第51話 秘密基地
秘密基地と言ったその場所は広々とした洞窟だった。
天井にはツララの様に尖った岩が無数あり、その先からシトシトと滴が零れ落ちる。洞窟の四方に設置された松明と中央にある焚き火で何とかその一角は明るく照らされていた。
綺麗に整えられた地面。
削られた様な跡の残る壁。
そして、古びたベッドの様なモノと家具がそこには設置されていた。
何年も使われた様子の無いそのベッドに座るセラは、暗がりから姿を見せたケルベロスを見つけると立ち上がり声をあげる。
「ケルベロス!」
「今、戻りました」
ニコッと笑みを浮かべたケルベロスにセラも安心した様に笑みを浮かべる。その目に僅かに涙を浮かべて。
ケルベロスが外を見てくると言って半日が過ぎており、セラは心配していたのだ。何かあったんじゃないかと。
ホッと胸を撫で下ろすセラが、零れそうな涙を右手で拭いケルベロスの方へと足を進める。
「もう! 心配――」
ケルベロスに向かって足を進めていたセラの足がゆっくりと止まり、その後ろに見えた顔に声をあげる。
「く、クロト!」
「や、やぁ、セラ……」
ベッドを持ちながら困った様な笑みを浮かべるクロトに、セラの表情が僅かに明るく変わる。だが、すぐにその表情が曇る。その横に現れたルーイットの姿を発見して。
「ねぇ、コレ、何処に置けばいいの?」
「ああ。その辺においておけ」
椅子を胸の位置まで持ち上げたルーイットにケルベロスが静かに答えると、「そっ」と、素っ気無い返答をし、ルーイットは歩き出す。
僅かに頬を膨らしルーイットの姿を眉間にシワを寄せて見据えるセラの顔がケルベロスの肩越しに見えるクロトの方へと向けられた。赤みを帯びたセラの瞳に睨まれ、クロトはたじろぐ。何故か嫌な気配を感じ、この場から今すぐ逃げ出したかった。だが、ケルベロスとベッドを運んでいる為逃げる事は出来なかった。
ベッドを古びたベッドの横へと間隔を開けて置くと、ミィが暗がりから姿を見せる。
「アレ? ケルベロス戻ってたんスか?」
「ああ」
「んっ? んんっ?」
ケルベロスの返答を聞いたミィが目を細め、ケルベロスの背後に僅かに見えた人影へと目を凝らす。そして、声を上げる。
「く、クロト! ど、どうしてクロトがここに居るんスか!」
「い、いや、まぁ、成り行きで……」
ケルベロスの背に姿を隠したままクロトは頬を掻くと苦笑する。そんなクロトの様子に首を傾げるミィは、背後から感じる妙な視線に振り返り驚く。
「せ、セラ? ど、どうしたんスか? そんな怖い顔して?」
「どうもしてない! どうもしてなんかないんだから!」
コレでもかと言わんばかりに頬を膨らすセラが唇を尖らせ顔を真っ赤にして怒鳴る。それだけで怒っていると分かるが、一体何故怒っているのか分からず、ミィはクロトへと視線を戻すとトコトコと軽い足取りでクロトの方へと近付く。だが、ケルベロスが通路を塞いでいる為、ミィはケルベロスの前で足を止めその顔を見上げる。そんなミィを見下ろすケルベロスは冷ややかな視線を向け静かに問う。
「何だ?」
「邪魔ッス。自分はクロトに用があるんス」
「だからなんだ?」
「ど、退いて欲しいッス」
ケルベロスの威圧的な眼差しにミィは右足を退き怯えた様に俯くと、クロトはケルベロスの肩を掴みため息を漏らす。
「全く、何してんだよ」
「はぁ? 俺は何もしてないだろ」
「怖いんだよ。ケルベロスの目って」
クロトはそう呟き強引にケルベロスの横を通り抜けミィの前へと出る。僅かに後方に体を倒したケルベロスは不服そうな眼差しを向け、鼻から息を吐くとクロトへと背を向けた。全く大人気ない奴だと、クロトは呆れた様な眼差しでケルベロスの背を見据え、ゆっくりとミィに顔を向ける。
今にも泣き出しそうなミィは上目遣いでクロトを見据えると、その肩越しに見えたケルベロスの姿にビクッと肩を飛びあがらせる。そんなミィの頭を優しく右手で撫でたクロトは、ニコッと笑みを浮かべ、
「大丈夫、大丈夫。もう大丈夫だからな」
「ぶーっ……自分、子供じゃねぇーッス!」
俯きながら唇を尖らせそう呟いたミィは上目遣いでクロトを見据える。真っ直ぐにその目を見据えるクロトは、優しくポンポンと二度頭を叩いた。
「そうだな。子供扱いして悪かった」
「もういいッス。そ、それより……」
ミィが後ろをチラッと見て口元へと右手を持っていく。その動きにクロトも屈み込みミィの方へと顔を近づけた。
「どうかしたのか?」
「いや、その……」
チラチラと後ろで頬を膨らすセラを見るミィに、クロトも視線をセラへと向ける。その瞬間、セラと視線が合いクロトはすぐに視線をそらす。怒気の篭ったその目は少しだけ怖かった。セラも魔族だと言う事をクロトは改めて実感する。
身震いさせるクロトにミィは小声で問う。
「何したんスか? セラに」
「何もしてないよ! 大体、さっきここに来てあったばっかりなんだから」
「それじゃあ、何で怒ってるんスか?」
「ねぇ、誰が怒ってるの?」
クロトとミィの会話に割ってはいる様に、長い紺の髪を揺らしルーイットが二人の間へと顔を覗かせる。一瞬、間が空きクロトとミィは驚き「うわっ!」と同時に声をあげ距離をとった。
二人のリアクションに腰に手を当て背筋を伸ばすルーイットは怪訝そうに眉間にシワを寄せると、交互に顔を見据え、
「ヒソヒソ話? それとも、陰口?」
と、鼻から息を吐く。ルーイットの事を知らないミィはあまりの驚きに言葉を失いその顔をジッと見据え、クロトも驚き鼓動の激しくなった心臓を落ち着かせる様に深呼吸を繰り返す。
一方で、ケルベロスは冷ややかな視線をルーイットへと向け、ルーイットもその視線にジト目を返し、互いにすぐに視線をそらした。その様子にようやく落ち着きを取り戻したクロトは苦笑する。
「あ、あのさぁ、二人は仲悪いの?」
「別にぃー」
「良いも悪いもない」
二人がクロトの質問に対し即答すると、ミィもようやくルーイットは敵ではないと言う事に気付きホッと息を吐き、肩の力を抜いた。
「自分はミィッス。よろしくッス!」
「私はルーイット。よろしく。それで……彼女は?」
ルーイットが膨れっ面のセラの方へと右手を向けると、クロトは右手で頭を掻きながら答えた。
「彼女はセラ」
「セラ? セラって……あのセラ?」
「え、えっと……どのセラ?」
「だから、あのー……うーん……」
ルーイットが腕を組み唸り声を上げる。顔が出てきているが名前が出てこない状況に、ルーイットは「ほらほら」とか、「あの人」とか言う単語を何度も連呼していた。全くもってルーイットの言いたい事が分からないクロトとミィは互いに顔を見合わせた後に首を傾げた。
「だ、だから! あのー……」
「デュバル様の娘の」
「そうそう! あの魔王デュバル様の娘の――」
突然聞こえた声に、ルーイットは嬉しそうに振り返る。そして、ケルベロスと視線が合うと同時に言葉を呑む。先程の声の主はケルベロスだったのだ。その事にルーイットも気付きすぐに言葉を呑み込み素早く背を向ける。
妙な空気が漂い、クロトとミィはまたしても顔を見合わせ、二人して複雑そうな表情を浮かべ互いに首を振り合った。