第44話 黒き破壊者とともに
結局、いい依頼は見つからず、ギルドを出たクロトとルーイットは宿へと続く街道を歩いていた。
人通りが多いその通りを青いニット帽を深々と被るルーイットは、背筋を曲げ怯えた様に足を進めている。その一方で、クロトは頭の後ろで手を組み胸を張り堂々とした態度で歩みを進めていた。
ここは一応、人間の国。故に魔族である二人にとっては敵地であり、魔族だとバレた時点でどうなるか分からない。その為、ルーイットは頭の獣耳を青いニット帽で隠していた。クロトの尖った耳は髪で隠れているが、それがいつバレるかと考えると、ルーイットは気が気ではなかった。
「ちょ、ちょっと、クロト」
「んっ? 何だよ?」
「あ、あんた、もう少し自分の身をわきまえなさいよね」
ルーイットが小声でクロトに告げると、クロトは面倒臭そうに顔を歪める。
「何で?」
「ここ、何処か分かってんの?」
「街道?」
「違う!」
即答したクロトに対し、米神を震わせるルーイットは押し殺した声で静かにそう答え、引きつった笑みを浮かべる。何処か怒っている様な印象を漂わせるルーイットに、クロトは軽く首を傾げた。
「怒ってる?」
「怒ってない!」
言葉とその声質が明らかにあっていないルーイットに、クロトは呆れた様にジト目を向け押し黙った。こう言う時の女子に話しかけてはいけないと、経験上理解していた。元の世界に居た時、幼馴染的な存在の女の子と、よくこう言う状況になった事があった為だ。とりあえず謝った事もあったが、その時は凄く怒られたのを覚えていた。それはもう酷い位に。その為、こう言う状況になった時はとりあえず黙っているのが一番だとクロトは何も言わず足を進めていた。
ムスッとした表情で歩みを進めるルーイットは、長い紺の髪を激しく揺らす。と、その時、すれ違い様に一人の若い男がルーイットの青いニット帽を奪う。
「きゃっ!」
突然の事に声をあげ頭の耳を両手で押さえて座り込むルーイットに、クロトも自然と足を止めニット帽を奪った若い男へと視線を向けた。
若い男はニット帽を右手で投げながらニヤニヤと笑い、周りに居る取り巻きに静かに告げる。
「ほら見ろ。やっぱりコイツ魔族じゃねぇーか!」
「うおっ! ホントだ! コイツ魔族だ!」
その若い男達の声に街道を歩いていた人達の足が止まり、視線がルーイットへと向けられる。ざわめくその中で、クロトは不満そうに周囲を見回す。何となく、ルーイットの言っていた言葉の意味を理解した。
蔑む様な眼差しを向ける者。殺気の篭った眼差しを向ける者。様々な視線を受け、ルーイットの体は微かに震えていた。ヒソヒソと話す声がクロトの耳に僅かに届く。決していい言葉では無い。ここまで、人間と魔族の間に差別や偏見があるのかと、クロトが耳を疑う言葉ばかりだった。
若い男の取り巻きの一人が、背中に背負っていた両刃の大剣の柄を握り静かに笑う。
「魔族がこんな所で何してるんだ!」
大剣が抜かれ、一直線にルーイットに対し振り下ろされる。だが、その刹那、振り下ろされる大剣の平をクロトは右手の掌底で弾き軌道をずらす。それにより、大剣の切っ先は石畳の街道を激しく叩き、僅かに火花を散らせた。甲高い音と共にその男の手が柄から離れ、大剣が道へと落ち、男がその手を押さえながら叫ぶ。
「いってーっ! て、て、てめぇーっ!」
硬い石畳の地面を叩いた事により、その衝撃が彼の腕に伝わったのだ。痛みに僅かに涙を流すその男に対し、クロトは呆れた様な眼差しを向け、小さくため息を吐く。
「魔族だ何だって、小さい奴らだな」
クロトが口を開こうとしたその時、人ごみを掻き分けてこの場に現れた一人の男が大声でそう言い放ち、若い男達にクロト同様に呆れた眼差しを向ける。歳はここに居る若い男達と同じ二十代程に見えるが、他の連中と違い妙な落ち着きと、魔族に対しての偏見のなさにクロトは怪訝そうな眼差しを向けた。
赤紫色の髪を僅かに揺らすその男は、穏やかに笑みを浮かべその漆黒の瞳でクロトを見据える。二人の視線が僅かに交錯し、男は静かに笑みを浮かべる。
「気を悪くしないでくれよ。この街の皆が皆、魔族を嫌っているわけじゃない」
「なっ! 誰だかしらねぇーが、勝手な事言ってんじゃねぇぞ!」
若い男の一人がそう怒鳴り声を上げ男へと殴りかかる。だが、彼はその拳を左手で受け止めると、その勢いを利用しそのまま後方へと背負い投げを見舞う。石畳の地面に背中を打ちつけ、若い男が呻き声を上げる。
静まり返ったその場に、彼は静かに足を進め、周囲に集まった人々に対し声を上げる。
「さぁさぁ。見世物じゃないよ。行った行った!」
声高らかに述べられた彼の言葉に、足を止めていた人々が静かに動き出し、今まで向けられていた強い眼差しもいつしか消えていた。驚くクロトに対し、その男は更に歩みを進めジッとクロトの目を見据える。その赤い瞳をジッと。
天空に浮かぶ誰も知らぬ島。
そこに、建つ古びた城の応接間に四つの人影があった。薄暗く静かなその一室に集まった者達は、何を言うわけでも無く、静かに時を待つ。
部屋の奥にそびえる大きな時計の振り子がリズム良く揺れ、秒針は静かに時を刻む。その音だけが室内に響き、やがて静かにその部屋のドアが開かれた。
「遅刻だぞ」
ボロボロの真紅のローブを着た若者に、奥の席に座った漆黒のローブを纏った者が静かに告げた。その言葉に、真紅のローブを着た若者は口元へと笑みを浮かべ返答する。
「ちょっとした運動をしてきただけだ。気にするな」
「魔術師の貴様が運動……か。面白い冗談だな」
その若者に対し静かに答えたのは床に胡坐を掻いた和服の男だった。束ねた黒髪を揺らし、鋭い眼差しを向ける和服の男に対し、真紅のローブを着た魔術師は皮肉たっぷりの笑みを浮かべる。
「お前こそ、ローグスタウンでは無駄に人を斬ったそうじゃないか。運動にもならない人をな」
「黙れ。俺には俺のルールがある。それに、貴様の様にボロボロになるヘマはしない」
「お前と違って頭脳派でな。体力バカには出来ない策を施してきたんだよ」
「誰が体力バカだ!」
「うるせぇよ。体力バカ!」
「二人とも。口が過ぎるぞ」
今にも掴みかかりそうな二人を制止させる様にそんな穏やかな声が響く。その声に二人は息を呑み黙り込んだ。穏やかな声の中に混じる殺気を感じ取ったのだ。
言葉を発したのはこちらも漆黒のローブを纏った者。椅子にキチンと座り、その机の上にはガンホルダーに入った一丁の銃を置き、それを真っ赤な瞳が見据える。頭から深々と被ったフードの合間から覗く漆黒の髪が揺れ、その瞳が静かに奥の席に座る漆黒のローブを纏った者へと向けられる。
「時は……満ちた」
静かに口を開いたのは先程言葉を発した者の対面で、壁にもたれかかり腕を組む者だった。こちらは鉄製の重々しい鎧をまとい、まるで置物の様だった。その者の声に、先程までもめていた二人はジト目を向ける。二人は完全に置物だと思っていたのだ。
そんな中で、奥の席に座った漆黒のローブを纏った者が静かに立ち上がり、静かに口を開く。
「英雄が光臨した。十五年前……同様、異世界から」
その者の声に、皆息を呑む。肩が揺れ、静かな部屋に響く。その者の笑い声が。そして、宣言する。声高らかに。
「我らが神。黒き破壊者とともに、この世界を……破壊する」
重々しく告げられたその言葉に、皆は静かに頷いた。