第47話 ワープクリスタル
「色々ありがとう。参考になったよ」
勇者レッドは穏やかな笑みを浮かべ、クロトに対し礼を言う。あの緑の化け物と戦闘した時の事をベルが簡潔に説明し、その後レッドも自分が調査した情報を教えてくれた。
あの緑の化け物は最近になって世界各国に出現する様になった生物。いや、生物自体は元々存在していたが、あの様に緑色に変色した特殊な形で現れる様になったのが、ここ最近になってから増えてきているとの事。
この国ではその原因を突き止めようと、緑色の生物の捕獲をギルドへと申請している。ただ、並みの兵では捕獲する事も出来ない為、現在ギルドでもその依頼は特殊依頼として上級ランクにしか出回っておらず、レッドはギルド連盟に居る知人の頼みで、この町に出現したその生物の討伐にやってきた。だが、すでにその生物はクロト(いや、正確にはベル)に討伐されていたと言う事だ。
その為、レッドはその生物の容姿、能力、特徴などを調べる為に町の人達に話を聞いて周り、クロトへと行き着いたそうだ。
少ない情報から自分までたどり着いたレッドに、クロトは聊か驚き感嘆したが、ベルいわく「魔族の存在はこの町でも希少だから、見つけるのは簡単だ」との事。その為、レッドも照れ笑いを浮かべながら頭を掻いていたのを、クロトは鮮明に覚えていた。
レッドと別れたクロトとルーイットは、宿に戻りテーブルの上にレッドから貰った手の平サイズの透き通るクリスタルを見据える。
ワープクリスタルと呼ばれる物で、この世界では移動手段として重宝されている品物だ。行った事のある場所、またはクリスタルに記憶させた場所へと転移する事の出来るモノで、この国で試作品として現在極一部の者にのみ販売されている物だ。一回使うと割れてしまうが、それは試作品でまだ転移する際に生じる強い力に耐えるだけの強度が無い為だった。現状、これ以上強度を強くすると、上手く力が作用せず転移が出来なくなってしまうと言う事もあり、現在はクリスタルになる素材を模索中なのだ。
そんな不確かなワープクリスタルを怪訝そうに見据えるクロトは、ふとミィの事を思い出す。きっとミィも携帯を渡された時に、今の自分と同じ気持ちだったに違いないと思い感慨深そうにクロトは腕を組み小さく頷いた。
頷くクロトにルーイットは嫌なモノを見るような眼差しを向ける。ワープクリスタルの前でニヤニヤするクロトが不気味に見えたのだ。
「クロト……。何か不気味なんですけど」
「ぬあっ! 何か不気味って……生理的に受け付けないって言ってる様なモノじゃ……」
「はぁ? 何? 生理的に受け付けないって?」
クロトの発言にまたまた妙な表情を向けるルーイットに、クロトは呆然としていた。この言葉はこの世界では通用しない言葉なのかと。
目を細め遠くを見る様な眼差しを向けるクロトに対し、ルーイットは静かに吐息を漏らす。何だか疲れた様な、寂しい様なそんな雰囲気を漂わせるルーイットの様子に、クロトはすぐに気付く。
「どうかしたのか? ため息なんて?」
心配そうに尋ねるクロトの目を、何かを訴えかける様にルーイットは見据え唇を尖らし言葉を紡ぐ。
「どうして隠してたのよ」
「隠してたって?」
「異世界から来たって事!」
声を荒げるルーイットに、クロトは頬を掻き苦笑する。別に隠していたつもりはなく、色々と話すと面倒な事になりそうだったと、正直に言った時のルーイットの反応を考えたクロトは、その背中に冷や汗を掻いた。絶対に怒る。その確信だけはあった。だから、クロトはただただその場を笑って誤魔化そうと、笑みを作り続けるのだった。
その甲斐もあり、数十分後には少々不満げながらもルーイットは諦め、「もういいよ」と小さく呟いた。小さく吐息を漏らすルーイットに、クロトは申し訳なく思い頬を右手で掻く。
「ご、ごめんな。色々」
「別にいい。それより、本当に異世界から来たの?」
「えっ? あぁーっ……うん」
歯切れの悪いクロトに、ルーイットはジト目を向ける。
「何? 何か隠してる?」
「えっ? いや、そうじゃなくて……その証拠になる物とか持ってないから、どうせ信用されないんだろうなぁーって、思って」
頭を掻きながら苦笑するクロトに、ルーイットは呆れた様にため息を吐く。
「信用するわよ。こんな事であんたが、嘘吐く理由が無いじゃない」
「ま、まぁ、そうだけど……」
「それとも何? 嘘なの?」
「いや、嘘じゃないけど……簡単に信じていいのか?」
不思議そうなクロトの言葉に、ルーイットはキョトンとした表情を浮かべた後に、クスッと小さく笑った。
「そりゃ、人を疑うよりは信じる方がいいんじゃない?
疑うと嫌な気分になるし、人に信じてもらうにはまず自分から信じないとね」
可愛らしく笑うルーイットにクロトは驚く。警備の人を気絶させてまで脱獄しようとしたルーイットがそんな考えを持っていたとは信じがたかったからだ。驚き言葉を失うクロトに、ルーイットは眉間にシワを寄せる。
「何、その目は?」
「い、いえっ……何でもありません」
威圧的なルーイットの眼差しに、思わずクロトはそう呟き視線をそらした。不満そうに頬を膨らすルーイットに、クロトは苦笑したままその視線をワープクリスタルへと向ける。今まで行った事のある場所へ行けるクリスタル。そのクリスタルを両手で包み込む様に持ったクロトは静かに瞼を閉じる。
(今まで行った事のある場所……)
頭の中で思い描く。自分の元居た世界を。やがて、ワープクリスタルが光を放ち、クロトの手の中から光が溢れる。突然の事に驚くルーイットは、慌ててクロトの顔を見据え、叫ぶ。
「く、クロト! な、何して――」
クロトの耳にルーイットの声は届かない。それ程、集中していた。頭の中で思い描かれる。親の顔――、友達の顔――、クラスメートの顔――。そして、最後に何故か幼馴染の女の子の顔が思い浮かんだ。
その刹那、眩い光は部屋中を包み込み、ルーイットは思わず右腕で目を覆い、やがてルーイットは瞼を閉じた。
眩い光は部屋の窓やドアの隙間から外へと漏れ、周囲の人々の視線を集める。だが、その光はすぐに消滅し、静けさが漂う。
「な、何だ……今の光は……」
宿の主人が慌てて二階へと上がってくる。窓から放たれた眩い光を見て慌てて宿まで戻ってきたのだ。恐る恐るクロト達が宿泊している部屋の前へと歩みを進めた宿の主人は、そのドアノブを静かに握り締め、ゆっくりと回す。金具が軋みドアが開かれる。その隙間から僅かに埃が廊下へと流れ、静かな風が吹きぬけた。
「な、何だこれは! な、何が……」
ドアが開かれ、宿の主人は驚く。そこには何もなかった。有ったはずの家具から何まで消え、そこに宿泊しているであろう二人もそこには存在していなかった。