第4話 魔王デュバル
謁見の間。
そこに裕也は居た。
魔王デュバルの住む魔王城。
特におぞましい雰囲気などは無く、いたって普通の城。
明るく、清潔感があり、それでいて、兵士達は凄く生き生きと務めを果たしている。
広々とした謁見の間に、一人佇む裕也は、空席の玉座をポケットに手を突っ込んだまま見据えていた。
「魔王、ねぇ……」
ボソッと呟き、玉座の後ろに飾られた巨大な肖像画を見上げた。白髪の威厳のある顔立ちの男。これが、魔王デュバルなのだろう。
しかし、魔王と言うから、もっと化物じみた顔を想像していた裕也だったが、意外にも普通の顔立ちそうなので、少しだけ安心した。
今思えば、セラやケルベロス、町の人達も人間と殆ど変わらぬ容姿だったのだ、魔王だってそれは変わらないだろ。
城下町で見た魔族の人達も、皆、赤い眼と耳が僅かに尖っているだけ。それさえ抜けば、何処にでもいる普通の人だった。何故、その魔族と人間が争っているのか、裕也には理解出来なかった。
もう一度深くため息を吐き、広々とした謁見の間を見回す。無駄に高い天井に、いかにもと言わんばかりにぶら下がるシャンデリア。大きく開かれた窓の外には綺麗な庭園があり、そこでは使用人がせっせと働いていた。
「ここって、ホントに魔王城っすか……」
ボソッと呟くと、広い謁見の間の大きな扉が不気味に軋みながら開かれた。この音だけは、いかにも魔王の城と言わんばかりの不気味な音だった。
「あれ? お父さんはまだ来てないの?」
扉の合間から顔を出し、部屋を見回したセラがそう口にした。
そのセラに苦笑し、頷いた裕也は右肩をやや下げながら、
「あの通り、玉座は空席のままで」
と、セラの方を見たまま親指で玉座を指差す。空席の玉座を見て、セラも「あはは……」と乾いた笑いを発し、困った様に眉を八の字に曲げた。
「ごめんね。全く、あの人どこ行ってんのよ……」
呆れた様に息を吐いたセラが、謁見の間へと入ってきた。広々とした部屋に二人。小さくため息を漏らしたセラは、周囲を見回す。
「多分、最終防衛ラインを確認しに行ってるんだと思うわ。もうすぐ戻ると思う……多分」
「多分って……でも、最終防衛ラインって、そんなに、ここから先に行かせたくないのか? どうせなら、もっと奥地に城を建てた方が――」
裕也の言葉にセラは苦笑に近い笑みを浮かべる。
「うーん。まぁ、色々あるのよ。それに、ここが一番防衛ラインとしては相応しい土地だからね」
「そう……なのか?」
セラの言葉に、僅かに首を傾げる。
確かに大陸に唯一出入出来る場所だから、防衛するのは楽だとは思う。でも、この大陸はゲート一大きな大陸。そんな大陸のこんなちっぽけな場所に城を築いてまで防衛線を張る理由が全く思いつかなかった。
納得していない様子の裕也は、腕を組んだまま窓の外へと目を向けると、突然突風が吹きぬけた。
「うっ!」
「きゃっ!」
突然の突風に思わず目を伏せると、セラの悲鳴の様な声が耳に届いた。
「せ、セラ? だいじょ――」
裕也が瞼を開きそう言い掛けた時だった。
「このセクハラ親父!」
セラの拳が、一人の男をぶっ飛ばした。
「ぬはっ!」
血を吐き、吹き飛び、壁に減り込んだ。
呆然とその光景を見届ける裕也。何が起ったのか、何故怒ってるのか、あの壁に減り込んだ人は誰なのかと、疑問を巡らせる。
息を荒げるセラは、拳をプルプルと震わせながら、壁に減り込んだ男を真っ直ぐに見据え、
「な、な、何してんのよ! 実の娘に! ば、バカなの! あんたは!」
吐き捨てる様に、そう怒鳴るセラの言葉に、裕也も驚く。
「えっ! じゃ、じゃあ、あの人――」
「そう。私の父で、魔王の――」
「デュバルだ。よろしくな。少年」
と、先ほどまで壁に減り込んでいたはずの男が、いつの間にか裕也の隣りで笑っていた。額から血を流しながら。
見た感じ、娘が居るとは思え無い程若く見えるのは、デュバルが魔王だからなのだろう。そして、その顔はあの玉座の後ろに掲げられる肖像画とは全然違う、美形の顔。威厳など微塵も感じさせない、優男の様だった。
あまりの衝撃に、口をポカーンと開けたまま硬直する裕也に、デュバルは楽しげに笑う。
「ハッハッハッ。どうした? 少年。私が、カッコ良過ぎて見とれてしまったか? しかし、私は男に興味は無いぞ!」
パンパンと裕也の肩を叩きながら笑うデュバルに、セラが引き攣った笑みを浮かべる。
「見とれてるんじゃなくて、呆れてるのよ。ちょっとは空気読みなさいよ!」
「何だ? セラ? 最近、お父さんに冷たくないか? もしかして! これが、反抗期!」
「うっさい!」
セラの拳がまたデュバルをぶっ飛ばした。
魔王と思えぬ扱いに、右肩を落とし乾いた笑いを裕也は浮かべた。
ようやく場が落ち着いた時には、空は夕日色に染まり、夜空とのグラデーションが美しく空を彩っていた。
夜が近付き、大分風が冷たくなっていた。その為、大きく開かれた窓が使用人達によって閉じられ、数名の兵士らしき者達が、柱に一名ずつ立つ。一応、魔王の護衛なのだろう。魔王と言う位だから、よっぽど力があるのだろうが、謁見する時は形式上こうして兵士を配置する事になっていると、デュバルは大らかに笑って話した。
「それで、君が異世界から来た――えっと、名前は?」
「黒兎裕也です」
「そうか。じゃあ、君はこの世界ではクロトと名乗るんだ。その方が色々と良いだろう」
「は、はぁ?」
デュバルの言葉に戸惑いながらも了承する。
玉座に座ったデュバルは、戸惑いながらも素直に頷いたクロトを見据え、静かに笑みを浮かべる。穏やかで、とても魔王とは思えぬ程の容姿。鋭い牙があるわけでもなく、鋭利な爪があるわけでも無く、尖った角があるわけでも無い、普通の人間の様なたたずまいのデュバルに、裕也は静かに問う。
「あ、あの、失礼だと思うんですが、本当に魔王なんですか?」
この声に、一番手前の柱の前に立っていた兵士が鉄音を響かせ武器を構えた。我等の王を愚弄する気か、と言わんばかりに。
その行動に、すぐ振り返りオドオドとするクロトだが、すぐにデュバルがその兵士の動きを制す。
「止さんか。客人だ。それに、彼はこの世界の事を知らないんだ」
その言葉に、構えていた武器を下ろした兵士は、一礼し持ち場に静かに戻った。怯えながらもデュバルの方へと向き直ったクロトに、デュバルは優しく微笑み、
「すまんな。ウチの連中はどうも気性が激しくてな。セラといい、ケルベロスといい、全くもう少し落ち着いてほしいものだが……」
肘掛に肘を置き、手で頭を抱え深いため息を落とす。
だが、すぐに顔を上げると、真剣な目でクロトを見据える。
「クロトくん。君は、魔族がどんなモノだと思っていた? 正直に答えたまえ。別に、答えた結果で君を殺すなんて事は無いよ」
「えっ、じゃ、じゃあ……。俺の世界で、魔族って言えば、悪で、大抵化物みたいな容姿で、時々人型の角や牙を持つ魔族がいたりする……。正直、あなたが魔王だって言われても、そうは見えません」
デュバルに言われた通り、クロトは思った事を全てぶつけた。その言葉に周りの空気は一層重くなり、殺気立った視線がクロトの背中を刺す。
瞼を閉じたデュバルは、顔の前で手を組み「フムッ」と、小さく息を吐いた。