第39話 魔剣に封じられた美少女?
地面に真っ直ぐ残された紅蓮の炎が、穴の開いた壁から入り込む風で火の粉を上げ揺らめく。
散乱していた瓦礫は、あの女性の放った爆炎斬の衝撃で左右に綺麗に分かれていた。炎の幅は外に行くにつれ広がり、穴の開いた壁の縁には僅かに炎が残されている。
黒煙と異臭が漂い、緑の化け物は消滅していた。魔力の純度を上げ、炎の火力を増した結果、ヘドロ状の緑の化け物の肉体すらも焼き払ったのだ。
息を呑むクロトに対し静かに息を吐いた女性は、まだ炎の残る剣を一振りし炎を消すと、そのまま剣を肩へと担いだ。
「ちゃんと見てたか? 魔力をただ噴出させているだけの技と、適量の魔力を留め放つ技では、これだけ差があるんだよ。量よりも質って所だな」
胸を張り説明する女性の姿に、クロトは呆気にとられていた。魔力量は決して高いわけじゃない。それは、クロトの右目にハッキリと映っていた。魔力の波動であるはずの赤い煙が殆ど出ていない。もしかすると、意図的に魔力を留めているのかもしれないが、それでも今まで感じてきたどの強者と比べても魔力量は絶対的に低かった。それでも、彼女は強い。圧倒的に。
息を呑むクロトに、彼女は訝しげな表情を浮かべると、口を傾げる。
「おい。人の話を聞いてるのか? クロト」
「えっ? あっ、ごめん……」
我に返ったクロトは、すぐに頭を下げた。そして、気付く。彼女が自分の名前を呼んでいる事に。正直、クロトの記憶にこんな女性と知り合った覚えは無かった。その為、恐る恐る顔をあげ尋ねる。
「あ、あの……あなた、誰ですか?」
と、丁寧な口調で。
その声に、女性はキョトンとした表情を浮かべた後、大笑いする。
「あはははっ! そうかそうか! この姿を見るのは初めてだったな。ベルだ! ベル! ベルヴェラート」
「べ、ベル! ちょ、ちょ、ちょっと待て! べ、ベルって、魔剣だろ? な、何で……」
驚き声を上げるクロトは、ベルと名乗った女性の持つ剣を指差す。ベルと言うのは魔剣で、彼女が持っている剣の事だからだ。彼女の言葉に困惑し目を回すクロトに、彼女は「あはは」と笑い腹を抱えると、右手に持った剣を床へと突き立てる。
「そう。私は魔剣……に封じられた美少女――」
「誰が美少女だよ……」
即答で突っ込みを入れるクロトに、ベルの言葉が途切れジト目がクロトへと向けられ、暫しの間が空く。
「お前、即答だったな」
「あーぁ。ごめん。つい……」
「いつも、あんな風に突っ込んでるのか? 嫌われるぞ?」
ベルの言葉がクロトの胸を刺し、クロトは手を床に着き落ち込んでいた。そんなつもりは無かったんだと、涙ながらに呟くクロトに、ベルは失笑する。
「そんな落ち込むな」
「まさか、ベルにまでそんな事を言われるなんて……」
クロトの凹み様は相当のモノで、暫く立ち直れそうに無かった。そんなクロトを見据えるベルの体が光に包まれ、ベルは自らの左手へと視線を向けた。体が僅かに透け、向こう側の床が見えた。
「ど、どうしたんだ? 一体?」
その様子に驚くクロトが顔をあげると、ベルは困ったような顔で笑う。
「魔力切れだ」
「魔力切れ?」
「ああ。こうして実体化していられるのは、お前の魔力がこの剣に大量に注がれたからだ。今、この剣に残っていたお前の魔力が尽きた。だから、私の実体化も消える」
「実体化って……それじゃあ、お前、本当に……」
「信じてなかったのか? 全く……疑り深い奴だ」
静かに笑みを浮かべたベルの姿が消え、微量の粒子が宙へ散る。それに遅れ、魔剣は元の錆びれた剣に戻った。
一人残されたクロトは、魔剣を拾い上げ小さく息を吐く。その視線は風穴の開いた壁の向こう側へと向けられ、改めて実感する。ベルの放った一撃と自分の放った一撃の威力の違いを。
右目の輝きが薄れ、クロトの体がよろめく。大量に魔力を消費し、立ち眩みを起こしたのだ。右手を壁に着き体を支えたクロトは、そのまま右肩を壁へと預けうなだれる。視界が霞み、膝が震える。眉間にシワを寄せるクロトは、ゆっくりと腰を落とすとその場に座り込んだ。
「うぐっ……ま、魔力って、消費すると……こんな辛いのか……」
表情を歪めるクロトは、右手で額を押さえる。今まで、魔力を消耗した時はそのまま気を失っていた為分からなかったその激痛と気持ち悪さに、クロトは悶絶する。呼吸を荒げ、激しく胸を上下させるクロトは僅かに聞こえた足音に眉をひそめる。
「くっ……だ、誰の足音だ……」
呟き、意識を集中する。だが、目を閉じると頭がクラクラとし、平衡感覚が保てず集中出来ない。瞼を開き、霞む視界で廊下を見回す。どっちから近付いてくるのか分からず、クロトは天井を見上げ深く息を吐いた。
(駄目だ……意識が……)
薄れる意識の中、声が聞こえた。澄んだ綺麗な女性の声。その声に、クロトは落ちそうになる瞼を開き、視線を向けた。
「クロトー! クロトー!」
自分の名を呼ぶ声が近付き、クロトはゆっくりと腰を上げた。
「あの声は……ルーイットか……無事だったみたいだな……」
弱々しく立ち上がったクロトは、壁に右肩を預けたまま静かに笑うと、今出せるだけ大きな声を上げる。
「ルーイット! こっちだ!」
「おおっ! クロトの声!」
ルーイットの驚く声が聞こえ、足音が近付いてくるのが分かった。呼吸を乱すクロトは、飛びそうになる意識を何とか持ちこたえ、向かってくるルーイットの姿を確認する。
「く、クロト! 無事だったの!」
「な、何とか……」
駆け寄ったルーイットがクロトの肩に触れ驚く。瞳孔の開いた眼差しをクロトへと向けるルーイットは、力任せにクロトの体を床へと座らせる。
「いてっ! な、何すんだよ……」
「いいから座って!」
怒鳴る様にそう言ったルーイットは、床へ座らせたクロトの額に自らの右手を当て、それから脈を計る様に右耳の裏側へと指を添える。
「な、何だよ?」
「ん…………」
脈を計り終えたルーイットは、乱れるクロトの呼吸に表情を険しくすると、腕を組み小さく息を吐く。
「魔力消費が激し過ぎるわ……。もしかして、一気に大量の魔力を放出したんじゃないでしょうね?」
「えっ? あっ……」
クロトが自分が行った行動を思い出し苦笑すると、ルーイットは右手で頭を抱え首を振った。
「あんたバカなの? 死ぬわよ。そんな魔力の使い方したら?」
「あ、あはは……わ、わりぃ……」
「全く……どう言う魔力の使い方してんのよ。とにかく、私の手を握って」
ルーイットに言われるままに差し出された手を握ると、ルーイットは瞼を閉じる。祈りをささげる様に唇が静かに動き、小声で何かを囁く。その声はクロトには聞こえない。だが、最後の言葉がクロトの脳に直接聞こえた。
“マナチャージ”
脳に直接聞こえたその声にクロトが困惑していると、その手から暖かなモノがクロトの体へと流れ込む。その暖かなモノが体に流れ込むと、クロトの体を襲っていた激しい痛みが多少和らぐ。それと引き換えにルーイットの表情は険しくなり、その手が離されるとルーイットは息を乱し肩を揺らす。
「はぁ…はぁ……一応、私の魔力を半分あなたに分けたけど……どんな魔力量してるのよ……半分も分けたのに、十分の一も回復しないって……」
「は、はは……ありがとう。ルーイット。少し楽になったよ」
お礼を言ったクロトは、ルーイットの魔力量が単に少ないだけなんじゃないかと、思いながらもそれを口にはせず優しく笑う。とりあえず、これ以上心配はさせまいと、無理やり見せた笑顔に、ルーイットもその場に座り込む不満そうな顔を見せながらも静かに笑みを浮かべた。