第46話 魔剣と聖剣
真剣な眼差しを向けるレッドに、クロトは息を呑む。
二人の間に流れる空気に、ルーイットは握った拳に汗を滲ませ、ただ口を噤んでいた。
静かに過ぎる時の中で、レッドの手がゆっくりと水の入ったコップを握る。そして、ゆったりとした口調で言い放つ。
「キミは一体、何者なんだい?」
問いかけに、クロトは息を呑む。全てを見透かしている様な澄んだ黒い瞳がクロトの目をジッと見据える。二人の視線が交わり合い、数十秒と言う時が流れ、クロトは小さくため息を吐く。レッドは信頼できる人だとクロトは確信し、話す事にした。自分が異世界の人間だと言う事を。
困った表情を見せたクロトは、ジッと自分を見据えるレッドに静かに口を開く。
「俺は、元々この世界の人間じゃない」
「クロトって人間じゃなくて魔族でしょ?」
クロトの発言に、ルーイットが不思議そうに問いかける。その言葉に苦笑するクロトは、目を細めるとルーイットの方に顔を向け右手の人差し指で頬を掻く。
「えっと……その辺も詳しく話すから、とりあえず最後まで話を聞いてもらえると、ありがたいんだけどなぁ……」
「ご、ごめん」
唇を尖らせ不満そうに謝ったルーイットは俯き、テーブルの下で両手を弄る。落ち込むルーイットに、やや呆れた様子のクロトに、レッドは相変わらず真剣な眼差しを向けていた。その為、クロトもすぐに真剣な面持ちで話を続ける。
「俺は別の世界から来たんだ。それに、元々魔族なんかじゃない」
「そうか……それじゃあ、キミも英雄と同じ異世界の……」
腕を組み呟くレッドに、クロトは苦笑する。
「そう言う事になりますね。ただ、俺は英雄とかそう言うのじゃないみたいですけど」
「それで、どうやってあの化け物を倒したんだ? 聞いた話だと、あの化け物はどんな攻撃も吸収してしまうって話だったけど……」
「いや、俺が倒したわけじゃないんだ」
頭を右手で掻きそう答えたクロトに、レッドは訝しげな表情を浮かべる。怪しむ様な眼差しを向けるレッドにクロトは少し戸惑った様な表情を浮かべる。勇者である彼に魔剣の話をするのはどうだろうかと、思ったのだ。考え込むクロトは、暫し沈黙し瞼を閉じる。
頭の中でベルと話しをしていた。
(どうする? ベル?)
(私は別に構わん。お前がコイツは信頼出来ると思うなら)
(でも、勇者に魔剣はまずいだろ?)
(どうしてそうなるのか分からんな。たかが勇ましい者なのだろ?)
(で、でも、勇者だぞ? 勇者って言ったら魔王の最大の敵だろ?)
(何で勇ましい者が魔王の最大の敵になるんだ?)
不思議そうに返答したベルに、瞼を閉じたまま複雑そうな表情を浮かべる。そんなクロトの顔に、レッドは眉間にシワを寄せ尋ねる。
「クロト? どうかしたのか?」
「…………」
「クロト?」
怪訝そうに首をかしげ、身を乗り出しクロトの顔を覗きこむと、クロトの瞼が静かに開かれその手がテーブルの上へと置かれた。
「来い! ベルヴェラート!」
クロトの叫び声と同時に、テーブルの上に置かれた手の平に錆びれた剣ベルヴェラートが召喚される。驚くレッドとルーイットはその錆びれた剣をマジマジと見据える。何故、こんな錆びれた剣と契約しているのかと、驚くレッドは錆びれた剣とクロトの顔を交互に見据え、僅かに身を引く。
明らかに引き気味のレッドに、クロトは目を細め苦笑すると、それに僅かに魔力を注ぐ。唐突にクロトが魔力を放出した事により、レッドが席を立つと鋭い眼差しをクロトへと向け身構えた。やはり、彼は勇者と呼ばれるだけの器を持つ人間らしく、周囲の誰も気付かない微量の魔力に過敏に反応を示す。
放出量を抑えていたがまだ制御の仕方が雑な為、クロトの額からは大量の汗が滲み、魔力は徐々に失われていく。
明らかに殺気の篭った視線を向けるレッドが、腰の位置に右手を構える。まるで剣を抜く様に。その行動に、クロトは魔力を注ぐのを止め、慌てて声を上げた。
「ま、待て待て! た、戦う気は無いから!」
「なら、何故魔力を込める」
「とりあえず、口で説明するよりも、見てもらった方が早いと思ったんだよ!」
クロトがそう言うのと同時に、錆びれた剣は光を放ち、その姿を美しい漆黒の刃へと変え、銀色の峰、金色の鍔が装飾品の様に美しく輝く。その眩い光に店内に居た客達も騒動に気付き、悲鳴がこだまする。大騒ぎになる店内で、レッドも叫ぶ。
「来い! 聖剣! レーヴェス!」
その声に鼓動が広がり、周囲を張り詰めた空気が漂う。張り詰めた空気の中でレッドの腰の位置に構えられた手の中で光が迸り、美しい柄がその手に握られる。大気を裂きあらわとなる眩く輝く白刃。両刃で細身の刃の根元には輝く瑠璃色の宝石。蒼い鍔は翼を象った形をしており、魔剣ベルと同じくまるで装飾品の様に美しい。
レッドの手の中に聖剣が現れ、周囲は静まり返る。まだ刃の周囲に光を迸らせる聖剣を見据え、クロトは息を呑む。聖剣が形成され始めると同時に右目が赤く輝き、その聖剣の鼓動を感じ取ったのだ。
両者の視線が交わる中で、クロトの手に握られた魔剣ベルが静かに口を開いた。
『聖剣レーヴェス』
「えっ?」
ベルの声に聖剣を構えていたレッドが驚く。そして、そのベルの声に対し、レッドの手に握る聖剣レーヴェスから静かな優しい声が響く。
『魔剣ベルヴェラート。久しぶりですね。こうして合間見えるのは』
「えぇっ!」
その声に驚いたのはクロト。互いに互いの持つ剣の声に驚き困惑する中で、ルーイットだけは今だ状況が飲み込めず呆然としていた。剣が喋るなんてルーイットには信じられず、ポカーンと口を開きただただその光景を見据える事しか出来なかった。
戸惑うクロトとレッドに対し、魔剣であるベルと聖剣であるレーヴェスは落ち着いた様子だった。そして、レーヴェスは自分の主であるレッドに対し、静かに告げる。
『大丈夫ですよ。レッド。アレは魔剣。聖剣である私と対なる剣。彼女もまた持ち主を選ぶ剣です』
「そ、そうか……それじゃあ」
『はい。彼は魔剣であるベルヴェラートに選ばれた者。彼女の人を見る目は私以上に優れています』
「そう……なのか?」
レーヴェスの言葉を疑っているわけではないが、その禍々しいオーラを放つ魔剣ベルヴェラートを真っ直ぐに見据えるレッドは、眉間にシワを寄せた。レッドの疑る様な視線にベルは不機嫌そうな声を返す。
『何だ? 不満か? 私の方がレーヴェスより優れてることが!』
「べ、ベル! そんな事言ってないだろ? す、すみません。口が悪くて」
「い、いや。こっちこそ、すまない。しかし……魔剣か……。てっきり、三人の魔王の誰かが所有している物だと思っていたんだが……」
『言ったでしょ? 彼女は人を選ぶと。それに、アレの所有者は元々人間なのですよ?』
レーヴェスの言葉に、クロトもレッドも驚く。魔剣が元々人間の所有していた物だと言う事に。驚く二人に対し、ベルは更に不満そうな声で告げる。
『話していなかったか?』
「聞いてないよ!」
『そうか。それじゃあ、この際だから、話しておくか。
聖剣は聖なる鉱石から作り出された光の剣。
それに対し、魔剣は様々な高純度で希少な魔法石を掛け合わせ作られた最強の魔法力を持つ剣。
決して魔族が作り出した剣と言うわけじゃないぞ。
まぁ、暫くの間は魔族側の持ち物となっていたがな』
衝撃的な発言に驚愕し、言葉を失うクロトとレッドに、聖剣レーヴェスは更に衝撃的な事を告げる。
『私とベルヴェラートは元々二対で一つの剣として生み出されたんですよ。
ただ、私とベルヴェラートを同時に扱える者が存在しなかった為、バラバラになってしまったのですが……』
『まぁ、高純度の魔法石ばかりを組み合わせた所為で、私の方は魔力を供給されないと力が発揮されないと言う使い勝手の悪さがあり』
『私の方が魔力とは反する聖なる力、聖力が必要で……』
懐かしそうにそう語るベルとレーヴェスの言葉に、クロト、レッド共に呆然としていた。色々と衝撃的過ぎて、なんと言っていいのか分からなくなっていたのだ。。