が使ったのは基本的な魔術だったが、それでも手も足も出なかった」
「番犬って呼ばれて恐れられてるケルベロスが手も足も出ないって……一体何者なんスか?」
ミィが不思議そうに尋ねると、ケルベロスは首を左右に振る。
「分からない。だが、人間とは思えない奴だった」
「でも、魔族のケルベロスを捕らえたって事は、人間って……事だよな?」
クロトがミィの方に顔を向ける。ミィは腕を組み「うーん」と唸り声を上げ俯く。ハッキリとそうだとは答える事が出来なかった。魔族の中には人間側に加担する者も入る事をミィは知っていたのだ。ケルベロスも薄々そう言う噂を聞いていた為、複雑そうな表情を浮かべ小さく息を吐く。
「あ、あれ? 何かマズイ事聞いたの……かな?」
「いや。お前にも教えておくべきだろ。
魔族だから魔族の仲間と言う事は無い。魔族の中にもなんらかの取引をして人間側に加担する者もいるし、中にはハーフもいるからな」
「ハーフ? えっ? 人間と魔族の?」
「そうッスよ。ちなみに、パルはハーフッス」
「えっ? パルってハーフだったの?」
あまりの事に驚き続けるクロトに、ケルベロスとミィは呆れた様にため息を吐いた。本当にこの世界について何も知らないのだと。