第43話 英雄
早朝。
クロトとルーイットはギルドへと足を運んでいた。何とか良い仕事を見つけて、お金を稼がなければいけないからだ。
以前、ミィに連れられて入ったギルドと違いここのギルドは少々こじんまりしており、内装は大分質素なモノだった。ルーイットから聞かされた話では、ここは個人経営のギルドで、ギルド連盟からの正式な認可が得られていないギルド。
ギルド連盟から認可が下りなかった理由として、連盟に対しそれ相応の金利を納める事が出来ない事や、ギルドメンバーの不足など様々あり、ここはギルド連盟から認可されなかったらしい。それでも、ギルドとして成り立っているのは、この街の人達がこのギルドに依頼を持ってきてくれているからなのだと言う。
掲示板を静かに見据えるクロトは、その目を細めた。流石に依頼の量は少なく、掲示板は殆どスカスカだった。
「うーん……どうしたもんかな……」
小さく呟くクロトに対し、ルーイットは席に着き一人お茶を飲みながら情報誌を見据えていた。
字が読めないクロトだが、依頼料とその依頼のランクだけは何とか読み取れ、その価格の低さに小さくため息を吐きルーイットの対面に腰を下ろす。
「どうだった?」
「昨日と変わらないな。あんまり、金になる依頼は無かったよ」
「そう……」
相変わらず情報誌に目を向けながら素っ気無く答えるルーイットに、クロトは片肘をつくとそのまま頭を抱え小さく吐息を吐く。遠目を窓の外へと向け、もう一度鼻から息を吐いた。
情報誌を黙読するルーイットの目が不意に止まり、右手に持っていたカップをテーブルに置きクロトの方へと真剣な眼差しを向ける。その眼差しに気付いたクロトは、訝しげな表情をルーイットへと向けた。
「どうかしたのか?」
「え、英雄が現れたって……」
「……えーゆー? 携帯会社?」
「……けーたい……会社? 何それ?」
ジト目を向けるルーイットに、クロトは乾いた笑いを吐き、「ごめん」と小声で謝った。思わず出た言葉だったが、冷静に考えれば分かる。この世界にそんな会社があるわけ無いと。両肩を落とし凹むクロトの姿に、不思議そうに首を傾げたルーイットだったが、すぐに情報誌へと視線を戻し鼻息荒くクロトへと告げる。
「英雄よ、英雄! 十五年位前にも別の世界からゲートに呼び出されたって言う人間よ!」
「えっ? それって……俺の事?」
「はぁ? 何言ってんのよ! 人間って言ったでしょ! 寝惚けてる? あんた魔族でしょ? 大体、別の世界から来たって言ってるじゃない!」
「あぁ……」
凄い剣幕でまくし立てるルーイットにたじろぐクロトは、思わずそう返答し目を細めた。まだルーイットには異世界から来た事を教えていなかった為、ルーイットはクロトが何処かド田舎の出身魔族だと思い込んでいた。この状況で、その話を持ち出すのはまたややこしそうだと、クロトは小さくため息を吐き肩を落とした。
クロトの態度に睨みを利かせるルーイットは、憮然とした表情で口を開く。
「何? 何か文句でもあるの?」
「い、いえ。本当、話の腰を折ってすみません……」
深く頭を下げ、テーブルに額をくっつけるクロトに、ルーイットは慌てて両手を振る。
「そ、そそ、そんな、そんなに謝らなくていいから!」
「いや、本当に悪かった」
「も、もういいから!」
恥ずかしそうに赤面するルーイットは周囲を見回し、オロオロとし始めた。人に深々と頭を下げられるのは苦手だった。特に人前でそう言う事をされるのは、周囲の目を惹く為恥ずかしくなってしまうのだ。
頭を上げたクロトは、そんな赤面するルーイットに小首を傾げ暫し考えた後に、
「それで、英雄がどうしたって?」
と、普通に話を戻した。
あまりにも自然に話を戻され、一人恥ずかしそうに顔を赤く染めていたルーイットは、複雑そうな表情を浮かべ少しだけ沈んだ声で言葉を続けた。
「えーっと……その、イリーナ王国で、英雄召喚の儀式を行って、英雄が現れたんですってー」
覇気が無く棒読みでそう語るルーイットに、クロトは困った様に眉を曲げ笑みを浮かべていた。微妙な空気が漂い、間が空く。そんな微妙な空気にクロトは耐え切れなくなり、慌てた様に口を開く。
「そ、それで、その英雄がどうかしたのかな?」
「えーぇ? うーん……うん……。ただ、英雄の召喚に成功したって……」
「え、えっと……それだけ?」
ボソボソと答えるルーイットに困惑するクロトは、苦笑いを浮かべる。小さく息を吐いたルーイットは、両肩を大きく落とすとジト目をクロトへ向けた。二人の視線が交わり、クロトが口元に笑みを浮かべる。
「え、えっと……」
「はぁ……。名前は載ってないけど、前の英雄と同じ女の子みたいよ」
「お、女? 英雄って女なのか?」
「うん。でも、その英雄さん、イリーナ王国で指名手配されてるけど……」
「えぇーっ! えい、英雄なのに、指名手配って……それって、本当に英雄なのか?」
驚き疑問を抱くクロトにルーイットは肩を竦め、「さぁ?」と呟いた。眉間にシワを寄せたクロトは、腕を組みうなり声を上げる。ルーイットの話を聞く限り、完全に英雄と言うより犯罪者と言う方が正しい気がしてならなかった。
唖然とし妙な表情を浮かべるクロトは、何度も首を振り苦笑する。そんな変な行動を取るクロトにルーイットは訝しげな表情を浮かべ関わり合いたくなさそうな表情を見せながら静かに口を開く。
「あのさぁ……一体、何なの? その奇妙な行動は? 正直、私、知り合いだと思われたくないんだけど?」
「えっ、あっ……ごめん」
頭を下げ苦笑するクロトに、ルーイットは深く息を吐いた。
「英雄が犯罪者……か」
「一体、何したんだよ? その英雄って?」
クロトの質問に、ルーイットはその視線を情報誌の方へと移す。瞳が上下し、記事を黙読するルーイットは、納得した様に数回頷き、
「脱獄した挙句、見回りの兵士を殺したらしいわ」
「ちょ、ちょっと待て。脱獄って、英雄なのに捕まってたのか?」
「うん。そうみたい。けど、そうなった理由が書かれてないから……詳しく分からないかな」
「そっか……異世界から来た英雄……」
この時、クロトは思っていた。そいつに会えば、きっと元の世界に帰る方法が分かるはずだと。期待に思わず笑みを浮かべ、拳を握る。そして、クロトの中で一つの目標が出来た。その英雄に会い、帰る方法を知る事。
僅かな希望に、小さな可能性に、笑みを浮かべるクロトを、ルーイットは不思議そうな表情で見据え、その目の前で右手を振る。
「おーい。クーロートー。寝てるのかー」
「お、起きてる! 起きてるよ!」
慌てて返答するクロトに、ルーイットが呆れた様に笑う。
「もう、急にボーっとしてニヤニヤしないでよ。おかしくなったのかと思ったじゃない」
「いや。俺、一つやる事が出来たんだ」
「やる事? 何?」
「英雄に会う事」
クロトの発言に唖然とするルーイット。当然だった。英雄は魔族にとって敵である存在。そんな存在の相手に平気で会う事がやる事だと言うクロトの神経が信じられなかった。十五年前に現れた英雄が指揮をとり起こった戦争。英雄戦争の事を知っているルーイットは、その英雄と呼ばれる者の強さを知っていた。いや、きっとどの魔族も皆その者の強さを知っているだろう。だから、クロトの様な発言を出来る無神経な奴は早々居ないのだ。
唖然とし、小さく吐息を漏らしたルーイットは、右手で額を押さえると激しく首を左右に振る。
「バカなの? それとも、死に急いでるの? もう、ホント、嫌だ、この人……」
「な、何か、凄い言われ様ですね……」
あまりの言われように表情を引きつらせるクロトの顔を見据えたルーイットはもう一度大きくため息を吐き、両肩を落とした。