第52話 正しい判断
洞くつ内に家具を全て運び終え、ようやくクロトとケルベロスはテーブルを挟み椅子に腰掛る。
ほぼ二人で何度も往復し家具をここに運んだ為疲労感を感じていた。その間にセラとルーイットは打ち解けたのか、ベッドに座り楽しげに話をしていた。
元々、似通った所がある為、打ち解けるのは早いだろうとクロトは思っていたが、まさかこんなすぐに仲良くなるとは思ってなかった。こんなに早く打ち解け仲良くなったのは、ルーイットが彼女の存在を知っていたと言う事も作用していた。彼女は幼い頃に見たセラの母に憧れており、その娘であるセラに会いたがっていたのだ。
こんな所で会えるだなんて思っていなかった為、セラの素性をしったルーイットは興奮を抑えきれず、妙にハイテンションで話しており、そのテンションには流石のセラも圧倒されていた。
椅子に腰掛数分が過ぎると、ミィがティーカップとポットをトレイに乗せて二人のもとへと持ってきた。
「お疲れ様ッス」
「紅茶?」
「違うッスよ。ただのしぶーいお茶ッス」
「えっ? でも、これ……」
テーブルに置かれたトレイの上からティーカップを手に取ったクロトは、それがティーカップである事をその目で確認しミィに不思議そうな顔を向けた。
「ティーカップ……だよね?」
「そうッスよ?」
「しょうがないだろ。ティーカップしか置いてないんだ」
不機嫌な声でそう答えたケルベロスに対し、突如ルーイットがベッドから立ち上がる。その行動に楽しく話をしていたセラは戸惑い、「ど、どうしたの?」と首を傾げ、クロトとミィもその視線をルーイットへと向けた。
静けさ漂う中に緊迫した空気が僅かに生まれ、椅子の背もたれにもたれ踏ん反り返るケルベロスに対し、ルーイットは不満げな表情を浮かべあからさまな態度で言い放つ。
「ここでは紅茶が主流なんです! 大体、何であんたがそんなに威張ってんのよ! ここは、私と――」
「子供の頃の事をグチグチと。根に持つとは器の小さい奴だな」
「う、うう、器が小さい!? だ、誰がよ! だ、大体、あんたは――」
「あーっ! もう! 止めろよ! 話が進まないだろ? 何があったか知らないけど、今はそれ所じゃないだろ」
クロトがテーブルを叩き立ち上がり怒鳴ると、ケルベロスは不快そうにクロトを睨み、ルーイットは不満そうに唇を尖らしベッドへと座り込んだ。二人の様子にクロトが鼻から静かに息を吐き「全く」と、呟き椅子に座ると、その騒動にすら動じないミィが渋いお茶を注いだティーカップをクロトの前へと置いた。
「まぁ、お茶でも飲んで落ち着くッス。話はその後ッス」
続いて笑顔でケルベロスの前にもティーカップを置くと、踏ん反り返ったままケルベロスはティーカップの取っ手を握り、お茶を口へと運んだ。ティーカップには似つかわしくない渋いお茶にケルベロスは表情をしかめ、静かにカップを置き眉間にシワを寄せる。一方でクロトは何食わぬ顔でお茶を飲み干し、笑みを浮かべていた。
「それで、パルはどうしたんだ?」
お茶を飲み落ち着いた所でクロトがそう切り出した。その場にパルの姿が無い事を常々おかしいと思っていた。元々、パルをかくまう為にここに隠れているはずなのに、そのパルの姿が無いのはどうなんだろうかと。
浮かない表情のミィ。顔を伏せるセラ。あの後一体何があったのか、クロトには分からなかった。ただ、ローグスタウンの入り口ですれ違った和服の男。その男が囁いた言葉を、クロトは今もハッキリと覚えていた。
“あの男を殺して来た。次は後ろの連中を殺してやろうかな”
と。まるでクロトにここで止めないとあの連中を殺すぞ、と告げているかの様に。そうさせない為に、クロトはセラとミィをその場から逃がし、自分はあの大勢の武装集団の足止めをしたのだ。だが、結局クロトの魔力が暴走し放たれた漆黒の稲妻により多くの犠牲者が出てしまい、クロトの足止めは全く意味の無いものとなってしまった。
その事を思い出し、クロトは奥歯を噛み締める。ここ最近、色々な事が立て続けに起き忘れかけていたが、クロトのその手ですでに何人、何十人と言う人の命を奪っている。それが、自分の意思で行った事ではないにしろ。
静かにその手を見据え、唇を噛み締める。もっと魔力を上手く制御出来ていたなら、もっと早く彼らに危険を知らせる事が出来ていたならと。今になって後悔する。
「パルなら、あそこの隅で膝を抱えて座っている。まるで生気を失った様にな」
俯くクロトにケルベロスがそう答えた。セラもミィも答えなかった為仕方なくケルベロスが答えたのだ。そのケルベロスの声にクロトは「そ、そうか」と上の空な返答をすると顔をパルの居るであろう場所へと向ける。暗がりに薄らと浮かぶ膝を抱えるパルの姿に、クロトは眉間にシワを寄せ静かにミィの方へ視線を向ける。
「ダーヴィンさんは……」
「死んだッス。正確には殺されたッス。ローグスタウンのスラム街で頻発していた切り裂き魔によって」
「くっ……じゃあ、やっぱりアイツが……」
クロトが表情を歪め拳を握ると、ミィは怪訝そうな表情をクロトに向けた。
「知ってるんスか? 切り裂き魔を?」
「ああ。ミィ。お前も見てる」
「自分も?」
「ああ。ローグスタウンの入り口でパル達と落ち合うその前に」
クロトの言葉を聞き、ミィは思い出す。あの日、異様な空気を纏っていた和服を着た男を。驚愕し瞳孔を広げるミィは、クロトに掴みかかりその拳に力を込め問いただす。
「ど、どうして教えてくれなかったんスか! あの時!」
「教えられるわけないだろ……。ダーヴィンさんよりも強い奴を相手にどうこう出来るわけ無いだろ。
俺に出来るのは、セラとミィをあの場から逃がす事と、アレ以上被害者を出させない様にする事だけだ……」
「でも! アイツは、ダーヴィンの命を奪ったッス! そんな奴にクロトは背を向け逃げだすんスか!」
ミィの言葉がクロトの胸を刺し、その表情が険しく変わる。ミィの言いたい事は分かっていた。それでも、あの時のクロトには――。
その事を知ってか、ケルベロスは低音の声でミィへと告げる。
「クロトの判断は正しい」
「た、正しいって、何言ってるんスか!」
「なら、お前はクロトに死ねと言うのか?」
赤い瞳でミィを見据えるケルベロス。その好戦的な眼差しにミィは奥歯を噛み締め俯いた。
「悪い……俺に力があれば……」
悔しげな表情を浮かべるミィにクロトが静かに呟く。その言葉に胸が痛む。クロトも悔しい思いをしていると言うのに、自分は何故そんな事を言ってしまったのだろうかと。後悔し瞼を硬く閉じる。
漂う沈黙の中、セラがパンと手を叩き立ち上がりクロトとルーイットの顔を交互に見て笑顔で口を開く。この重苦しい空気をどうにかしようと。
「クロトとルーイットはどうやってここに? この家具も全部一緒に持ってきたんでしょ?」
明るく問うセラの言葉にミィはその場を立ち去り、クロトはそれを止め様と声を出そうとしたが、それをケルベロスが制した。
「止めておけ。あいつも分かってるんだ。頭では。お前が正しい判断をした事を」
「……くっ」
「あ、あの……」
ケルベロスの静かな声に表情を歪めるクロト。その二人に対し、小声で呟くセラ。この場をどうにかしようと思っての問いだったのに、ミィが立ち去りこうも重苦しい空気になるとは思わなかった。戸惑うセラは「うぅっ……」と声を漏らすと肩を落としベッドに腰掛ける。そんなセラにルーイットは苦笑し、「お疲れ様」と声を掛け、セラはその声に引きつった笑みを見せ「失敗失敗」と弱々しく答えた。