第5話 威厳の無い魔王
言い切った。
だが、その所為で背後から凄まじいほどの殺気を感じる。それほどクロトの言った言葉が、侮辱的だったのだろう。
それでも、強い眼差しで魔王デュバルの赤い瞳を見据える。腕を組み玉座に座るデュバルは、渋い表情を浮かべ天井を見上げる。緊迫した空気の中、沈黙だけが数分も続いた後、スッとデュバルが立ち上がった。
そして、一段、二段と段差を降り、クロトの前で足を止める。強い眼差しを向けられ、息を呑むクロトに、デュバルはニコッと笑みを浮かべ、
「そんな風に言われたのは、お前で二度目だ。やっぱり、お前は異世界から来たんだな」
「えっ? あ、あの……」
二度ポンポンと両肩を叩き、あははは、と笑った。
呆気にとられるクロトは、引き攣った笑みを浮かべ、事態を理解する。デュバルに試されたのだと。ジト目を向けると、デュバルは済まなそうな顔をして、
「いや。悪い悪い。本当に異世界から来たのかって、知りたくてな」
「そ、そうですか……」
肩を落とし、不服そうにそう言うが、デュバルは全く気にしていない様子で玉座へと戻る。背後では、クスクスと笑う兵士達の声が聞こえ、今までのあの殺気は芝居だったのだと気付き、小さくため息を吐いた。
玉座に戻ったデュバルは足を組むと、背凭れにもたれかかり、深く息を吐く。
「しかし、こうも同じ事を、二度も言われるとは……私はそんなに、威厳が無いか?」
「ええ。もう、そりゃ、全然全く」
デュバルの言葉にそう答えたのは、玉座の後ろに立つ若い男だった。
やや長めの黒い髪から、僅かに見える尖った耳がピクリと動き、ニコニコとした目がジッとクロトを見据える。そんな男に目を向けたデュバルは、眉間にシワを寄せると、
「クロウ。お前、私に対して厳しくないか?」
「何を言ってるんですか? 私は正直者なだけですよ」
ニコッと笑みを浮かべたままそう答えたクロウに、デュバルは渋い表情を浮かべた。
クロトの方へと向き直ったデュバルは、小さく息を吐く。そんな光景を見て、苦笑するクロトに、クロウはニコッと笑みを浮かべると、
「デュバル様。彼も呆れてますよ?」
「なっ! クロト。お前まで、私をそんな目で見てたのか!」
「い、いや、その……」
視線をそむけると、デュバルはガクリと肩を落とした。
「そうか……私はそんなに、威厳が無いか……」
「さて、デュバル様が凹んだ所で、話を本題に戻しましょうか」
眩い程の笑みを浮かべながら、玉座の前へと歩み出たクロウが、パンと手を叩き空気を一変させる。
笑顔で周囲を見回したクロウは、静かにクロトに目を向け、歩み寄った。
「私はデュバル様の側近のクロウ。まぁ、キミとは名前が似ているからお互い、間違われない様に気をつけよう」
「は、はぁ……」
思わずそう返答すると、クロウは引き攣った笑みを浮かべ、
「あれ、面白くなかったかな? 緊張をほぐそうとしたんだけど?」
「だ、大丈夫ですよ。別に、それほど緊張もしてないですから……」
「そう。なら、早速本題に、入るけど、大丈夫かな?」
「え、ええ……」
戸惑いながらそう答えると、クロウはまたニコッと笑みを浮かべた。あまりの迫力に圧倒されるクロトに、更にクロウは歩み寄り、
「今、ココは危険な状況にあるから、キミが力を貸してくれると助かるよ」
「えっ、でも、俺、人間ですよ? 人間と戦うなんて……」
クロトがそう言うと、クロウはきょとんとした表情を見せた。何か変な事を言っただろうか、と不安になるクロトに、クロウは小さく息を吐き、
「キミ、もしかして気付いてないのですか? 自分が魔族になってる事に?」
「えっ! ま、魔族に! ど、ど、どういうことですか!」
クロトはクロウに掴みかかり、体を前後に揺さぶる。そんなクロトに、クロウは手鏡を渡す。その鏡に映ったのは、真っ赤な瞳に尖った耳をした自分の姿だった。その姿に固まるクロトに、クロウは頬を掻きながら僅かに首を傾げる。
「ショックですか? 魔族になった事が?」
「そ、そりゃ――」
クロトはそこまで言って言葉を呑んだ。自分の目の前に今いるのは魔族だったからだ。そんなクロトにクロウは苦笑していた。その表情を見ていると、自分がなんて事を言おうとしたのかと、後悔した。それでも、クロウは「気にする事ないですよ」と笑顔を見せる。その笑顔が更にクロトに罪悪感を抱かせた。
「そんなに、気にとめる事は無いよ。私も慣れっこだからね」
「で、でも……」
「それより、キミには自らの力について知らなければならない」
「俺の力?」
首を傾げるクロトに、ようやく立ち直ったデュバルが、玉座から立ち上がる。
「クロウ! やめんか。彼は、ここに来て困惑してるんだぞ?」
「しかし、我々には一人でも多くの戦力を――」
「戦うかどうかは彼が決める事だ」
デュバルにそう言われ、黙り込む。そして、デュバルがゆっくりとクロトの方へと顔を向けた。
「お前はお前の進みたい道へ進めばいい。魔族と敵対しようが、人間と敵対しようが、それはお前の自由だ。ただし、暫くはこの城に留まってもらうぞ?」
穏やかに微笑む。
その顔にクロトも自然と微笑みかけたが、すぐにその表情が凍った。
「ここ出てすぐに死なれても困るし、ね」
満面の笑みを浮かべるデュバルに、凍り付いた表情を見せるクロト。よくよく考えてみる。ここは魔王の城。そりゃ、周辺にはそれなりの怪物がいても可笑しくない。何の知識も持たないクロトが出て行けば、多分半日も経たぬ間に死ぬ事になるだろう。
右肩を落とし「ハハハ」と、乾いた笑い声を発したクロトの肩をポンポンと二度叩いたデュバルは、小さく息を吐き、
「この世界での力の使い方は教えるから、安心しろ。それに、異世界から来た者にはそれなりの力が備わってるらしいから、そう簡単に死ぬ事は無いさ。ハハハハッ!」
相変わらず豪快に笑うデュバルだった。
色々な不安から、両肩を落とし謁見の間を出て行くクロト。玉座に座ったまま、その姿を見送ったデュバルに、斜め後ろからクロウは問う。
「よろしかったのですか? 本当の事を話さなくて?」
クロウの問いに、一瞬渋い表情を浮かべたデュバルは、俯き静かに答える。
「ああ。大丈夫だ。時が来れば、何れ分かる事だ……」
今までとは明らかに違う低い声に、周囲の空気も重くなった。緊迫した空気の中、静かに息を吐いたデュバルは、ゆっくりと玉座から立ち上がると、
「行くぞ。クロウ。狩りはこれからだ」
デュバルの言葉に「はっ」と、返答すると、二人はそのまま闇の中へと消えていった。